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辺境の領地を治める、隣国の皇帝の孫

「美しく大きな川と、二つの山地を抜けていかなければならない。そこまでに君と結ばれることができれば、私は幸せだ。時間はたっぷりあるんだロザーラ。領地についてから、君と愛を深め合う時間もある」


 抱き合う私に、夫となったラファエルは優しく諭すように言った。


「慌てなくていいんだ」


 私はラファエルの落ち着いた低いトーンの言葉に彼を見上げた。彼の長い髪はほつれていて、色香を増した彼の長いまつ毛の奥の瞳の中を見つめる。


「あなたの領地は隣国に近いわ。辺境伯は武術と運に秀でていると亡くなった父がよく言っていたのです。あなたもものすごく強いと聞いたわ。でも、武術に秀でていて大事な辺境の地を任せられているということは、それだけ危険が伴う地域ということでもあるわ。私はあなたの妻に早くなりたいのです」


 ラファエルはふっと笑って私を抱きしめた。


「もう、君は私の妻だよ。私の場合はちょっと特殊で、私の領地の騎士は隣国の大国から志願してきた騎士と、陛下の騎士で構成されているんだ。忠義に溢れた勇敢な騎士ばかりだ。そんなに簡単に隣国は攻めてはこない」


 ラファエルは私を安心させるように言った。


「この国の陛下にとっては私は甥だけれども、大国からすると現在の皇帝の孫なんだよ。すでに君は私の愛する妻だし、私はそんなに簡単に危険に巻き込まれるほど危機的状況にはないよ。安心して。妻になったばかりの君を大事にしたいんだ」


 ラファエルは私の両頬を両手で包み込んで、笑いかけた。


 その瞬間だ。私に何かが起きた。


「戻ってきた?」


 私は抱き合うラファエルの胸の中で、彼の厚い胸板を感じて飛び跳ねるように離れた。


 あっけに取られたように私を見つめるラファエルを、私は穴が開くほど見つめた。ベッドのそばのテーブルに飾ってあるのは、花言葉が「真実の愛」である深紅のマーガレットマルスレッドだ。この花が飾られていた夜はたった一度だけだ。時は私たちの結婚式の夜だ。


「戻ってきているわっ!」


 私はかすれた震える声でそう言うと、思わず神に感謝した。


「どうしたんだい?ロザーラ、何が戻ってきたんだい?」


 ラファエルは驚いた様子で私に聞いてきた。私はファエルに急いでパジャマを着せた。


「なんだい?」


 私が手早くラファエルにパジャマを着せる様にたじたじとなりながら、ラファエルは聞いてきた。


 私はラファエルにパジャマを着せながら早口で懇願した。寝室の暖炉にはまだ暖かい火があり、部屋は暖かかった。ベッドサイドの小さなテーブルには深紅のマーガレットマルスレッドが飾ってある。そうだ。私がこの花をもらったのは結婚式の朝だ。この花が飾ってある夜は宮殿で迎えた結婚初夜だけだった。


 やはり私は二度目の死を回避して時間を戻ってきているのだと悟った。


「あなたの生まれた国ジークベインリードハルトの古代語を今晩から私に教えてくださいますか。それから、明日の朝から、窓から飛び降りて馬に飛び乗る練習も必要ですわ。乗馬は普通にできるから良いとして、剣術も教えて欲しいの。あなた」


 大きな贅沢なベッドの上でポカンとして私を見つめているラファエルの膝に私は乗った。抱きついて愛をささやく。死を回避するために行動を変えるのだ。


「あなたを愛するようになるわ。あなたに相応しい妻になるわ。だから今日から手解きをお願いしたいのです。ジークベインリードハルトの古代語と武術を私は習得したいのにです。教えてくれますか」


