買い物
今日はお出かけなのかしら・・。
このところ立て続けに、私のところへ先読みを頼むお客さんが来るし、父さんも母さんも魔法の仕事を頼まれてレートがだいぶ貯まったので、みんなでアルベル村に買い物に出かけようという話になった。
私もリードも母さんに作ってもらったばかりの新しい洋服を着て、私は父さんのお土産のピカピカの靴を始めて履いた。
「リードの靴も今日買いましょうね。あなたがルクト村から履いてきた靴は少し大きいようだから。」
母さんの言う通り、リードの靴はたぶん亡くなった父親が履いていたものなのだろう、古くてぶかぶかだ。足首の所で靴と足を紐で結びつけていないと脱げてしまうとリードが言っていた。家の周りでは裸足で過ごせるが、森の中に行く時には靴を履かなければ、枝や茨などで足を傷つけてしまう。薪拾いのたびに母さんに擦り傷を作った足を治療してもらっていたので、靴を買ってもらえると聞いてリードは嬉しそうだ。
四人で小川の側の細い道を歩いて行く。さらさらと流れる小川の側を歩いていると、夏の強い日差しに照らされていても少しは涼しげな気がする。最近は日差しが強くなったので、妖精のリプンも夕方に訪れることが多くなった。今日も日中は涼しい森の中の泉で妖精の仲間たちと遊んでいるんだろう。
しばらく歩くと三叉路の分かれ道に出た。
「この左側の道を森のすそ野に沿って歩いて行くと、北隣りの村のカトスに行くんだ。アルベル村やルクト村、それにライヘンの町へ行く時は、こっちの右側の道を通るんだよ。」
父さんが私とリードに道案内をしてくれる。来年になると自分たちだけで生きていかなければならない。リードも私も一つ一つのこういった経験が生活に直結してくるので、真剣に父さんの説明を聞いて覚えていく。
次第に道の両側にぽつりぽつりと家が増えていき、尖塔のある石造りのメガン教会が大きく見えるようになるころには、道も石畳になっていた。
「さあ、ここがアルベル村の中心地だよ。」
教会と二階建ての村長邸に囲まれた石畳の広場にいくつものテントが張ってあって、市が開かれているようだ。大勢の人たちが思い思いに買い物をしている。
「これは、【ヨーロッパ】に行った時に見たマルシェのようだな。ルクト村にはこういう市はなかった。」
リードが日本にいた時の海外出張の時のことを思い出したのか、市場を興味深く見ている。
「そうですね。あの時は買い物をする時間がなかったから、今日は楽しみです。」
「買い物をしたかったのか?」
「もちろん。・・でもあの時は日程が詰まっていましたからね。」
私達の話を小耳にはさんで、ダンテが教えてくれる。
「ルクト村の市はライト(いち)の日なんだよ。ここのアルベル村はトラト(さん)の日に市が開かれる。リードは市の日を見てないだけじゃないかな。」
ここの国では4が基準になっていることが多い。国の政府機関を持ち回りしているのが、東北西南の4つの町ということもあるのだろう。町の名前の頭を取って最初の数字も出来ている。東のライヘンのライを取ってライ・ト(1)と言う具合だ。北のノスルで、ノス・ト(2)、西のトラントで、トラ・ト(3)、南のサウゼでサウ・ト(4)、この1~4は子どもが最初に覚える基本数字だそうだ。計算などは十進法なのだが、行事を決めたりするのは、4を基にするのだろう。
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「最初に、靴屋に行きましょうね。混んでなかったら帰る頃には出来ていると思うから。」
靴屋さんは、広場のすぐ側にあった。向かいは鍛冶屋のようである。ジェシカの思い人のオラスはあの子だろうか。先読みの映像で見た時のブロンドの髪の青年が店の奥の方でカーンカーンとツチの音を響かせながら鉄を加工している。
「ホリー、こっちよ。」
