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なつきの雑記  作者: なつき
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今回は暗い内容になります。

  もう五月ですね。


  なんというか、時間が過ぎるのは早いです。私がなろうでやり始めてからもう七年になりました。そりゃあ、年も取るはずだとしみじみとなります。

  もう書くネタがない。仕方ないので歴史か自然の事でも書こうかと思います。自作の「桜花の姫君」は若かりし頃の武田信玄が出てきます。

  んでお相手は桜という名のお姫様ですね。桜は秘かに実在の人物の諏訪御寮人をモデルにしています。ただ、諏訪御寮人は実名が伝わっていなくて。ドラマでは「湖衣姫」とか「由布姫」と仮名がつけられています。

  諏訪御寮人は絶世の美女として有名で武田信玄の息子の勝頼のお母さんです。けど勝頼は四男で正妻の三条の方との間に三人程は男子が生まれていました。なのに信玄は跡目を勝頼に継がせたと言われています。

  よほど、この諏訪御寮人を信玄は好きだったのかなと思った次第です。


  実は漫画で「時をかけた少女たち」という作品があります。この中に信玄の娘の黄梅院も出てきます。漫画では霞姫と仮名がつけられていました。彼女は信玄と三条の方との間の長女で勝頼の姉です。僅か十二歳で武田家の同盟の相手である北条家に嫁ぎました。夫となったのは北条氏政です。彼とは夫婦仲も良く四人程の子供にも恵まれましたが。けど突然、父の武田家は同盟を覆して北条家を裏切ります。このせいで霞姫は離縁されました。氏政と泣く泣く別れて実家の武田家に帰りましたが。

  霞姫は十数年に渡る心労や度重なる出産のせいか、病気で寝込んでしまいます。そうして半年後には帰らぬ人となりました……。享年二十七歳であったと伝えられています。


  信玄は妻や娘に先立たれて辛かったとは思います。想像の域を出ませんが。


  戦国時代で有名と言ったら信長でしょうか。信長については本能寺の変での謎が幾つかあります。彼のご遺体が見つからなかった点もそうですが。濃姫が一緒にいて戦ったという説もあるらしいです。

  ただ、信長には幼い頃から家族同然で仲良くしていた一人の僧侶がいたといいます。この彼が本能寺の変を聞きつけて着の身着のままで駆けつけたました。信長の遺骨はこの僧侶が必死の思いで火事の中で集め、布に包んで持ち帰ったと伝わっています。

  信長の遺骨はとあるお寺で丁寧に弔われているそうですね。


  信長の奥様の濃姫も謎に包まれた面があります。実名は帰蝶といったとかいいますが。実際はよくわかっていないのが本当のところです。濃姫はかの有名な斎藤道三の娘です。母は実はかの明智光秀の伯母に当たる女性らしく、美濃の国でも名家の出身であったとか。という事は濃姫は明智光秀といとこ同士です。

  ただ、織田家の記録からぱたりと彼女の消息は途絶えていて詳しいことはわかっていません。それもそのはずで信長と濃姫との間には子供がいませんでした。では濃姫の消息は?

  とあるテレビ番組で濃姫は信長に離縁されたのではという説を言っていました。時期は濃姫の父である道三が亡くなった後。数年後に濃姫の兄弟である斎藤龍興が謀反を起こしたという記録があるようで。ちょうどこの時期あたりに濃姫は信長と別れて織田家を出たのではとのことでした。濃姫は親戚や知人の屋敷を転々としながらの生活だったといいます。


  暗い内容になりましたが。読んでくださった方々の参考に少しでもなれば幸いです。それではありがとうございました。

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