毒消し草と因縁の相手
私はラファエルにしがみつくように逞しくて大きな胸に飛び込んだ。動揺を悟られたくなかった。けれどもラファエルに抱きしめてもらっていると、胸騒ぎはおさまった。
――あのことは話せないわ。でも、一刻も早くここを出た方が良いわ。死神様のところにもしかしたら戻されるような出来事が起きるかもしれない……
申し合わせたように寝室をノックする音がしてケネス王子とレティシアもやってきた。二人を招き入れると、4人で暖炉の前に座った。
それは、私たちにとって息をのむような緊張する瞬間だった。今日見つけた第3の輝く宝石を、ラファエルが古びた王冠の3つ目の穴にそっと差し込んだ。ゆっくりと宝石を回そうと動かしてみる。
「出たわ!」
何かの文字が王冠に浮かび上がった。
「この文字は座標ではなさそうだ」
私たちは王冠に浮き出た文字をじっと見つめていた。
「古代語で『毒消し草』と読めるわ。これは何を意味するのかしら?」
レティシアがつぶやいた。それを聞いたケネス王子が地図を真剣に確認し始めた。
「『毒消し草』は、医学にも薬草学にも通じている……おっと!医学と薬草学に関して我が国では一番有名な修道院が確かこの近くにあったはずだ」
ケネス王子は眉間に皺を寄せて一瞬考えた。そして、ハッとした様子になった。地図をもう一度確認している。そして、他の3人に小さな声でささやいた。
「ほら地図で見ると、ここからだと聖イーゼン女子修道院に非常に近い。この修道院は医学と薬草学で数世紀前から有名だ」
ヴィッターガッハ伯爵家の葡萄畑は、ケネス王子が指差した場所までは馬で半日ほどだろうか。
「すごいな、ケネス!さすがだ。大陸を横断する僕らの旅に君が合流してくれて、本当によかったよ」
ラファエルは安堵のため息をついて、ケネス王子の肩をやさしくたたいて礼を言った。
「『毒消し草』に興味があるわ。医学と薬草学で有名なところなら、もっと詳しく教えてもらえるわね、敵は一度毒キノコを使ったわ。もし、そこに生息している植物を採集しておきたいわ」
私は期待を込めて皆を見回した。
「そうだな。採集しよう。どこかで役に立つかもしれない」
レティシアは何かをじっと考え込んでいた。
「朝早く出発して、目的地はヴィッターガッハ伯爵家の誰にも当主にも誰にも言わずに行きましょう。侍女にも騎士にも、行き先については内緒にするのよ」
レティシアは私たちにささやいた。
「わかった」
「そうだな」
「そうしましょう。朝一番にたちましょう」
これで、4つ目の宝石の場所がわかった。レティシアとケネス王子が私たちの寝室を去ると、私はラファエルに洗濯物の相談をした。ラファエルのものも洗うし、騎士たちも交代で自分たちのものを洗うだろう。その相談をしていると、ベアトリスとジュリアが揃って寝室のドアをノックした。
私はベアトリスとジュリアと一緒に、1階に用意されていたラファエルの浴室に向かった。余っていた暖かいお湯で洗濯を軽くして、私たちは戻ってきた。私は自分のものとラファエルのものを洗い、ベアトリスとジュリアもそれぞれ自分たちのものを洗った。
没落令嬢だった私はこういった洗濯は本当に得意だった。今日は暖かい暖炉のある部屋で皆が落ちついて眠れることにとても感謝した。
暖炉の前に固く絞った洗濯物を広げて、私はラファエルが待つベッドの中にそっと入った。王冠は布で包まれて、私とラファエルの間の枕元に置かれた。王冠を乗り越えて、私たちはキスを交わして眠りに入った。
私はハッと目を覚ました。誰かが部屋にいる。暗闇の中で私は息を殺し、気配を感じようとした。隣にいるラファエルは寝ているようだ。
私はなぜか浴室の事件を思い出した。あの時も誰かがそばにいるような息遣いを確かに感じたのだ。
私は服が少し乱れているのを知った。だから目が覚めたのかもしれない。足が寒い。かぶっていたはずの布団が全て外れていて、私のネグリジェは乱れているのか、ヒヤリと寒い。
私はベッドの脇に置いてある短剣を一気に掴んで宙を突いた。誰かが後ろに後ずさる音がした。ラファエルはまだ起きない。
