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令嬢レティシアと皇帝の孫の花嫁

 やりきれないといった思いで天を仰いで首を振ろうとした私の目の端に、長弓を引く男の姿が映った。遠い島国のブリテン兵が好んで使うと言われる長弓だ。私は咄嗟にラファエルを押しのけた。


 私の気配に気づいたレティシアは、目の前で頬を寄せ合うキスをしようとしていたラファエルの腰の剣を抜き、まっすぐにラファエルに向かってきた長弓を一撃ではらい落とした。


「あの男だっ!」


 騎士たちは一気に長弓を持った男に突進した。


 しかし、男はもう一度長弓を素早く引いて放った。レティシアはあっ!と叫びながらも今度も飛んできた弓を一気にはらい落とした。


「逃げてラファエル!」


 レティシアは叫んだ。私は衝撃を受けたままうまく言葉も出なかった。騎士たちが長弓を持った男に飛びかかる様を見た。


 私は他に敵がいないかを見渡して確かめようとした。長弓の男は最初の旅で私を殺そうとした男ではない。あの、最初の旅で私を殺した男がそばにいないか私は必死に周りを見渡した。商人、船乗り、貴族、騎士、町人、農民……


 ――待って!いたわ!あの男っ!


 私は見知らぬ商人が手綱を引いていた馬の手綱をとっさに掴み取り、馬に飛び乗った。


「ええっ!?」


 驚いた商人が叫んだけれども、私を最初の旅で殺した男めがけて私は馬で突進した。その男は何食わぬ顔をして私を見返した。けれども次の瞬間、私が自分めがけて馬に乗って突進してくると悟るや否や、くるっと向きを変えて港から全速力で走り去ろうとした。


「待ちなさいっ!」


 私は絶対に許さないという思いでいっぱいだった。一度、その男にヴィエナヒトの街で私は殺されかけたのだ。それは前回の時間で発生したことで、今の時間ではまだその事件は発生していない。でも私はその男に会ったら絶対に許さないと決めていた。


 悲鳴をあげた人々がサッと道を避けた。


「ロザーラ!」


 ラファエルが叫ぶ声がして、彼が後ろから追ってきている気配が分かった。私はそばの荷台にあった棍棒を通りがけにつかみ、逃げる男に向かって思いっきり投げた。森で大きな獲物やクマに遭遇した時に身につけた技だ。


 棍棒は豪速球で飛び、男の首にあたった。男は思わず衝撃でよろめいた。


 そこに私は馬の上から飛び降りて男を地面に叩きつけるように上に乗った。ドレスが邪魔だ。でも、森で食料を取っていた私は、木の実をとる時に木に登って飛び降りることには慣れている。


 最近は宿屋の二階から馬の背に飛び降りる練習も繰り返した。私は目的のものに飛び乗ることにかけては自信があった。


「だめよ!逃げても許さないわよ!」


 私は自分の下の男に低い声で警告し、私が飛び降りた衝撃から立ち上がれないでいる男を容赦なく押さえつけた。そこにラファエルが走り込んできて男の腕をしばりあげた。


「この男は敵よ」


 私は短くそれだけラファエルに告げた。息がきれていて、うまく話せない。


 振り返ると、ラファエルに長弓を放った男を騎士たちがつかまえていた。その男にレティシアが激しく平手打ちをくらわしていた。天使のようなプラチナブロンドが乱れて揺れている。彼女はまだ左手にラファエルの剣を持ったままだ。


「レティシアは剣が使えるのね」


 私がそっとラファエルに言うと、ラファエルはうなずいた。


「剣の名手だよ。子供の頃から私は彼女に剣で勝てた試しはなかった。今回は彼女に命を救われた」


 ラファエルは呆然とした様子でつぶやいた。


 よく見ると、騎士はもう一人男をとりおさえていた。


「君が馬に乗ってこの男を追いかけたとき、あの男も逃げたんだ。フィリップが気づいてとらえた」



「本当に助かったわね。つかまえた3人から計画を白状させましょう」

「ああ、そうしよう」


 商人に私は謝って馬を返した。棍棒も荷台に戻した。


 そこへ、レティシアがプラチナブロンドの髪を揺らして近づいてきた。


「あなた、やるじゃない」

「あなたも凄いわ。長弓を剣ではらうなんて。剣の名手だとラファエルに聞いたわ。夫を救ってくれて本当にありがとう」


「ラファエルが傷つくのは絶対に許せないのよ。当たり前のことをしただけよ」


 私はふとおかしくなって笑い出した。


「あなたはドレスのことなんか本当はどうでも良いのね?だって、さっきのあなたはドレスのことなんか考えてないって感じで剣を振り回していたわ」


 私はレティシアの美しい顔を見つめた。レティシアはぽかんとした表情で私をみた。


「あら、ばれたのかしら?」


 レティシアはプイっと横を向いて腕を組んだ。


「そうよ。本当はドレスのことなんかどうでもいいわよ。私は野山を駆け回って育った娘よ。ドレスより剣の方が好きなのよ。ただ、見た目が大事だとお母様とお父様がうるさいから……」


 最後は消え入るような声だった。



「私も同じよ。うちは貧乏だったから、森を駆け回って木の実を取ったり食べられる植物を探したりして育ったのよ。さっきのも、森で野生の動物を見たり熊を見たりした時にやっていたことが役に立っただけよ。私もドレスより大事なものがあるのよ」


 私がそうささやくと、レティシアは「そうなのね」とだけつぶやいた。


「あなたは強敵ね。あなたのことをちょっと誤解していたわ」


 レティシアは私の方をまっすぐに見つめて、私のことを『強敵』だと表現した。


「私もあなたのことを誤解していたわ。あなたは私の敵じゃないわ」


 私の言葉にレティシアは美しい顔を斜めにして私を睨んだ。不機嫌そうに頬を膨らませている。


「敵じゃないってどういう意味よ?私は美しいし、武術にも優れていてラファエルをいざとなると守れる力があるわよ」


「ええ。あなたはそうね。でも、あなたはまっすぐだわ。私とラファエルの命を狙う『敵』じゃないと思うわ」


 私はレティシアに静かに告げた。


「あぁ、そういう意味の敵ではないということね。それはそうでしょう。命を狙う敵はあいつらの方よ。ただ、あのね?私はラファエルが好きなのよ」



「知っているわ。私も好きなの。彼に恋をしているの。そして私は妻なの。この国の陛下が私たちを引き合わせたのよ。別れる気はないの」


 私はまっすぐにレティシアを見つめて自分の気持ちを正直に話した。


「わかったわ。負けないわよ」

「ええ、知っているわ」

「あなたにちくちく嫌がらせを言った私の発言については謝るけれど、絶対に負けないわ。皇帝の孫の花嫁になるのは私だと思って生きてきたのよ」


「ええ、知っているわよ。夫を救ってくれて本当にありがとう。本当のあなたのことが分かったわ。だから、今までの嫌がらせについては許すわ」


 私たちは一旦休戦をすることにした。自分の気持ちを正直に言える人が姉以外に初めてできたのだ。私は不思議な感覚に戸惑った。

 

 ――レティシアは私の命をきっと狙わないわ。彼女は恋のライバルかもしれないけれど、今はラファエルと私の命を狙う敵から身を守ることが先決だわ。


 ――強くてかっこよくて領民に愛される領主である辺境伯のラファエルの姿を、絶対にこの目で見たいわ。私は何がなんでも今回は生き抜いて領地まで辿りつくわ。





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