すべての花にはトゲがある
___綺麗なバラにはトゲがある。___
バラは美しさゆえに得体の知れない馬の骨がその身を狙いどこからとも無く沸いてくる。
バラは常に危険と隣り合わせなのだ。
そんな時、トゲの一本でもなければ馬の骨を粉砕することはできないだろう。
他の花はどうなのだ…
私の妻はバラというにはおこがましく、タンポポというには少し違う。
いや、正確には”かつてタンポポのようだった”と表現するべきだろうか。
出会いは大学のサークルだ。私はそこで一輪の花を見つけてしまったのだ。
あの時の彼女は実にかわいくて聡明だった。喧嘩をしても次の日には仲直り。
「喧嘩している時間がもったいないよ…。寂しかった…。」そんなことさえ口にしてくれた。
「お前にあの子はもったいないよ」周囲からよく言われた言葉だ。
そんなこと自分が一番よく分かっていた。
吹けば別の男の下へ飛んで行ってしまうのではないか。
そんな恐怖にも似た想いが彼女をより大切に扱わせた。
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「あれ?もう帰ってきたの?あぁ…早かったね。」
「喧嘩している時間がもったいないよ…。」そう言っていた彼女はいつの間にか消え去り、今では私の存在しない時間を愛し始めていた。
「飲み会の予定だったんだけど、部長が来れなくなって結局、ただの定時上がりになっちゃった。」
「そうなんだ、ごはんまだ作ってないや…食べる?」
私は心の中で叫んだ。「逆に食べないってある?」でも口には出さない。
なぜなら、手料理を面倒くさがっている彼女を目の前にしているからだ。
「あぁ…いいよ。今日遅くなるって伝えたの俺だし。コンビニで済ませようかな」
「そう?ごめんね?」
「いいよ。いつもご飯、ありがとうね」
作られても無いご飯の礼を言う。だが、私は知っている。
コレはレディー…いや、妻に対する男の礼儀作法なのだ。
やってもらった実績に感謝するのではない。やろうとしているその気持ちに対して礼をするのだ。
出会った頃に比べると私はずいぶんと男の悟りを開いた。
女性という花はどんな種類であってもトゲを持っている。
それが先天性なのか後天性なのかはいざ知らず、トゲのない花などこの世には存在しない。
出来る男。よい夫。そう呼ばれる男達は愛すべき花のトゲに刺さらない術を多く兼ね備えた男たちのことなのだ。
そう自分に言い聞かせ私はコンビニへ向かった。