私はそのまま剣をついたまま、剣を振り回した。直感的にラファエルを狙いに来たものではないと思った。息遣いだ。あの息遣いだ。気味が悪いあのヴィッターガッハ伯爵家当主の息遣いだ。
私は剣を振り回したまま、暖炉のほのかなあかりでぼおっと見える男の影に目を凝らした。寝室のドアに隠し扉があり、私はいきなり腕を掴まれて口を塞がれて引きずり込まれた。
「なんと威勢の良いお嬢さんなんだ」
ヴィッターガッハ伯爵家当主のしわがれた声がした。やはり、彼だった。
「第一王子ウィリアムとの婚約を破棄した大胆なストロベリーブロンドの髪をした女性。君のことだな?」
私は唇を噛み締めた。嫌な予感がする。
「ヴィルヘルム公爵家の次男のジェラールを知っているな。奴が私に売り込んできたのは君だな。私は奴に大金を払った。君を買うためにね」
ヴィッターガッハ伯爵家当主は吐き気がするような話を始めた。
「君の髪の色は素晴らしい。確かに見事に妖艶な元婚約者だな。ジェラールは君の価値を高く評価していた。大金を払わされたんだから、私もその話を信じたんだ」
私は後ずさった。
「あぁ、叫んでも無駄だ。皆に同じ眠り草の成分を入れたんだから。君にも飲ませたはずなのに、君だけ効いていないようだな」
私は没落令嬢だった娘時代に、散々森に入って薬草や食べられるものを探し回った。眠り草は徐々にならすと体に効かなくなるのだ。効果が薄れる。私はその甘い香りが好きで、その草を気づかずに食べてばかりいた。確かに最初は眠くなった。けれども一年、二年と経つうちに、全く効かなくなったのだ。
「あの美味しいワインね?」
私は気づいて言った。
「ああ、そうだ。あのワインに混ぜていた。すぐには効かないが、一度眠るとぐっすり眠って朝にならなければ絶対に起きないはずだった」
そのまま私は剣を油断なく構えた。
「私には効かないわ」
私は冷たい声で一蹴した。彼には軽蔑しかない。誰か、私意外にも眠り草が効かない人はいないのだろうか。
「ジェラールに金は満額払ったんだ。それなのにあいつはシクリやがって」
ヴィッターガッハ伯爵家当主はそう毒づくと、私のところまでゆっくりと歩みよった。
「さっき、ラファエルとお楽しみだったじゃないか。俺とも楽しもう」
私はゾッとした。私たちの様子をのぞいていたのだろうか。
「刺すわよ」
私はヴィッターガッハ伯爵家当主に警告した。
「やれるもんならやってみたらいいだろう」
ヴィッターガッハ伯爵家当主はニヤニヤして言った。
私はその部屋に置いてあった大きなベッドに立ったまま飛び乗った。
「おお、いいねぇ。私とお楽しむ気になったというこ……」
私はその言葉を最後まで言わせなかった。剣を放り投げて、大きなベッドの上で助走をつけて飛び跳ねた。狙い澄ました獲物の上に飛び降りるのだ。子供の頃、成功しなかったことはない。
「イネべガエトガワシエガモン!」
私はヴィッターガッハ伯爵家当主の上に飛び蹴りをする形で飛び降りた。当主はそもそも私がなんのためにベッドに乗ったのか、別の期待をして油断をしていた。当主は避けようとしたが、大金を払って買うことになっていた私が、実は没落令嬢で(これは知っているだろう)、自然の中で令嬢と思えない鍛えられ方をしていることが分かっていないようだ。
ヴィッターガッハ伯爵家当主は音をたてて床に崩れ落ち、私の古代語を聞いて侍女と騎士たちがかけつけてくれた。
そして、痙攣するように体を震わせて怒ったヴィッターガッハ伯爵家当主は、騎士たちによってすぐにひっととられられた。
――私は絶対に許さない。ジェラールから私を買ったなんて……ふざけるのもいい加減にして欲しいわ。二度と日の目を浴びれないように隣国ジークベインリードハルトの牢に入れてあげるわ。私はこの人を絶対に許さない。
「離せ、これは陰謀だ」
ヴィッターガッハ伯爵家当主はもがいたが、騎士たちは誰一人離さなかった。
私が叫んだ言葉は『皇帝の孫の花嫁を狙うものを始末せよ』だ。
――死神さま。コンラート地方に辿り着く前に、私はあと何回危機を回避しなければならないのでしょう。私は夫のリシェール伯爵の領地まで無事に辿りつきたいのです。そこでお待ちください!
私は涙を拭って心に誓った。必ず雪が降る前に、無事に夫の領地に辿り着こう。




