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神々の戦いに首を突っ込む事にした俺の異世界闘争記  作者: こってり
第一章【神との旅路】
1/2

プロローグ

 今まで誰かの言う通りに生きてきた。


 物心ついた頃から俺は人の顔色ばかり窺って生きてきたんだ。


 でも俺は今までそれでいいとずっと思っていた。


 だって誰かの言う通りに生きてさえいれば問題は無かったからだ。


 小学生の時に好きだった子に告白せずにいたのも。


 中学生の時に本当はやってみたかった剣道部に入らず英会話部に入ったのも。


 高校生の時にやってみたかったバイトもやらず勉強ばかりしていたのも。


 勉強を頑張ったんだから大学に進学してみたいと思いながら就職したのも。


 職場がブラック過ぎてすぐに辞めたかったけどメンタルと体を壊しながらなんとか十年以上務めたのも。


 誰かの言う通りに生きてさえいれば、問題は無かったからだ。


 嘘だ。


 問題しかなかった。



 ――小学生の時に好きだった子に告白せずにいた。


 後々その子に話を聞いたら、小学生当時その子は俺の事が好きだったそうだ。


 しかも初恋だったらしい。


 でも俺の方から何のアクションも無かった事で好かれていないと思い初恋を諦めたと笑っていた。


 俺は曖昧な愛想笑いしかできなかった。


 ――中学生の時に本当はやってみたかった剣道部に入らず英会話部に入った。


 中学の卒業式、英会話部に入ってまで英語を勉強したのに全く英語力が上昇しなかった事を、英会話部の顧問にまるで楽しい思い出話をするかのように他の部員の前で話された。


 俺はとっとと帰って昼飯を食いたかったが、顧問は『君の英語力は上がらなかったけど、君がこの三年間頑張っていたのを私は知っている。高校生になっても英語の勉強を頑張るんだよ』と涙を滲ませながら言っていた。


 俺は曖昧な愛想笑いしかできなかった。


 ついでに英語は今もって苦手だ。


 ――高校生の時にやってみたかったバイトもやらず勉強ばかりしていた。


 周りのクラスメイトがバイト代であれを買ったこれを買ったという話を聞くのがつまらなくて、バイトをやっていない奴を友達にした。


 でもそいつはそいつで家が金持ちだったらしく、小遣いであれを買ったこれを買ったという話を聞くのがつまらなくなって結局疎遠になった。


 特にいじめられたとかそういうのは無かったが、休み時間はもっぱら携帯を弄って過ごしたし、昼休みは飯を食ったら即図書室に駆け込む高校生活だった。


 結局高校生活を送る中で、愛想笑い以外の笑顔をする事はなかった。


 ――勉強を頑張ったんだから大学に進学してみたいと思いながら就職した。


 親が金持ちのあいつは親の金で大学に行ったらしい。


 その事を知ったのは自分の勤めている会社がブラックだと確信を持った頃だった。


 ちなみに就職してから一か月後の事だ。


 SNSを見れば、大学の講義が意外と難しいけど親の金で行ってるからキチンと勉強しないとな、などと嘯いているアイツの投稿が目に入る。


 どうせ夜は親の金で遊び歩いてるんだろ、と思ったが夜遊び歩いていようと昼間真面目に勉強している事は何も矛盾しない事に気付いて、結局俺はアイツの親が金持ちという事に嫉妬していただけだと気付いてSNSを見るのをやめた。


