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陛下の妹と皇帝の次男の妻

 私たちは歩いて中に入った。道の向こうから修道院長がやってくる姿が見えた。年齢は50代くらいだろうか。


 修道院長が近づくと、ラファエルは名乗った。修道院長は名前を聞いた瞬間、胸に手を当てた。しばらくラファエルの瞳の奥をのぞいて涙を溜めていた。そして彼女は震える声でラファエルに囁いた。


「お母様を存じ上げておりました。この度は本当に大変なことが起きてしまい、いたたまれません。お悔やみ申し上げます」


 修道院長の言葉にラファエルは驚いた様子だった。


「母と会ったことがあるのですか?母はここにきたことがあったのでしょうか」


「ええ、お母様は嫁ぐ前にこちらにいらして医学と薬草学を学ばれていた時期があるのです。ボノーリ大学で歴史学・文学・法学を学ぶために行かれて、そこであなたのお父様と知り合ったそうですよ」


 ラファエルは修道院長の話に「ここで母が学んだ?」と繰り返した。



「ええ、こちらでしばらく学ばれていました。結婚が決まった後にこちらに立ち寄られて、私に嬉しそうに結婚の報告をしてくれました。それ以来、あなたのお母様とはお会いしておりませんが、手紙を一度受け取りました。幼いあなたのことが手紙には書かれていました。こうして立派に成人されたあなたにお会いできて、私としてはとても嬉しく思います」


 修道院長は涙ぐみながらラファエルのことを感慨深い表情で見つめていた。


「そうですか。母がまさかここで学んでいたとは……」


 ファラエルが一瞬遠い目をした。母上のことを考えているのだろうと私は思ってそっと寄り添ってそのまま立っていた。ふと、私に目をやった修道院長は一瞬驚いた表情をした。修道院長は私とレティシアの両方を見比べた。そしてやはり私の方だと思ったらしく私をまっすぐに見つめて聞いてきた。


「あなたさまがラファエルさまの奥様でしょうか?」

「ええ、そうです」


 私は内心「レティシアの方が素敵よね」と思いながらもうなずいた。きっとラファエルの母上のことを娘のように大切に想っていたのだろう。


「ご結婚されたのはいつ頃でしょうか。失礼ですが、お二人の出会いはどのような形だったのでしょうか?お母様を存じ上げたおりましたので、少々私も興味がございまして教えていただけますか?」


 修道院長の質問にはラファエルが答えた。


「母の兄であるこの国の陛下のはからいです。陛下が私とロザーラとの結婚を取りまとめたのですよ。私は陛下に感謝しております。ロザーラのことは陛下のはからいがなければ知り合うことができなかったと思いますが、今はとても幸せですので陛下に感謝しております。もちろん、母も父もこのこと知っていて、二人ともこの結婚に賛成してくれていました。ロザーラと母を引き合わせることができず、私は残念で仕方がないのですが」


 この最後の言葉でラファエルは思わず声が震えた。私はそっとラファエルに寄り添った。


「さようでございましたか。まあ、幸せになられたということはお母様もご存知だったのですから。お会いできなかったのは残念だったと思いますが、大切なあなたに愛する伴侶ができて、お母様も嬉しかったと思いますよ」


 修道院長はラファエルを笑顔で慰めた。そして、私ににっこりと微笑んでくれた。私の祖母が生きていたら、こんな感じなのだろうかと私は心の中でふと思った。


「お母様の嫁ぎ先のジークベインリードハルトの皇后様から、あなたにお手紙を預かっておりますよ」


 その言葉にラファエルも私も、そばで私たちのやりとりを見守ってくれていたレティシアもケネス王子もほっとして顔を見合わせた。


「あら、あなたはとてもラファエルさんに似ていらっしゃるわ」


 修道院長はケネス王子を二度見した。


「申し遅れました。私はラファエルのいとこのケネスです。私の父はラファエルの母上の兄です」

「まあ、ケネス王子さま!?」

「そうです。初めまして。そしてこちらの女性は私の最愛の女性でして」


 ここでケネス王子とレティシアは二人で顔を見合わせてはにかんだ様子で照れて笑った。


「レティシアです。私たちは結婚しようと思っています」


 レティシアがさやわかにその言葉を告げると、修道院長はぱあっと顔を明るくして喜んでくれた。


「まあ、そうなんですね。それは良かったですわ。まあまあ皆さん、立ち話もなんですから、手狭なところですが中に入りましょう。あとで庭の薬草についても簡単に説明しますわね」