 ラファエルは私のブロンドの髪を愛おしそうに撫でた。


「何を急に言い出すかと思えば……」


「美しい川と二つの山地を抜ける頃には、私たちは結ばれているのでしょう?それまでに、あなたに相応しい妻になるように私に教えてくださいませんか」


 私は初めて自分から夫に口付けをした。夫の肩に両手を回してお願いする。



 そうだ。私はたった今二回目の死神に会ったのだ。私は悲劇的な死の直前から戻ってきた。そして、結婚初夜の行動を変えようとしている。


 夫に全てを捧げる代わりに、私は夫から教えを請うことを開始したのだ。陛下の結婚戦略の意味について、陛下は数年かかれば意味がわかると私に告げた。私はこの時には少しだけわかりかけていた。


 次の死がやってくる時期を私は正確に覚えている。雪が降る前に私たちは大陸の果ての領地に向けて、ピンク色や白色のマーガレットの花が咲き乱れる野を馬車で通った。陸路を進み、大陸を横断した。


 だが、美しい大きな川を無事に超えて、一つ目の山地と二つ目の山地の間の街の宿で、夜中に私たちは敵の急襲を受けた。私が足手まといになった。私は敵に剣で襲われて、ラファエルの目の前で死を迎えたのだ。


 最初の選択では、この夜は私は夫と愛を確かめ合って翌日に辺境の地に向けて出発した。いくつかの街に泊まりながら、馬車に乗って進み、私はそれなりに楽しく旅を続けることができた。


 ある時は野の鹿、ある時は野うさぎ、ある時は野生の熊に遭遇しながら進んだ。時には危険な目に遭いながらも進んだ。崖崩れで道を迂回もしたし、追い剥ぎに遭って騎士団と夫が勇ましく戦う様も見た。私とリシェール伯爵であるラファエルと徐々に距離を縮めて行った。



 馬車を降りてラファエルと一緒に私も馬を走らせ、小川で水を汲み、焚き火をして夜を明かし、大冒険の末に辺境の地に着こうとしていた。ひたすら陸路を進んでリシェール伯爵の領地に到着しようとしていた。やがて農業と産業で大きく栄える地に。大陸の果ての鉄壁の要塞があるという領地に。


 しかし一つ目の山地と二つ目の山地の間の街の宿で、夜中に私たちは敵の急襲を受けた。こうして私は2回目の死を迎えた。


 力なく血だらけで床に横たわる自分を見つめて、私は声にならない叫び声をあげた。すぐに公爵家の次男に放り出されてあの雪の中で凍死する瞬間にやってきた精気の感じられない美しい男性が再び姿を現した。彼はまた私に尋ねたのだ。死神だ。


「今すぐに私と神のところに行くか、それとも君はこの私と契約して人生の選択を変えて敵から逃れるか。今決めてくれるか?」


「契約します!」


 私は迷うことなく彼に告げた。私は彼がポケットから取り出した紙を見つめた。


 また『死まで5分』と大きく書いてある。私はその紙に震える手をかざした。


「君をこれから連れ去る5分前で一旦時を止めよう。君がこの死を回避できる選択を過去に戻ってできれば、5分の間に結果が変わる。そうすれば君は死なない」



 ――私はどこで間違えたのだろう?


 死神が差し出した『死まで5分』と書かれた証文に私が手をかざすと、紙は炎を出して燃え尽きた。



「契約成立だ。ロザーラ・アリーシャ・エヴルー、汝は死神と契約した。ここで私は5分だけ待つ。その間に過去に戻って過去を変えてこの時間に戻ってきなさい。ただし良いか?選択を間違えればこの5分は即座に終了だ!」


 死神はそう言い放つと、私の瞳を見据えて右手から閃光を出して私を撃った。


 私はまばゆい光線に体ごと飛ばされた。


 私は陛下の宮殿の豪華な寝室で、ラファエルとベッドの中で抱き合っていた。死んだはずの私は無傷で元気な体に戻っていた。


 ――あっ!深紅のマーガレットマルスレッドの花束ね……この部屋は初めての夜の時だわ。つまり、私はここで選択を間違えたと言うことね……?


