次期皇帝を決める死の王冠と、生の王冠
湯から上がると、ぱちぱちと暖かく薪が燃えている暖炉の前で、私は温まっていた。水の中で見つけた王冠を手に、ラファエルとレティシアがやってきた。
「あなた、なんて無謀なのっ!」
レティシアは呆れたように私の顔を見つめてささやいた。
「敵に狙われるのもわかるわ。あなたは何かをしでかしそうで危なっかしいわ」
「褒め言葉と受け取るわ」
「ぜっんぜん褒めてなんかないわよっ!命がいくつあっても足りない行動だわ」
レティシアはほっぺを膨らまらせてそっぽを向いた。私を心配してくれていたのだろう。
「君の見つけた王冠だけれども、ベルタで渡された宝石がぴたりとハマったよ」
王冠の9つの穴の1つにベルタの城で渡された宝石をはめて、ラファエルが私に王冠を渡した。
「まあ、ありがとう」
レティシアと私とラファエルは、その王冠をしげしげと眺めた。
「この城で王冠が見つかったわ。この城には宝石もある気がするのだけれど……」
「それがだね。城主が言うには、おばあ様はあの真っ白の紙を託しただけだということなんだよ」
レティシアは腕組みをして暖炉の前を歩きまわった。
「待って?お腹がすいたわ。よく考えたら昼食をいただけないかとお願いに来たのよね。屋台で買ったお菓子を食べて以来、何も食べていないわ。騎士たちだって侍女だってお腹がすいて大変だわよ」
「そうだったわ。昼食の準備をしてもらっている時にボートに乗ったのよね」
「すっかり忘れていたが、確かに腹は減った」
エーリヒ城の侍女が静かに部屋をノックして、昼食の準備が整っていることを告げたのはその時だった。
「本当に助かるわ!」
レティシアは満面の笑みを浮かべて無邪気に喜んだ。私はその美しい姿を少し茫然として眺めていた。
――この世にこんなに美しい人がいるなんて……
私たちは城主に礼を告げて、準備された昼食の席についた。
「この度は、ご迷惑をおかけして大変申し訳ございません」
「いえいえ。皇后様の手紙の謎が解けて、私も興奮しましたよ。しかし、奥様は随分と泳ぎがお上手なのですね」
「はい、泳ぎは昔から得意なのです」
美味しい昼食をいただきながら、私たちは先ほどお堀から引き上げた古びた王冠の話に花を咲かせた。
「2つ目の宝石がこの城にあると思うのです」
私は直感的にそう思っていたので皆に告げた。頭の中では、どうしても最初の旅の焚き火をした時のことが頭に浮かぶ。冬の南の空に見えるオリオン座とそれと呼応するように野原に並べられたストーンサークルの景色が繰り返し頭の中に浮かんでは消えた。
「大変申し訳ないのですが、今晩、この城に泊めていただくことはできますでしょうか」
「大歓迎です。皇后様にはくれぐれもよろしく頼むとお願いされていますし、何よりこんなに分からない謎解きは私も初めてなのです。わくわくしますよ」
エーリヒ城の城主は、ピンと跳ね上がるように整えられた髭を撫でながら、満足気に微笑んで快諾してくれた。
「私も一緒にお願いできますかしら?」
レティシアは私とラファエルがお礼を言う側から、城主にお願いした。
「もちろんですよ!客間はたくさんありますから、全く問題ございません」
城主は美しいレティシアを惚れ惚れとしたように眺めながら、嬉しそうに快諾してくれた。エーリヒ城の城主には奥方はいないそうだ。数年前に亡くなったと聞いた。当のレティシアは城主に微笑んではいたけれども、全く相手にしていないのは私はよくわかっていた。レティシアが好きなのは、相変わらずラファエルなのだ。
『死の王冠と、生の王冠』
私は心の中でその言葉を繰り返した。
「おばあ様の白紙の手紙は、水に濡らすと文字が浮かび上がったわ。並べ替えると古代語の『オリオン座が救う者を決める』という言葉になるのよ。なので、今夜少し試してみたいことがあるの」
私はラファエルとレティシアと城主にそっと告げたのだ。私の言葉を聞いたラファエルとレティシアは青ざめた。
「『オリオン座が救う者を決める』は、『次の皇帝』に関するブロワ谷の宝石の伝説に出てくる言葉よ。財宝が眠っていて『大陸を治める力を与える石』を与えるとあるのよ。これは昔からジークベインリードハルトの貴族の家に生まれた者たちには、幼い頃から言い聞かされる伝説の中に出てくる話なのよ」
レティシアは教えてくれた。
「次の皇帝を決めるゲームに俺たちは参加していると思われているのか」
「そうね、そう言うことになるわ」
「だから命を狙われるということだわ」
私たちは無言になった。やはり隣国の後継者争いだ。とんでもない災難に巻き込まれているのだ。
食事は美味しかったけれど、後味が悪かった。自分たちが狙われている理由がより明確になったからだ。
そのまま、コンスタンティノープルからロシアを通って伝わったボードゲームのシャトランジで、暖炉の前においたテーブルの上で繰り返し遊んだ。
レティシアはこのボードゲームが異常に強かったが、ラファエルも子供の頃からレティシアとよく遊んでいたらしく、決して負けてはいなかった。城主と私はもっぱら二人の勝負を眺めながらワインを飲んだり、おしゃべりをしたりして楽しくのんびりとした午後を過ごした。