母さんに言われて靴屋の中に入ると、皮が蒸されたようなムッとした臭いが店中に漂っていた。
リードは低い椅子に腰かけて、足型を取ってもらっている。背の低い頭の髪がはげかけた男の人が足型を取りながら父さんと話をしていた。
「これなら小さいから昼過ぎには出来るよ。持って帰るかね。」
「ああ、そうしてくれると助かる。1レートでいいかな。」
「子どもの靴だから、それでいいよ。この子は隣村から預かった子なんだろ?」
「そうだ。リードって言うんだ。来年には独立させるから、よろしく頼むよ。」
「そうらしいな。ニコラが触れ回ってたよ。わかった。リード、俺は靴屋のポンカだ。市の日には店を開いてるから、用があったらいつでも来てくれ。」
「ありがとうございます。ところでポンカさん、この靴の裏はゴムで出来ているようなんですけど、仕入れ先はどちらなんですか?」
「仕入れ先? ああリードはまだ行ったことがないのか? 豊穣の森だよ。ここら辺りではみんなナンダコノモリって呼んでるけどね。」
「リードは一度連れて行ったことがあるだろう。果物が生っている所だよ。」
「ああ、あの森ですか。わかりました。ポンカさん、教えて下さってありがとうございます。」
「ハハ、いいけどよ。・・・しかし、いやに畏まった子だね。」
「言葉を覚えたてだから子どもの言い方で喋れないんだよ。」
父さんがフォローしたけど、ポンカさんが興味深げにリードの髪や顔を見て来るので、早々に靴屋を出ることにした。
「まいったな。リードもホリーも子どもの時の言葉使いを思い出して喋ってくれよ。それでなくてもお前たちの髪は目立つんだからな。」
「「はぁーい。」」
二人で顔を合わせる。中身が36歳と29歳なので、お互いのことを意識しなかったら話せるとは思うんだけど、社長に聞かれるのは恥ずかしいし、向こうも同じように思っているだろう。
「ダンテ父さん、父さんたちが買い物をしている間、僕たちはそこの鍛冶屋に寄ってもいい?ジェシカの旦那さんになる人にホリーが会いたいんだって。用が済んだら、教会の前の石段の所に行って座ってるから・・・。」
「ああ、いいよ。迷惑をかけるなよ。」
「はいっ。」
・・・リードは何を考えているんだろう。私は別にそんなことを言った覚えはないんだけど・・・。
しかし流石に社長だ。もう子どもの言い方に馴染んでいる。見た目が小学生なので思ったよりも違和感がない。私も17歳の話し方にしなきゃ。17歳、17歳・・・どんな話し方をしてたっけ? 秘書言葉を使わずに、友達と話している感じでいいのかな?
「行こう。アイデアがあるんだ。」
社長がこの言葉を使うと、大抵は大きなプロジェクトが動き出す。いったい何をするつもりなのだろう。
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「すみません。オラスさんいらっしゃますか?」
リードが鍛冶屋の入り口で奥の方にいるオラスに声をかける。熱い炉の熱気が店の外まで吹き出してきている。これは夏は大変な仕事だ。
「俺だっ。危ないからそこを動くなよ。これを仕上げたら相手をしてやる。」
鋼に最後のツチを打ち込むと、ペンチのような道具ごと打っていた鋼を水の中に入れて、オルトは私達のいる入り口の方に出て来てくれた。
「なんだ? 何か注文か?」
「はい。注文と言えば注文なんですが。わた・・僕にひとつアイデアがあります。僕はアイデア魔法が使えるんですが、それを形にしてくれる人がいないとレートが稼げません。両親やホリーに養ってもらうばかりでは食べていけません。僕のアイデア魔法を買ってくれませんか?」
「・・アイデア魔法なんて初めて聞いたな。その髪、君はリードだろ?」
「はい。」
「まあいい。ホリーには・・その・・ジェシカのことで恩があるから、聞くだけは聞いてやってもいい。ただ買えるアイデアかどうかはこっちの判断次第だ。それでもいいなら言ってみな。」