 俺は曖昧な愛想笑いすら出来なくなっていた。


 ――職場がブラック過ぎてすぐに辞めたかったけどメンタルと体を壊しながらなんとか十年以上務めた。


 転職するにしてもまずは三年務めてから、などと言った奴はブラック企業の回し者か、あるいは極度のマゾヒストではなかろうかと思いながら働いた。


 まぁ、正直言いたい事はなんとなくは分かるのだ。


 三年も務めれば、その職場で培ったスキルや経験などが身について次の職場でも活かせる、というような事なのだと思う。


 だがそれは今の職場には当てはまらない。


 そもそも退職すらさせてもらえなかった。


 俺が退職しようとする気配を鋭敏に察知する上司とお局は、そういうタイミングに限って優しい言葉をかけるのだ。


 そして俺が絆されれば、元のブラック環境に逆戻り。


 そんな事の繰り返しで十年以上を費やしてしまった。


 だからこそ、俺にとっての退職までの十年以上とは、スキルを身に着ける時間でも経験を積む時間でもない。


 ただただ上司やお局のサンドバックとして叱責され、会社の歯車となるだけの時間だった。


 俺は愛想笑いどころか泣くことも出来なくなった。



 失敗ばかりの人生だと思った。


 人生を振り返っても後悔しかなかった。


 こんな人生望んじゃいないと叫びたくなった。


 でも俺はそこで『俺は悪くねぇ!』と叫べるくらい無知にもなれなかった。


 失敗しても、後悔しても。


 誰かの言う通りにしたんだから、という理由があるから問題ない。


 なんて事はない。


 結局行動したのは自分で、他者からすれば俺が誰の言う通りに動いていようと、それは俺自身の行動に他ならない。


 その事に、気付いていたはずなのに。


 気付いていないふりをした。



 小学生の時に好きだった子に告白せずにいたのも。


 中学生の時に本当はやってみたかった剣道部に入らず英会話部に入ったのも。


 高校生の時にやってみたかったバイトもやらず勉強ばかりしていたのも。


 勉強を頑張ったんだから大学に進学してみたいと思いながら就職したのも。


 職場がブラック過ぎてすぐに止めたかったけどメンタルと体を壊しながらなんとか十年以上務めたのも。


 本当にやりたかった事じゃない。


 本当にやりたい事は他にあったんだ。


 でも、結局の所それらの選択をしたのは俺自身なんだ。


 気付いていた。


 俺は誰かの意志に流されて自分の意志を通せなかったんじゃない。


 俺は、俺の意志を通して失敗したり後悔したりするのが怖かったから、他人の言葉や意志に流される人生を選んでいたんだ。


 ずっと気付いていないふりをしていた。


 でももうそんなふりは無理だと気付いてから、俺は激しく後悔した。


 そんな当たり前の事に気付くのに、三十余年も費やしてしまっていたからだ。


 三十余年。


 言葉にすれば一息も掛からず言い切れるその時間。


 だが実体験としての三十余年という時間はあまりにも大きい。


 誰かが言っていた、『二十年かければ馬鹿でも傑作小説が書ける』って。


 なら一度傑作小説を書けたその馬鹿は、二度目は十年で傑作小説を書いたかもしれない。


 どこかの馬鹿が二作の傑作小説を書いている間、俺は自分自身の事にすら目を逸らして流され続けていた。



 でも、もう俺は気付いてしまった。


 だから、俺は決心した。


 変わるんだ、と。


 今日から俺は俺自身の為に、俺自身の心が納得した人生を生きるぞ、と。


 もう目を逸らすことはしない。


 いや、今まで無駄にしてしまった時間にかけてしてはいけない。


 決意を固め、気持ちいつもより多めにワックスを塗って髪型をキメて。


 ハロワへ行くぞと家を出た。


 ハロワの職員の言葉に流されず、俺は俺のやりたい仕事に就くんだ。


 未だ自分が何をやりたいのか定かじゃないが、それでも全部自分で選んで、決めて、納得するんだ。


 幸い貯金もある。


 職場がブラック過ぎて使う暇も無く貯まっただけの金だが。


 雇用保険の手当も出る。


 ブラックでも存外こういう所はしっかりしてるのは、ありがたいやら呆れるやら。


 今から二、三カ月の時間をじっくり使って、熟考に熟考を重ねて、俺は俺の人生を新たにスタートするんだ、と。


 決意に満ちていた。


 やってやるという意志がとめどなく湧いてきた。


 今まで無駄にしてしまった時間を。


 今までふいにしてきたチャンスを。


 必ず掴んでやるのだという覚悟があった。



 ――そう意気込んでいたのが三十分前。


 そして今現在の俺はというと。


 死にかけていた。


 いや、ほぼ死んでいた。


 なんて事は無い、信号待ちしていたらトラックが突っ込んできてそのまま轢かれ、さらに圧し潰されたというだけだ。


 いや、なんて事はある。


 どうしてこんな事になるんだ。