私が水の中に潜って濡らしてしまった下履きは、ベアトリスとジュリアによって綺麗に洗われて、別の部屋の暖炉の前で乾かされていた。お昼直前にブロワの港で敵に襲われ、その敵をつかまえて城まで連れてきていた。彼らの素性と襲った理由を厳しく聞いたが、誰も答えなかった。
自分たちで調べるしかなさそうだ。
私たちはボードゲームに興じ、表向きは穏やかな午後だった。私とラファエルは時々見つめあったけれども、レティシアの手前、私はあえてラファエルと甘い関係にならないように努めた。彼女の傷心を知った今は、彼女の前でラファエルに対する恋心を全開にすべきではないと私は思っていた。
「負けないわっ!」
「相変わらずレティシアは強いなぁ」
レティシアとラファエルは仲良くボードゲームをしていたが、私の頭の中は古びた王冠とそこにはめこまれるであろう、第二の宝石のことで頭はいっぱいだった。
私たちの泊まる豪華な寝室の準備ができた頃、夕食が始まった。夕食の席では、私たちは見つけた王冠の使い方について意見をかわしていた。
月が輝き、星が夜空に輝いていた。空気が澄み渡り、城のあちこちに植えられたマーガレットの花が夜風に揺れていた。
「やっぱり、あの水の中のストーンサークルの場所にいくしかないわ」
私はもう一度お堀のボートに乗ると言って聞かなかった。今度は水の中には入らないと皆に約束させられて、やっとラファエルがボートを漕いでくれることになった。
城主とレティシア、ベアトリスとジュリアがは、岸辺から私たちを心配そうに見守っていた。
月明かりの中、私とラファエルはもう一度水の中のストーンサークルがある真上にボートに乗ってやってきたのだ。ボートに乗ったまま、南の空に浮かぶオリオン座に向けて私は王冠を向けてくるくる回して様子を見た。
――前回の旅の夜、焚き火をしながら私は頭上にオリオン座、足元にはオリオン座の形をしたストーンサークルを眺めていたわ。同じようにしてみたら、きっと何かが……
その時私は叫んだ。
ラファエルが驚いて私をサッと抱きすくめた。温かいラファエルの胸の中で、私の目線は頭上に持った王冠に目をやっていた。
「ほらみてくれるかしら、ラファエル?」
私がそっとラファエルにささやくと、ラファエルも私の目線を追って王冠に目をやった。
「なんとっ!」
夜空に燦然と輝く冬のオリオン座のベテルギウスと、ベルタの城で渡された宝石が嵌め込まれている位置に王冠をうまく重ねると、宝石から弱々しい光線が出ているのがわかった。その光の先を私とラファエルは見つめた。
「あそこに行ってみてくださいますか?」
岸で心配そうに待つ城主に私が光の先を指をさして声をかけた。城主はハッとした様子で光の先に向かって小走りに走り始めた。レティシアがその後を追い、レティシアが連れてきた侍女と騎士たちもその後を追い始めた。早速ラファエルもボートを漕いで岸につけ、私たちも全員、城主とレティシアの後を追い始めた。
荒い息を吐きながら城主が立っているところまで走って行った。城主はすぐそばに古びた納屋がある城の壁の前に立っていた。
「ここだと思います」
城主は壁のある1点を指差して静かに私たちに告げた。
私とレティシアは腕を組み、私のすぐ横にラファエルが立った。私たちは城主にうなずき、城主はそっと指の先にある壁を押した。
城の壁がぐいと押されて、そこには秘密の隠し部屋が現れたのだった。
「エーリヒ城の迷宮だ……」
私たちは城主が髭を撫でながら、呆然とした様子でつぶやくのを聞いた。
「私も祖父から聞いたことがあったのですが、今日までその存在を信じていなかったのです。皇后様は一体どうしてこの部屋のことを知っていたのでしょう?」
城主は首を傾げながら、ゆっくりと部屋の中に進んだ。5分ほど待っていると、城主は戻ってきた。その手には小さな包みを抱えていて、ラファエルに渡された。
「宝石でしたよ。あなた達が見せてくださった最初のベルタの城で渡された宝石に非常に似ています。この宝石はお返しします」
私たちはため息をついた。
『大陸を治める力を与える石』
誰もこんな物騒なものを手にはしたくない。しかし、ラファエルは皇帝の孫だ。皇后は、早い段階からラファエルを次期皇帝にしようと考えていたことになる。
――ラファエルが皇帝になるには、隣国の皇太子が死ななければならないのではないかしら……
私たちはこれから起こるかもしれない争い事に身震いする思いだった。
その夜は、私たちはエーリヒ城の豪華な寝室で休んだ。私はラファエルからロマンティックに愛をささやかれて、古代語のレッスンを受けた。
色々あったが、幸せな夜だった。暖炉には暖かい火があり、エーリヒ城は名城という噂に違わぬ素晴らしい城だった。
そして、レティシアに新たな恋の嵐が吹くのは、ついそこまで迫ってきていた。
陛下の使いが早馬を走らせて、私たちのもとに向かっていたのだった。
寝室の窓辺には珍しいアフリカンマリーゴールドの鉢が置かれていて、大輪の黄色い花が丸くボール咲きになっていた。花言葉は「嫉妬」「友情」「逆境を乗り越えて生きる」だ。
相反する私の気持ちのようだ。




