結婚相手
リードの考えは・・・。
ベッドに入ってから、夕方に家族で話していたことについてリードに説明を求められた。
結婚の話は言いたくなかったけれど、話さなくてはならないらしい。父さんの言っていたことをリードにおずおずと説明していく。リードは最初、驚いているようだったが次第に納得の表情になっていった。
(ダンテの言う事はもっともだな。私も君もこちらの世界の人間と結婚するより、そうしたほうがお互いにいいんじゃないかな。常識が全然違うんだ。こちらの人たちとすべてを理解し合えることはないだろう。)
(なにかすみません。私なんかが結婚相手になってしまって。)
(私なんかというのはおかしいだろう。君は日本にいるときも頼りになる人だったし、こちらの世界では君の知識の方が役に立ちそうだ。それに忙しすぎてパートナーを探す暇もなかったからな。結婚生活というものにもそそられる。)
へえー、女の人なんか見向きもしなかった社長がねぇ。以前も少しは結婚に興味があったのかしら。
そう言えば、今日行った森のことを聞いていなかったな。
(リード、石鹸の謎は解けましたか? 私としては今日の収穫の季節感のなさに驚いたんですが‥。)
(季節感? なかったのか? ダンテは何も疑問に思っていないようだった。当然という顔をしていたぞ。石鹸は洞穴の中に大量にあったんだ。鍾乳洞のようなところだった。自然にあるもので洗えるというのは、水が汚れなくて環境に優しい。この世界は上手くできてるな。・・それよりも言葉を教えて欲しい。ダンテが何回も繰り返してくれたのでいくつかは覚えられたんだ。まず「駄目だ。」と「臭い」はダメということと臭いがするということなのか?)
この人は季節に採れる物のことも知らなかったんだ・・。私はリードが今日覚えて来た「駄目だ。」「臭い」等の単語を日本語に直しながら、果物や山菜の名前も合わせて伝えていった。思った通り形状は見覚えがあるものの、みかんとリンゴ以外の名前は知らなかったようだ。
「駄目だ。」「臭い」・・って、味噌を持ち帰る時に言われたんだろうか? この単語から想像するに、ダンテの反対を押し切って無理矢理持って帰って来たらしい。社長がこんなに味噌汁が好きだったなんて知らなかった。四年も側についていたのに私は何を見ていたのだろう。
私達は知らなかったが、この時リプンは窓の外でミルクを飲んでいたようだ。
翌朝、器を見てみたら綺麗にミルクがなくなっていた。
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午後にリードのズボンを母さんと縫っていると、お客さんがやって来た。太った中年の女の人と黒髪をツインテールにしている若い娘さんだ。
「こんにちは。お邪魔しますよ。」
「あらニコラいらっしゃい。また腰痛なの?」
「ああ、そうなんだよ。この身体を支えるのは骨が折れるよ。」
「どうぞこちらに腰かけて下さい。」私はすぐに立って、座っていた椅子をニコラさんに譲った。
「ふぅー、ありがとう。あんたは見かけない顔だね。どこの娘さんなんだい?」
「もうっ、ニコラ。うちのホリーよ。」
母さんがそう言うと、お客さんは二人ともびっくりして私を見た。無理もないよね。この髪の色だし歩いてるし。
「まあっ!髪の色が違うからわからなかったよっ。それにっ、いつからそんなに元気になったんだい?今にも死にそうだったじゃないか。」
「母さん!ホリーに失礼でしょ。」
「だって、ジェシカ・・・・わかった。言い過ぎたよ。ごめんね。」
娘さんに叱られて大きな身体のニコラさんが身体をすくめている。
「いえ、いいんです。驚かれるのは無理もないことですもの。ちなみに、記憶も喪失していますので失礼があったらお許しください。お二人は親子でいらっしゃいますの?」
「はあ、親子でいらっしゃいますよ。」
ニコラさんは、目をくるりと回してそう答えた。
「なんともはやホリーは17歳とは思えないね。あんたより年上みたいな口のききようじゃないか、エラ。」
母さんは慌てて私に目配せした。まずい。秘書言葉が出てしまった。これは席を外した方が良さそうだ。
私はちょっと失礼します。と言って畑の方に避難することにした。
私が畑の草取りをしていると、後を追いかけて来たのだろうジェシカという娘さんがやって来た。
「ホリー、母さんの口が悪くてごめんね。」
「いえ。私が以前とは変わり過ぎているんでしょうから・・。」
「ふふっ、そうね。でもいい方に変わってるわよ。身体も動いて、話すのもちゃんと話せているようだし。・・・実は私ね、ホリーに先読みをしてもらえって、母さんに無理やり連れてこられたのよ。でも、私達同い年だからこういうことはあなたに相談しにくくて・・・。」
ジェシカが遠慮しているのか口をつぐんでしまったので、私の方から水を向けてみた。
「なんの相談だったんですか?私は記憶の事もあって、先読みができるかどうかわからないんですが、お話しだけなら聞くことが出来ますよ。」
ジェシカは私のすぐ側にくっついて座って来て、耳元に小さな声で囁いた。
「冬のパーティーのことよ。17歳で結婚相手が決まってないのはあなたと私ともう一人を入れて、三人なんだけど、私達に年の近い15歳の男性はオラスしかいないでしょ。後は14歳以下よ。・・・オラスは鍛冶の魔法が使えるから人気が高かったのに、お母さんが亡くなるまで結婚しようとしなかったわ。母子家庭だったから仕方がなかったのだけど・・・。それで・・その・・オラスが誰を選ぶのか教えて貰えたらって思って・・。」
なるほど・・・恋占いというか、思い人の気持ちが知りたいのね。ジェシカは見たところ売れ残るようなタイプには見えない。きっとギリギリまでオラスを待ってみるつもりだったのだろう。
「わかった。・・私のことは気にしなくていいのよ。父さんがルクト村から連れて来たリードと結婚することになってるの。私はオラスという人が誰だかわからないからイメージがしにくいわ。ジェシカの結婚相手を占って・・先読みしてみましょうか。上手くいくかどうかはわからないけど・・・。」
「ほんと? やってみるだけでいいから。・・・もし見えたら髪の色だけでもいいから教えてちょうだい。」
なんとかこの日本語魔法が先読みも出来ますようにっ。私はジェシカに頷いてから頭の中を日本語に切り替える。
「【ジェシカノ ケッコンアイテヲ シリタイ】」
すると私の目の前にスクリーンに映すように男の人の姿が現れた。
「えーと、髪の色はブロンドね。身体つきががっしりしていて顎に切り傷のようなものがあるわ。」
私がそう言うと、ジェシカは両手を祈るように組んだまま、勢いよく立ち上がった。
「ホント?! ホリー、本当なのねっ!」
「うーん。私に見えたのはその人。誰なの?オラスだった?」
「ええ、そうよっ! ああっ、これで鍛冶屋に行ってみる勇気が出たわっ。私、怖くてオラスから逃げ回ってたの。何も言われなかったらどうしよう、オラスの隣に誰かいたらどうしようって思って・・。ありがとうっ、ホリー。」
ジェシカは目をキラキラさせて満面の笑顔で私の手を握ると、風のように駆けて行ってしまった。
・・・恋愛がない世界だと思っていたけれど、そうでもないのかな。
先読み師ホリーの誕生か?