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変実世界  作者: 彩情一式
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第二話 非現実という名の理不尽

「生きているか?」


 理由は明確に分からないが、この瞬間に生きているって実感がわいた。それは生き延びることが確定したからだろうか。死ぬかもしれない状況でも生を実感できなかった俺が?


「はい。私たちは生きています。失礼ですが、あなたは?」


 楠の声から多少安堵が感じられたが、まだ警戒心が残っている。そして、目の前にいる女性が一体何者であるかは俺も気になっていた。

 その女性の第一印象は、ごく一般的な感想ではあるが綺麗だった。透き通るような白い髪が風に揺られ、こちらを見据えている目が時折隠れてしまう。その目からは他の何色にも染まらない絶対的な黒色がこちらを覗いていた。手には男が付けていた仮面を持っており、真ん中にある赤い線の他に、鮮血がこびりついている。汚れるのが嫌いなのか、彼女は手袋をしていた。白いシャツに血がついてるのを気にしていないところを見ると、手を怪我しないようにだろう。


「私は南雲」

「「…え?」」


 素っ頓狂な声が二つこだまする。俺たちは本当に助けられたのか、怪しく感じてきた。仮面をつけていた男は倒れたままピクリとも動かなくなっている。とりあえず状況を整理したい。


「南雲さん…でいいんですよね?仮面の男はどうなったんですか?」

「死んだ」

「…あなたは一体何者なんですか?その仮面は何なんですか?」


 鋭い眼光が刺さる。心臓を抉られるみたいだ。南雲と名乗った女性は質問に答えることなく、静寂が生まれる。この静寂を破ったのはついさっきまで日常のBGMとして溶け込んでいたパトカーのサイレンだった。警察が来てくれたことへの安心感は、今日の出来事を顧みても薄れることはなかった。南雲さんは恐らくこちらに敵意はない、はずだ。


「南雲さん!建物壊し過ぎですよ!」


 男性の声が入口の方から聞こえてくる。服装的に普通のサラリーマンのようであり、そのあたふたしている様子を見て、緊張の糸がきれて全身の力が抜けていく。


「あなたたち大丈夫ですか!?」

「え、ええ。私たちは何とか…」

「南雲さん!なんでこの方たちの安全を確保してないんですか!」

「もう安全だ」

「まともに会話できる僕が来ましたからね!」


 男がギャーギャー騒いでいるのがいつのも日常であったと錯覚させるほど、この数分の間で疲労が溜まってしまったようだ。これから事情聴取でもされようものなら一週間は休みが欲しい。


「北上君。私たち、ひとまず安心だね」

「ああ、次から次へともうお腹いっぱいだ」

「あはは、課長にはなんて説明しようか?」

「そこまで話の通じない人ではないし、分かってくれるだろう。一週間くらい休みをもらっても」

「それは難しいんじゃないかな」


 会社がこのフロアだけとはいえ、半壊状態なんだ。リモートワークだろうが俺は休みたい。楠も冗談が言えるくらいにはなっているようだ。とはいっても、人の死を目の当りにしたのだからショックは大きいはずだ。


「南雲さん!まだ話は終わってないですよ!」


 遠くから男の声が聞こえると思ったら、突き刺さっていたパトカーをもって、南雲さんが建物から飛び降りていた。その様子をあたかも日常のワンシーンのように受け流す男性も相当だと思ったが、そんな余裕が俺の脳みそにはない。どうやら楠も俺と同じようだ。


「すみません。お二人とも、色々遅くなってしまって」

「いえ、気にしないでください」

「助けていただいたのは私たちですし」

「そう言ってもらえるとありがたいです。ぼ…失礼、私は柊と申します。南雲さんの部下です。あの人の滅茶苦茶に巻き込んでしまい申し訳ないです」

「滅茶苦茶、ですか」

「ええ、あの人は存在が日常に潜む非日常です。もはや理不尽」

「そ、そうなんですか」

「今回も酷かったんですからね!」


◇◇◇◇◇


 何故最近になって仮面という事件が多発しているのか、そして何故僕はその事件を担当することになったのか、本当に不幸だ。


「南雲さん。仮面がでました。先に追いかけていた警官との通信が途絶えたとのことです」

「そうか」


 同僚が死んだかもしれないというのにドライな人だ。しかもこの人、単語でしか会話できないのかってくらい口数が少なくて話が通じない。


「現在の状況は―」


 僕が説明している間もずっと目を閉じていて、話すら聞いていないのだ。でも、本当に不幸だと思っているのは、僕自体がいらないんじゃないか、と言い切れることだ。いつも南雲さん一人で事件を解決してしまう。だから今目を閉じている理由も分かる。


「7…いや9か?」


 南雲さんがそう呟くと、ズンと立っていた場所が陥没する。南雲さんが遠くを見据え、まるで今からそこまで飛んでいこうとしているようだ。そう、これが不幸だと思う最大の理由。この人は人の域を超えた運動能力を持っていることだ。それだけではない、先ほど目を閉じていたのは音で場所を探り、目視で距離を測るため。たとえ障害物があろうがほぼ正確にそれができてしまう。


「南雲さん!被害は最小限に!」


 バガンッ!

 聞いたことのない爆発音が足元から聞こえた時には、南雲さんの姿はなかった。


◇◇◇◇◇


「みたいなことがあったんですよ!酷くないですか!」

「え、ええ。そうですね…」


 フィクションの世界の話が、現実であるかのように語られる。しかし、それを俺たちは見てしまった。今、俺の目に映っているこの窓際の壁が半壊している風景も、本来は非現実なもののはずだ。


「疲れていると思いますが、この件について少し話を聞かせてください」

「わかりました。それは俺一人でも大丈夫ですか?」

「ええ、結構ですよ」

「北上君?私も…」

「楠は課長に連絡をだな…」

「あはは、その仕事、承りました!」


 これで少しは落ち着くだろう。こちらからも聞きたいことをまとめていた方がいかもしれないな。


(それにしても、漫画みたいなことが現実でもあるんだな)


 柊さんの背中の方が、俺たちよりもよっぽど疲れて見えた。


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