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魔法の蜂蜜  作者: 祐里
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1.初めて出会った場所


 カミーユは、台所仕事をしている姉に見つからないよう忍び足で裏口からこっそり抜け出した。


「体が小さいからって、役立たずだなんて」


 酒屋を営む父親に、「もう十歳なのに酒瓶の箱を運ぶことも、棚に商品を並べることもできないのか」と叱られたのだ。


「二本ずつなら運べるのに。高いところは届かないけど……」


 カミーユは同じ年齢の子供と比べると体が小さくて細いため、力仕事では足手まといになってしまう。もう字の読み書きと計算はできるから店番をすると言っても、父親は配達や品出しをするよう言ってくる。かといって、姉の台所仕事や洗濯などを手伝おうとすると「邪魔」と冷たくあしらわれて終わりだ。二年前に母親が病気で亡くなってから、家の中にはいつもピリピリした空気が流れている。


 毎日のように叱られていると、素直でいい子だと町で評判のカミーユもさすがに逃げ出したくなる。できないことばかり言いつけられる店の手伝いなどしなくてもいいだろうと、今日は早い時間から仲良しのリュカのところへ行くことに決めた。


「こんにちは。リュカはいますか?」


 孤児院の扉を開け、早くリュカに会いたい、早く話をしたいと急いてしまう心を抑えながら挨拶をする。


「リュカなら庭にいるはずだが……」


「……外で待ちます」


「そうしてくれ」


 大柄な施設職員の男性に鬱陶しそうな目で見下され、扉を出る。本当はリュカがいるという庭まで行きたいのだが、何か作業中なら邪魔をしてしまうだろうと思い、大人しく引き下がる。


 カミーユがしばらく孤児院前の地面を蹴ったり通行人を眺めたりして時間を潰していると、リュカが急いで孤児院の裏口から出てくるのが見えた。


「リュカ!」


「ごめん、待ったよね?」


「ううん、今日はいつもより早く来たから」


 リュカのルビー色の目が少し細められる。そうして、その目の色がほんのり移ったかのようなピンクホワイトの長い髪を見て、カミーユはほっと息をつく。よかった、今日も切られていない、と。


 カミーユより一歳年下のリュカは、生まれてすぐ孤児院の前に捨てられていたところを見つけられ、ここで暮らすようになったと聞いている。院長は年配の女性で、他の子供たちには優しいがリュカのことは好きではないようだ。「その気味の悪い目と髪を何とかしてちょうだい」と大声で言っているのを、たまに耳にする。


「お店の仕事、終わったの?」


「……抜け出してきたんだ。叱られてばかりだから」


「そう……一生懸命やってるのにね」


「そんなことよりさ、教会に行こうよ」


 孤児院のすぐそばに建つこぢんまりとした教会は、カミーユとリュカが初めて出会った場所だ。ちょうど一年前、礼拝の時刻より早く教会に着いてしまい、恐る恐る扉を開けたカミーユの目の前に、教会の掃除を手伝いに来ていたリュカが現れた。質素なシャツの袖をまくり箒を持つリュカを見て「きみの目と髪、きれいだね」と思わず口走ってしまったのが、最初の会話だった。自分の平凡な焦げ茶色の目と髪なんかより、ずっときれいだと思ったのだ。


「うん。神父さんに見てもらう?」


「あっ、あれは持ってきてなくて……絵とステンドグラスを見るだけでいいかな」


「そっか」


 話しながら歩き、教会に到着すると大きな扉をゆっくりと引いて開ける。奥の方で聖書を手に持つ神父の男性がカミーユたちを見つけ、「おや、いらっしゃい」と目尻のしわを深くして微笑んだ。年の頃は四十代、カミーユが生まれた頃に遠い町から赴任してきた人だ。


「こんにちは。絵とステンドグラスを見せてください」


「ええ、いいですよ。きっと女神様もお喜びになるでしょう」


 うなずく神父に頭を下げ、カミーユとリュカは飾り気のない木のベンチに座った。


「今日はお日様が出てるから、すごくきれいだよね。柱の緑色ともよく合ってて」


「カミーユ、この席好きだよね」


「ふふふ。そんなに気に入ってもらえると、私もうれしいです。この柱の色はシーグリーンというんです。海の浅瀬……陸地に近い、浅い場所の色だそうですよ」


 ステンドグラスから差し込む光が一番美しく見える場所を陣取った二人に、神父は丁寧に言葉を選んで説明した。


「海……見たことないなぁ」


「うん。どこに行けば海に会えるのかな」


 カミーユがぼそりとつぶやくと、リュカが同調した。彼の高めの声は、教会の中でよく響く。


「海に会うという言い方はとても素敵ですね。ここからなら、海は南の方面です。機会を見つけて会いにいくと、海も喜ぶかもしれません」


「はい」


 にこにこと笑って、神父がカミーユたちの相手をする。この教会は二人にとってとても大切な場所だ。口汚い文句や冷たい視線ばかりが飛び交う家や、リュカを冷遇する孤児院なんかよりよほど安らげる。


 二人は一通りステンドグラスや女神様を美しく描いた絵画を見て満足すると、教会の裏庭に出た。池には蓮の丸い葉が浮き、小さな魚の姿も見ることができる。


「そういえば、もうすぐ山の神様のお祭りだね」


 隣でしゃがんで池を覗き込んでいるリュカに話しかけると、リュカは「何それ?」と言った。孤児院ではお祭りのことは教えていないのかと、カミーユは説明を始める。


「西の山の神様が、三十年に一度だけ里に下りてこられるんだって。だからお祭りを開いて、歓迎するんだよ」


「お祭りって、どんなことするの?」


「あのね、子供の中から選ばれた一人が着飾って、豪華な馬車のパレードで山の(ふもと)に行くんだ。そこで山の神様をお迎えするんだけど、その間に町の大広場に色んな屋台ができるんだって。すごく賑やかになるんだよって、前にお母さんが言ってた」


「へぇ、そうなんだ。楽しそうだね」


 リュカがにこりと微笑むと、カミーユもうれしくなる。カミーユが父親や姉に怒鳴られて泣いていても近所の人たちは目を背けるだけだが、リュカはいつでも優しい。自分で描いた絵も、きちんと見て褒めてくれる。まだまだ下手だと自分では思うが、リュカに褒められると、もっとがんばろうという気になるのだ。


「カミーユと一緒にパレード見たいなぁ」


「きっと一緒に行けるよ」


 カミーユの答えに同意するように、蓮の葉の陰から、魚がピチャッと音を立てて跳ねた。


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