 今日から新しく自分の人生を生き直すと決めた矢先に、どうして死ななきゃならない。


 俺はまだ、俺の人生を選択できてなんかいないのに。


 胸中を占めるのはただひたすら後悔のみ。


 もっと生きたかった、というのはもちろん。


 もっと俺は、俺自身の人生を生きてみたかった。


 自分の意志から目を逸らし、誰かの言葉に流された不出来なちぐはぐの人生なんかじゃない。


 俺の意志で決めた、俺だけの人生を。


 失敗したってよかった。


 後悔したってよかった。


 俺が欲しいのは、俺自身が選んで決めたという証。


 俺は俺の人生を生きたという確信が欲しい。


 そんな事を、考えて、意識がとうとう、消える、という間際に。


『なら、選んでみる?』


 鈴を転がすような、とても綺麗で、それでいて可憐な声が聞こえた。


 気がした瞬間、俺の周囲の景色が一変していた。



 晴れ晴れとした青空は、子供がいたずらで赤の絵の具をブチ撒けたような赤い空に変わり。


 浮かぶ雲は漆黒で、ともすれば空と合わせて赤い一枚紙に空いた穴のように見えた。


 信号も、コンクリで建てられた建物も、それこそアスファルトも、近代的な物は何一つ見当たらない。


 俺の周囲にあるのは草木が枯れ果て罅割れた地面に、まるで墓標のように無数の武器が突き立てられている荒涼とした大地だった。


 目の前で起きた突然の交通事故に騒然とする野次馬も人っ子一人いない。


 生温い風が吹く音以外は、静寂が支配していた。


 この場所は死んでいる(・・・・・)


 訳も無くそう思った。


 まぁ、トラックに轢かれて潰れた蛙以上に潰れた存在の俺にはお似合いか、などと考える。


 しかし、思えば随分と思考に余裕がある。


 思考どころか精神にすら余裕がある。


 体は依然潰れたままでパニックを起こしてもよさそうなんだが。


 それに潰れた体からは先程から全くと言っていい程痛みがない。


 これも一種の走馬灯的な物なのか?


 などと考えていると。


『間違いじゃないかもね。でも本当に随分と落ち着いてるね?』


 また、あの声がした。


 意識が消える間際に聞いたあの声だ。


 というか俺はさっきから一言も発してないのに何故?


 もしかして心が読まれてるのか?


『ごめんね? 今の貴方は喉も潰れてて声が出せないだろうから。ちょっと私と心を繋がせてもらったの』


 心を繋ぐ?


 っていうか確かにこの声、耳で聞いているというより頭、いや心に直接響いてくる感じだ。


 これが念話って奴なのか?


『念話! よく知ってるね。原理的には全くの別物なんだけど、まぁ、似たような物だと思ってくれていいよ』


 そうなのか。


 これが念話、に似た念話っぽいなにかなのか。


 ところで、そろそろいいだろうか。


 とりあえず、今は早急に解き明かしておきたい問題がある。


『うん? どうしたの?』


 君は誰なんだ?


 あと出来れば姿を見せてくれると助かるんだが。


『えーっと、姿ならさっきから見せてるんだけど。……あ、首が潰れてて当たりを見渡せないのか。ごめんね?』


 そう言って、俺の視界に回り込んで姿を見せてくれた彼女は。


 とても、とても美しかった。


 長く美しい黒髪はツインテールに纏められている。


 鴉の濡れ羽色、というのだろうか。


 艶やかな黒髪は生温い風に吹かれる度にサラサラと流れ、時折深い黒の中に青みがかった美しさをのぞかせる。


 目鼻立ちが整った顔はまさに黄金比ともいうべきで、どんな麗句を以てしても称えられない程に美しい。


 黒を基調とした服装に包まれた華奢な体つきは、顔の美々しさとも合わせて彼女という存在の美しさを何倍にも引き上げていた。


 彼女のあまりに美しい美しさに思わず、これは死の間際に後悔ばかりだった俺の心が見ている都合の良い幻想ではないかと疑ってしまう。


 そんな感想を抱いていると。


『これは幻想じゃないよ? あと、ね? さっきも言ったけど、私達心が繋がってるんだよね。だから、その、今のそれ全部聞こえてるよ?』


 ちょっと(当社比)引いて困った感じの目と声で彼女はそう言った。


 困った感じはすごく可愛いな、と思ってこの思考も筒抜けだと気付いてしまう。


 いや、この念話っぽいなにかのプライバシ―侵害能力が強すぎる。


 というか幻想じゃなければこの状況はいったいどういう事なんだ?


 まさかとは思うが、これはよく読んでいた異世界転生物につきもののあれなのか?


『異世界転生? 異なる世界に、生まれ変わる、か。なるほど、言い得て妙だね』


 彼女の反応を見て、やはりかと歓喜する。


 なら、これはやっぱり異世界転生物序章にありがちな、神様との問答でチート能力を獲得するあれなんですか!?


 今日から新しく自分の人生を生き直すと決めた矢先に死ぬのはどうかと思うが、とにかく良し!


 前世、いやまだ今世か?