 私は急襲された時に耳にした隣国の言葉をとっさに思い出した。


 ――言葉は大事だわ。敵の言葉を知らなければ備えられないわ。それから足手まといになった私の武術の無さはなんとかしなければならないわ。


 私は戻ってきた5分の間に、武術に秀でる夫に古代語と剣を教えてもらうことを頼み込んだのだ。体が震えてしまっていた。


「たとえばこの言葉の意味は何かしら?私が知っている隣国の言葉より昔の言葉のようなの」


 私は敵が私に言い放った言った言葉を繰り返した。


「ダガナシュテインガぺルペレーターイデ……」

 

 それを聞いた途端にラファエルの顔色がサッと変わった。


「皇帝の孫の花嫁という意味だ……古代の言葉だ。そうか、君も知っている必要は確かにあるかもしれない」



 というわけで、私とラファエルは言葉を教え合うようにしてその夜の数時間を過ごした。そして明日から始まる旅に備えて眠った。


 翌朝、目が覚めるとベッドサイドに置かれたマーガレットマルスレッドの深紅の鮮やかな花びらが目に入った。


 無事に朝が来たのだ。私は死神の元に戻っていないことに心から安堵した。敵が話した古代語には『皇帝の孫の花嫁』という言葉が入っていた。


 ――さあ、選択を変えたのよ。私は大国の皇帝の孫の花嫁。その花嫁に相応しい所作を学ぶのよ。生き延びるためよ。必要なものは吸収するわ。


 それは大陸横断の旅に出発する朝だった。



 その日の朝のことはよく覚えている。朝食の前に、高い所から馬に飛び乗って走り去る練習をラファエルに付き添われて3回やったのだ。さらに騎士の普段の訓練のやり方の一番初歩的な部分からやった。


「いいぞ、ロザーラ!」

「ありがとう、あなた」


 私たちは汗をかいて二人で時折微笑み合いながら鍛錬した。朝日が眩しい。王宮の厩舎の前には桜色の優しい花がそよ風に揺れていた。マーガレットローリーだ。オレンジ色のキンセンカも咲いていた。


 その時、ちょうど第一王子ウィリアムがやってくるのに出会った。


「おはよう。夫婦揃って乗馬かな?」

「おはよう、ウィリアム。三人で乗馬してあたりを回ってみようか」

「いいね」


 私たちは三人で朝日を浴びて乗馬を楽しんだ。隣国の皇帝の孫は、妻である私に色々と教えることを実に楽しんでいる様子だった。


「昨晩はよく眠れたかな?聞くだけ野暮か」

「まぁ、ウィリアムったら」

「二人とも仲が良さそうで安心したよ。姉君のことは任せてくれ。ロザーラ、安心してくれ。君たちの母上のことも大事にするから」

「ありがとう」


 私たちは三人だけで早朝の時間を過ごして、別れた。そのままラファエルと私は旅の出発の準備に取り掛かった。 


 こうして午前中は飛ぶように時間が過ぎた。やがて、辺境の地への出発の時間が来ると、陛下と二人の王子と宮殿中の人々に見送られて、私たちは騎士団と共に出発したのだ。


 まずは今日は3つ先の街まで向かうことになった。


 馬車の中で私は大国の古代語の復習をした。ここから先の道のりは、私にとっては二回目だ。学習スピードを上げて私は敵に勝つつもりでいた。私とラファエルを殺しにきた刺客に負けるつもりは決してなかった。


 美しい顔と妖艶な体を誇る没落令嬢の私だったが、私の価値はそれだけれはないと信じていた。


 ――今回は私は必ず、夫の領地に辿りつくわ。私はこの死の危機を回避してみせるわ……


 こうして、冬の訪れを前に私の大陸を横断する長い旅が始まった。季節は色とりどりのマーガレットの花が野を可憐に飾っている、真冬到来前の肌寒い時期だった。

 


 


 

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