アルベル村の小さな家
ここはどんなところなんでしょう。
部屋の外に出るとすぐに、床に20cmぐらいの黒焦げた穴が空いていた。これがダンテが言っていた雷の落ちた後なのね。
その穴が空いている部屋はリビングダイニングと言ったところだ。その向こう、一段下がって土間になっている所はたぶんキッチンなのだろう。大きな甕や煮炊きをする火を燃やすために土で固められたクドがあって側には薪がたくさん積んである。
・・・電気がなさそう・・。水道もガスコンロもない。明治時代よりももっと前の時代の生活様式であるようだ。・・・これは慣れるのが大変だ。
私のいた部屋の隣にもう一つドアがあったので、こちらは多分両親の寝室なのだろう。ワンルームになっているリビングダイニングには飯台があって椅子が2つ置いてある。・・・ホリーのはないのね。無理もない。
小さな窓から強い光が入ってきている。こっちが南側なのだろう。その窓の側にドアがあったので開けてみる。このドアは手と身体全体を使って押し開けてみた。やった、開けられた。
外だっ。昨日の雨でしっとりと水を含んだ庭の木々が眩しい陽光にキラキラ輝いている。
「綺麗・・・。」
庭の向こうには緩やかな起伏のある草原が広がっていて、黄色やピンク、青といった色とりどりの花が群生していた。
足元に気を付けながら家の東角の周りを廻ってみると、家の500メートルほど北側に風に若葉を揺らしている林が見えた。そして林と家との間に浅瀬だが水量の多い小川が流れていて、その小川沿いに道が東の方へ続いている。遠く東の方を見ると、何件かの家々と高い尖塔のある建物が小さく見えた。
「東の方へ村の中心地があるみたいね。」
「まぁっ!一人で歩けたの?!」
西側の方からやってきたのだろう、エラが籠の中に洗った食器を入れて戻ってきた。
「エラっ・・母さん。私も手伝います。」
「まぁ・・・まぁ・・こんな日がくるなんて思ってもみなかったわ。」
エラは籠を持ったまま、涙ぐんでいる。
「それじゃあこの台の上に食器を置いて乾燥させて頂戴。母さんは裏からジャガイモを持って来てここで皮をむくことにしましょう。」
庭の木陰には外用のテーブルと椅子が置いてあって、そこで作業をしたりお茶が出来るようになっているようだった。
電気やガスはないけれど、私がいた日本よりずっと豊かな暮らしみたい。
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「母さん、ダ・・父さんはどこへ行ったの?」
私がジャガイモの芽を取りながら尋ねると、母さんは笑った。
「ホリーは記憶がないって言ってるけど、そうやって父さんの居場所を尋ねるのは同じね。父さんは、林の中の作業小屋に木を取りに行ったのよ。あなたの椅子を作らなくちゃいけないでしょ。それにドアを修理する皮もいるからね。お腹を空かせて帰って来るから腹持ちのいいベイグドマッシュをこしらえましょうね。もしホリーがまだ歩けるようだったら、畑に行ってインゲン豆を取って来てくれる?そうしたら塩ゆでインゲンとベーコンを炒めましょう。」
「おいしそおー。取って来ますっ。」
「そこの小さい籠を持って行きなさい。畑はあっち。家の西側にあるからね。」
「はあーい。」
畑は板塀で囲ってあった。その塀の中に鶏が放し飼いにされている。畑に寄って来る虫を食べて糞は肥えになるのだろう。
私は小さい頃に田舎のおばあちゃんちでしていたように、インゲンのヘタの所に親指の爪を入れて次々に収穫していった。こうすると後でヘタを取る手間が省けるのだ。
畑から帰る時に北側を回って小川でインゲンを洗って帰ることにする。
小川の一部を削って円形状の水だまりをこしらえてあったので、あそこが洗い物をする所なんだろう。水辺に座ってインゲンを水につけようとした時、私の顔が澄んだ水に映った。
「・・・・銀髪。」
細面の顔に茶色の瞳。そしてその顔の周りをキラキラと煌めく銀髪が風に吹かれてふわふわと靡いていた。
エラもダンテも栗色の髪だ。だからたぶんホリーも栗色の髪だったんだろう。・・・これって、雷に感電したせいなのかしら・・・。雷光のような青白く光る銀髪だ。日差しの中に立っているのに一瞬背筋がゾクッとした。
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午後はダンテの大工仕事の音を聞きながらエラと一緒に縫物をした。ホリーは寝たきりだったので外出着がないらしい。布を体に直接合わせてハサミで切っていく。大きめに切っておいて、後であちこちをつまんで調整するようだ。
私が豆のヘタを取って水で洗ってから持ち帰った時も、針を持って布を縫っている様子も、エラは不思議な顔をして見ていたが何も言わなかった。
このことも言っておいた方がいいのかもしれない。
「エラ、母さん、あの・・・私ね・・。」
「何も言わなくていいわ、ホリー。すべてはメガン様の思し召しでしょう。子どもというものは神様から一時お預かりして育てさせていただくもの。あなたは、私の愛しい授かり子。それだけよ。」
「・・・ありがとう。」
夕食には、私の椅子と服が出来たお祝いにと、とっておきの塩漬け豚を使って野菜炒めを作ってくれた。
副菜のトマトのマリネは私が作った。作りおきのパンが今日で終わったため、明日はパン作りをすることになった。パンは今までに作ったことが無いので楽しみだ。
食事の後、夕暮れの庭に三人で座って、お喋りをする。
「わしは明日、ライヘンまで配達に行ってくるから、夕食は遅くなる。」
「ライヘンって?」
「隣村のルクトの先にある大きな町だよ。ホリーに何かお土産を買って来てやるからな。」
「わー、ありがとう。」
「ダンテ、小麦と塩漬け豚肉もお願いしますね。」
「わかってるよ。・・二人とも、小川の方を見てごらん。」
ダンテが急に声を落として目で合図をしてきた。
「・・・すてき・・・。」
蛍のような光が水辺をふわふわと漂っていた。蛍と違うところは、その光が赤や黄色にも光っている所だ。
「フェアリーライトね。妖精たちは今年も夏中舞い踊るんでしょうね。」
「妖精がいるの?!」
「いるわよ。あなたの仲良しさんもいるじゃない。リプンっていったかしら、よく部屋の窓辺に遊びに来ていたのよ。」
・・・なんと妖精の友達! ここは夢の世界だね。
妖精・・友達になりたいですね。