 まぁ、今の世界に未練がないでもない、いや、結構あるがそれはそれとして。


 転生って事は、三十余年無駄にした時間を帳消しにできるって事じゃないか。


 俄然希望が湧いてきた。


『希望か……。あ、そういえばまだ私が何者かって質問に答えてなかったね。私は神様だよ』


 やはり神か。


 なら次に問うてくるのはどんなチートを持って転生したいかっていう物だろう。


 色々悩むが、やっぱり地に足をつけて生きていきたい。


 無双に心躍るのは確かだが、やはり戦いだけではいずれ立ち行かなくなるだろう。


 戦時の英雄が平時の時は邪魔者扱いなんてのは創作なんかではよくある話だ。


 ハーレムも男の夢だが、俺は複数の女の子に対して平等に接する自信がない。


 絶対に誰か一人を贔屓してしまってハーレムが修羅場になる。


 だからやっぱりここで望むのは努力チートだろうか。


『えーっと、一人で盛り上がってる所悪いんだけど。チートなんてないよ?』


 え?


 それは、どういう?


 チートが、ない?


 神様転生なのに?


『もちろん転生はさせてあげられるよ? 君が望めば、ね。だから、まずは私の話を聞いてほしいの』


 そう言って、彼女の雰囲気が一変する。


 俺のなけなしの語彙力で褒め称えた時の困った様子などもはや微塵も存在しない。


 悍ましい程のなにかを、彼女から感じる。


 いや、俺はこれがなんなのかを知っている。


 だって、これはついさっき(・・・・・)知ったのだから。


 これは、この悍ましくて、直視など欠片もしたくないのに、無理矢理にでも眼前に突き付けられるような感じは。


 死の恐怖だ。


『話せば長いから簡単に言うとね。今神々は戦いの準備をしているの。もちろん私もね。そしてこの戦いには色々と面倒なルールがあってね? そのせいで私達神は自分以外にも戦える者を探しているの』


 トラックとの衝突で味わった死の恐怖。


 トラックと衝突した後、さらにトラックに全身を圧し潰されて味わった死の恐怖。


 全身があらぬ方向に曲がり、流れ出す血と臓物の痛みと喪失感と共に味わった死の恐怖。


 それらがまるで、なんでもなかったもののように感じられる程の死の恐怖を撒き散らしながら彼女は言葉を紡ぐ。


 それこそ、彼女にとってこの程度の死の恐怖はなんでもないとでも言うように。


『だから君にはね? 私の忠実な戦士として死ぬまで、ううん、死んでも戦い続けてほしいの。それを聞き入れてくれるなら、君を転生させてあげるよ?』


 恐怖で体が動かない。


 いや、そもそも全身が潰れているので動けないのだが。


 それにしたって、俺は動けなかった。


 彼女の瞳から視線を逸らす事さえ出来ない。


 こんな恐怖を味わってなお、戦えというのか?


 彼女は『神々は戦いの準備をしている』と言った。


 彼女以外の神もまたその色々と面倒なルールがある戦いに参加するという事だろう。


 それはつまり、例え転生出来たとしても、俺はこんなにも恐ろしいモノに立ち向かい続けなければならないということだ。


 トラックとの衝突で味わった死の恐怖よりもなお恐ろしいモノと。


 トラックと衝突した後、さらにトラックに全身を圧し潰されて味わった死の恐怖よりもなお悍ましいモノと。


 全身があらぬ方向に曲がり、流れ出す血と臓物の痛みと喪失感と共に味わった死の恐怖よりもなお惨たらしいモノと。


 こんな、こんな誘いには――。


『そう、君は理解してるね。キチンと頭で分かってるって感じじゃないんだろうけど。それでも、直感で理解してる。この誘いは受けるべきじゃないって』


 そうだ、こんな誘いには乗るべきじゃない。


 こんな恐ろしい思いを転生してまで味わいたい訳がない。


 それに彼女の言い分では、この恐怖は死ねば終わりという訳ではないんだろう。


 たとえ死んでも、何度でも何度でも蘇って彼女の忠実な戦士として戦い続けなければならない。


 そんなものは最早呪いじゃないのか。


『呪いかぁ。ひどい言い草、って言いたいけど大体その通りだよ。だから君は、このまま輪廻の輪に戻っていい。君としての自我は消えてしまうだろうけど、それでも、私と一緒に神々の戦いに参加して呪いのように戦い続ける必要はないんだよ』