私をチラッと見て、顔を赤くしたオルトはそう言った。
「ありがとうっ。それじゃあ、鋼打ちの終わったそこの平たい鉄をひとつ貸してもらえませんか?」
ちょっと重たそうな鉄の板の端っこをリードは両手で上から押さえつけて、日本語魔法を使った。
「【チョウツガイニ ナレ】」
すると端っこの塊がポロリと取れて、見たことのあるドアにつける金属の蝶番になった。
「・・・なんだこれは? 可動するな。」
オルトが拾って、蝶の羽のようにパタパタ動かしている。職人だからだろう動く仕組みを興味深げに見ている。
「ここに使うんです。」
リードが皮のついているドアの蝶番部分に、オルトから引き取った金具を押しあてる。それを見た途端にオルトの目が輝きだした。
「これはっ。これはすごいぞっ!ドアが動きやすくなるんだなっ。」
「そうです。皮だと破れたり伸びたりします。ここは金属で動くようにするのがいいと思ったんですよ。このアイデアを2レートで買って頂けて、3組売れる度に僕に1レートを払ってもらえませんか?」
「3組は高いな。5組売れる度なら払おう。」
「うーん、しょうがない。いいですよ。最初の取引ですし、それで手を打ちましょう。」
しょうがないなんて思っていないね。リードの頭の中では5組ごとに1レートの予定だったはずだ。
オルトに最初のアイデア料の2レートを貰って、すぐに店の外に出たのが何より怪しい。・・・異世界に来ても社長は社長。変わってないね。
「これで父さんたちにプレゼントが買えるね。僕たちが苦労をかけてるから、何か買ってあげようよ。」
「さすが社長。お見事でした。」
「ホリー、僕たちは子どもだよ。」
「はいはい、そうでしたね。そうですね・・・母さんの指ぬきがボロボロになってきてるからそれがいいんじゃないかしら。」
「じゃあ靴屋にもう一度行こう。皮製品もあっただろ?」
私達はポンカの店に逆戻りして、母さんに指ぬきを、父さんに作業道具入れを買った。それも2レートのところを1レート半にマケさせて。余った半レートで市場に出ていた「魔女ガブリンのお菓子の店」で四人分の大きな棒付きキャンディーを買った。
私が教会の外階段に座って、ペロペロと久しぶりのキャンディーを舐めている時に、リードはテントの店を見て回りながら市場調査をしているようだった。父さんたちが靴や食材を抱えてやってきた頃には、どこから調達して来たのか、リードが陶器のコップになみなみと水を入れて持って来てくれた。
一口飲むと、頭の中までキーンとした冷たさが突き抜ける。
「この水冷たいのねっ。」
暑さの中で冷えた水が喉を潤してくれる。
「ああ、ここの教会の裏庭の井戸の水らしい。地下深くから湧き上がって来るので夏でも冷たいんだそうだ。」
「メガン様の恵みの水ね。」
「この水があったからここに教会が出来たんだと聞いたことがある。他の村もそうなんだろうな。どこでも夏の配達の時には、冷たい水を飲ませてくれるから。」
みんなで水を分け合って飲むと、リードがコップを返しに行ってくれた。
「お前たち、なんかわしらにプレゼントを買ってくれたらしいな。」
父さんがにやにや笑いながら、私にこっそりと聞く。
「靴屋のポンカさんはおしゃべりね。リードのお手柄なんだから、御礼はリードに言ってね。」
「わかったよ。ありがたいな、なぁ母さん。」
「ええ。こんないい子達の親になれて、メガン様に感謝しますよ。」
大荷物を抱えて四人で家路を辿りながら、私は幸福感に包まれていた。足るを知る素朴な生活の中のほんのちょっぴりの贅沢。こんな豊かな気持ちになったのはかつてなかったかもしれない。カナカナカナと林の向こうで日暮れを告げる虫の声が聞こえる。少し傾いた日差しの中に建っている家が、私たちをあたたかく迎えてくれているようだった。
家に帰るっていいですね。