 修道院長に招かれて、私たちは畑に植えられた花や薬草を見ながら歩いて修道院の建物の中に入って行った。


「『毒消し草』はありますか?」


 ラファエルは修道院長に聞いていた。


「ありますよ。ただ、今の時期は枯れています。乾燥させたものならありますので、差し上げましょうか」

「ありがたいです。いただきます。効能を教えていただけますか」

「そうですねぇ、あらゆるものにある程度効きますよ。解毒作用があります。食べてはいけないキノコを食べてしまったり、噛まれてはいけない毒を持った生き物に噛まれてしまったり。そういう時に服用するものですよ」


「ただ、皇后様は別の意味で使っていました」

「え?どういう意味でしょうか」


 ケネス王子が思わず修道院長に聞き返したが、修道院長は微笑むだけで何も答えなかった。


「あ!アルフォンソ天文表ですね!」



 案内された部屋は暖炉の火が燃えていて暖かく、ケネス王子はめざとく壁に貼られた天文学の星座の表を見つけて喜んだ。印刷されたものを手書きで写したらしい。


「これはラファエル様のお母様が学ばれた大学の街でお買いになり、結婚の報告にいらした時にお土産に持ってきてくださったものですわ」


 修道院長は懐かしそうに教えてくれた。


「母は医学と野草学と天文学にも精通していましたけれど、ここで医学と薬草学を学んだとは一度も聞いたことがなかったです」


 ラファエルは少し不思議そうな表情をしていた。


「はい、こちらが皇后様より預かったものですわ。皇后様も医学と薬草学と天文学にお詳しい方ですよね」


 修道院長の言葉にラファエルは頷いた。


「そう、おばあさまも詳しい。ただ、母は私にどこで学んだかは一度も話してくれなかった。それは母の行動としては非常に珍しいことだと思う」


 ラファエルは修道院長に渡された封筒を開けて、中に入っていた紙を広げた。修道院の敷地地図だった。


 私たちは隅々までその地図を眺めていたが、何もおかしなところはなかったし、何かを示す印も特段見当たらなかった。


 私はふと思い出したことがあって、オモニエールからブロワの街のエーリヒ城で城主から受け取った白紙の紙を取り出した。水をかけると、古代語で『オリオン座が救う者を決める』と言う文字が並び替えられて記載されていたあの紙だ。


 上にエーリヒ城の紙、下に聖イーゼル女子修道院の紙を重ねた。2枚の紙をぴったりと重ねた状態で、私は建物の外に出て太陽の光にかざしてみた。頭の上に手を上げて2枚の紙を掲げ、下からのぞき込んだ。


 ――思った通りだわ。


 私の後を追ってやってきたレティシアとケネス王子とラファエルも2枚の紙を重ねた状態を下からのぞき込んだ。


「すごいわっ!オリオン座が見えるわ……」

「おお……、そういうことか」

「オリオン座のベラトリクスか」

「そうなのよ。この文字は古代語で『オリオン座が救う者を決める』を意味していたわ。でも、文字が並べ替えられていて、さらに位置がめちゃくちゃに見えたわよね。でも、ほら聖イーゼル女子修道院の地図と重ねると、2枚の紙でオリオン座を形作るのよ。そして、ベラトリスのところが強調されて見えるわ」


 私たちはようやく意味が分かった。ケネス王子は少し興奮した様子で皆に話した。


「太陽の光が、つまり日の光が第4の宝石のありかを示すということだね。うーん、それじゃあ、持ってきた『蘇る土』はいつ何に使うのだろう?あと『毒消し草』は単にこの修道院を指し示すヒントだったのだろうか。まだよくわからないね。ひとまず、オリオン座のベラトリスの場所に行ってみよう」


 私たちは地図を見ながら修道院の敷地をそのまま進んだ。ベラトリスの星座があると場所まで行ったのだ。


 冬の南の空に輝くオリオン座は、2枚の紙を通すと、修道院な敷地の中に現れていた。薬草と花が咲く間を抜けて私たちは進んだ。


 冬ではなく、たとえば春とか夏に来たらまた違ったものがもっと盛大に咲き乱れているのだろ。今は冬なので、もうすぐ雪も降り出すし、一年のうちでは畑が最も寂しい時期なのだろうと私は思った。


 それでも、赤や紫のストックの花やパンジー・ビオラが咲いていて、私の心は和んだ。



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