 そうだ、彼女の言う通りだ。


 俺の、俺としての自我が消えてしまうのは正直言ってとても恐ろしい。


 だが、今感じている恐ろしさに比べれば、そも比べるべくもない程にどちらを選ぶべきかは決まり切っている。


 わざわざこんな所に呼び出されたから神様転生だと思ってはしゃいだが、こんなにも恐ろしい選択を迫られるなんて。


『それが、君の選択なんだね?』


 そうだ、俺は彼女の手による転生を望まない。


 こんな恐ろしい思いをしてまで俺は自我を引きついで転生したくない。


 思えば、俺が今日死ぬのは運命だったんだ。


 そうでもなければ、今日から生き直すと決意したその日に死ぬなんて事はないだろう。


 そうだ、この選択が正しいんだ。


 この選択が失敗しないんだ。


 この選択が後悔しないんだ。


 だから――。


『そう、…………。分かったわ。なら、君をこの場から開放して、君が死の間際にいた場所に戻すね。それで君は正常な死を迎え、正しく輪廻の輪に入る』


 そう、この選択はきっと失敗ではない。


 だって彼女の誘いに乗って神々との戦いに参加すれば、きっと俺はこの時の選択をいずれ失敗だったと涙するから。


「…………」


『ごめんね、私の都合でこんな場所に連れて来ちゃって。でも安心して? 君はキチンと、正しい輪廻転生を行えるから。ここでの事は忘れちゃうけど、でもその方が良いよね』


 そう、この選択をきっと後悔する事はない。


 だって彼女の誘いに乗って神々との戦いに参加すれば、きっと俺はこの時の選択をいずれ後悔して自分を呪うだろうから。


「…………」


『君は初めて会うタイプの人だったから、お話出来て楽しかったよ。……じゃあ、さよなら』


 違う、そうじゃない。


 俺は失敗しない為にこの答えを選んで決めたのか。


 俺は後悔しない為にこの答えを選んで決めたのか。


「待、って、……く、れ」


 彼女が驚愕に目を見開いて俺を見る。


 先程まで俺に一切の身動きを封じていた死の恐怖は、もうない。


 だから、という訳ではないが。


 それでも、この言葉は自分の声で伝えたかった。


 しかし声帯も潰れているはずなのに何故声が出せたのだろう。


 まぁ、そこは俺の気合と根性が何とかしたと思っておこう。


「俺は、……君、と、……戦う」


 きっと俺はこの選択を失敗だったと涙する。


 きっと俺はこの選択を後悔して自分を呪う。


 何故だか分からないけど、そんな確信がある。


 それでも、わざわざ本命の転生の話をする時に脅すように死の恐怖を与えて、俺が断れば思わず安堵して小声で『良かった』と零すような、そんな優しい彼女を一人に出来ないと思ったんだ。


 それに、『ここでの事は忘れる』と、そう言った彼女の顔はとても寂しそうだったから。


『ちょ、ちょっと、待って。君の答えを聞いてから、君からの心の繋がりを切ってたから、なにがどうなって君の考えが変わったのか全然分からないんだけど』


 なんでわざわざそんな事を。


 っていうか繋ぎっ放しじゃなかったなら、やっぱり声を出して正解だったか。


『そりゃあ私だって、自業自得とはいえ面と向かって罵詈雑言の心の声を浴びせられるのは嫌だし……。っていうか、本気なの? 私と一緒に戦うって』


 自業自得? 罵詈雑言?


 死の間際に強引に呼び寄せて死の恐怖で圧迫面接した事を気にしてたのか。


 なんだ、以外とメンタルが弱いのか?


 まぁ、それはともかくとして。


 俺は彼女と共に戦う事を選んで決めた。


 きっと失敗だったといずれ思うだろうし、後悔だってするだろう。


 それでも、俺はこの選択に納得している。


 この選択をする至った理由にも。


 だから、俺に呪いを掛けてくれ。


 君の戦士として戦う呪いを。


『後悔するよ、って言っても君自信がいずれ後悔する事を分かってて言ってるなら、もう私は何も言えないね』


 困ったように、それでいて嬉しそうに彼女は笑う。


『別に嬉しくなんかないよ!? ただ、まぁ。仲間が欲しかったのは事実だからね。君の選択には感謝してるよ』


 感謝というなら、こちらもだ。


 俺は初めて、俺が納得できる選択を出来たのだから。


『そう。なら、良かった。お互い感謝し終わった所で、そろそろ行こっか』


 そう言って彼女が手を差し出す。


 声が出せたとはいえ、全身が潰れている事には変わりない俺にはその手を取ることが出来ない。


 だが、俺の心は、魂はその手を掴んでいる。


 事実、俺は俺の肉体を置き去りに彼女へと吸い寄せられている。


 そうして、俺が彼女の手に収まり、胸元に抱かれる。


『ひとまず、おやすみなさい。次に目が覚めた時には、新しい世界が待ってるよ』


 彼女のその声を聞いて、俺の意識は今度こそ闇へと落ちた。


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