二人の子ども
四人の生活が始まりました。
「ダンテ父さん、エラ母さん、おはようございます。」
寝室から出て行ったリードが、朝食の用意をしていた二人に挨拶をする。言葉が話せないと思っていたリードが喋ったのを聞いて父さんは、ぽかんとした顔をした。たぶんルクト村で、リードが言葉を理解できない子だと言われていたのだろう。
遅くまで言葉の練習に付き合わされていた私はまだぼんやりしているが、社長・・リードは元気いっぱいだ。
「・・おはよう。リードは喋れたんだな。」
「はい。喋る、できます。ホリー、教える。」
「なるほど。一晩でここまで話せるようになるんだったら、これからみんなで単語を教えて行こう。そうしたら、わしの仕事も手伝ってもらえるな。仕事が一通り出来るようになったら、別れ家を建ててやれるしな。よおっし。今日はリードと一緒に、森に石鹸を採りに行って、ついでに森の恵みも採ってこよう。」
「ダンテ、布と牛乳がいるんですけどね。子どもが二人、一気に増えたみたいなものですから服を作らなきゃならないんですよ。」
「・・そうか。それじゃあホリーがこの家をリードに見せて回っている間に、わしがひとっ走り村に出かけて来るよ。エラ、心配しなくてもルクト村の村長からレートを預かってるからな。」
父さんが出かけたので、私は念話を使いながら二人の話の通訳をしたり、家の周りを案内したリした。
(森に石鹸を採りに行くというのとレートがわからないんだが・・。)
(私も石鹸のことはわかりません。レートは物々交換の時のお金の役割をするんです。)
昨日エラから聞いたこの国の政治経済の話をすると、リードは感心していた。
(資本主義経済にどっぷりつかっていた私には新鮮な話だな。聞きようによっては天国じゃないか。なるほどな、価値観や生き方を180度転換しなければならないということか・・。)
「ホリー、今日は卵を取らないでね。鶏の数を増やしたいから、ヒヨコが五羽ぐらい孵るまでは卵のない料理を考えましょう。それからサラダ菜を採って来て。サンドイッチに使うから。」
私達が畑の方へ向かっていたので、小川で朝食の食器を洗っていた母さんが声をかけて来た。
「はぁーい。わかりました。」
(なんて言ったんだ?)
(鶏の卵はしばらくおあずけですって。それからサラダ菜を採って帰らなくちゃ。)
(きみ・・ホリーはサラダ菜がどんな形をしているのか知っているのか?)
(・・・しゃ、リード。会食でよく召しあがってたじゃないですかっ。)
(菜がついてるから菜っぱの一種ということはわかる。)
もう・・、それ偉そうに言う事じゃないですから・・・。私は笑いをこらえて、腹筋に力を入れた。野菜の名前を知らないリードのために、どんな料理に使われるのか説明しながら一つ一つの名前を教えて歩いた。
(野菜にはみんな名前があったんだな。)とポツリと言われて、笑いをこらえきれなくなって大爆笑してしまった。会社では見せたことのない私の笑い方に、リードは私の顔を呆けたように見ていた。
**********
父さんが持って帰ってくれた新鮮なミルクを可愛い小皿に入れて窓辺へ置くと、ふらふらとリプンがやって来た。
「あら、私はいらないのに用意してくれたのね。」
「ええ。毎年の習慣ですものね。今日はご機嫌いかが?」
「妖精に機嫌を尋ねるものじゃないわ。いつだって気分しだいなんだから。・・あの子は誰なの?」
「どの子?」
誰か他に妖精が来ているのかしら? 私がきょろきょろしているとリプンは癇癪を起こした。
「もうっ。昨日一緒にベッドに寝てた子よっ!」
「・・・恥ずかしい。見てたのね。」
「見えたのよ。友達の鏡であなたのことは見たくなくても見えちゃうのっ。」
私がリードのことを詳しく話すと、リプンは鈴のような音をさせて透き通った羽を震わせると、見えないくらい微かに首を傾げて、「メガンの仕業ね。」と言った。
どういう意味か聞いても、のらりくらりと答えてくれなかった。
メガン・・・神様だよね。
私達はこの国の神様に召喚って言うんだっけ、なにか用事があって呼ばれたのかしら・・・・。
**********
午後遅くになって父さんとリードが戻ってきた。二人とも背負い籠にいっぱいの収穫を詰め込んでいる。リードは疲れてはいるようだが、顔を誇らしげに輝かせていた。
次々と取り出していく籠の中身を見てみると、蕨や竹の子、それに栗?柿やびわ、りんごやみかん等季節がバラバラな山菜や果物があった。そして持って行った陶器の甕の中には茶色のゼリー状の石鹸がたっぷりと入っていた。
「ホリー、こっち。見る。」
リードが持っている竹の筒を私に差し出した。あっ、この匂いはっ!
(味噌があったんだよっ。嘘みたいだろ。)
(味噌はご存知だったんですね。)
(失敬な。味噌汁は毎朝飲んでたからね。匂いぐらい覚えてるよ。あそこには調味料がたくさんあったんだ。あちこちの木の洞に何故か溜まっているんだよ。醤油を持って帰りたかったけれど入れ物がないだろ。味噌ならこぼさずに持って帰れそうだったから、これを優先した。)
・・・味噌汁が飲みたかったんですね。
「ホリー、そいつは臭いだろう。それは村の人たちも持って帰らないものなんだ。リードがどうしてもと言うから仕方なく持ってきたんだが・・・。」
「ふふっ、父さん、これは私達のいた世界では欠かせない調味料なんです。これで山菜が美味しく食べられるんですよ。」
リードが飢えたような目をして味噌を見ていたので、夕食のコンソメスープを少し取り分けて味噌汁にしてあげた。かつおだしではないので癖のある味になったが、リードにとっては味噌味なら何でも良かったらしい。あっという間に食べてしまった。
今日も夕涼みにみんなで外へ出てくつろぐ。椅子がなかったので、リードは夕食の時にも使った荷箱を持って来た。
「また椅子を作らなきゃいけないな。」
「ダンテ、ベッドももう少し広げてやったら?」
「いや。一年ほどなら大丈夫だろ。ホリーは細いしリードはまだ小さいからな。どうせ来年には別れ家を建てるんだし・・。」
「父さん、リードは何歳なの?・・・結婚は18歳って聞いたけど・・・。」
「リードは12歳って言ってたな。ホリー、18歳というのはな、村の中で大人として認められる歳だ。つまり村長なんかの役も回ってくる。そして、親と暮らしていいギリギリの年齢なんだ。その年を過ぎたら親とは一緒に住めない。よほどの事情がない限りは大抵の女性は嫁に行く。男の場合はもっと独立する年齢が低いんだ。一人で生活できる力が付いたら、結婚して家を出る。ただ、家仕事をしてくれる嫁さんが見つからないと駄目だけどね。」
「私とダンテが一緒になったのは、ダンテが11歳、私が13歳の時だったわ。あなたは私が15歳の時の子どもなの。私は初潮が来るのが遅かったのよ。」
えっ・・・・ということは、エラが32歳でダンテが30歳ってことぉーーっ?!
瞳の少し年上、36歳だった社長より二人とも年下じゃないっ!
再びの異世界ショックだ。生活文化の違いに呆然とする。
どうしても29年間親しんできた物差しで考えてしまう。感覚が追い付いていかないわー。
姉さん女房が多いんですね。