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妖精の泉

日常が戻ってきました。

 あの騒動から一週間が過ぎ、リードもやっと緊張を解いたようだ。

ここ何日も家の周りでばかり仕事をしていたのだが、今日は父さんと一緒にナンダコノモリに出かけて行った。私は母さんと一緒に午前中は洗濯物を洗い、午後からは新居に使うテーブルクロスを作っていた。裾の所にワイルドストロベリーの刺繍を施していると、お客さんがやって来た。

「ごめんよ。ホリーはいるかい?」

「あら、ガブリンいらっしゃい。あなたが家に来るなんて珍しいわね。」

「ガブリンさん。先日はケーキをご馳走さまでした。」

「ホリー、いたんだね。良かった。ちょっと聞きたいんだが、最近妖精を見かけるかい?」

「リプンのことですか?いいえ。ライヘンから帰って一度も会ってないんです。秋になったので現れないのだと思ってましたわ。」

私がそう言うと、ガブリンと母さんが顔を見合わせた。

「まあ、まだいるでしょう。」

「ああ。木の葉が色づく季節まではいるはずだよ。冬の妖精がやって来るまでにはまだ間があるからね。・・実はうちにやってきていた妖精も最近とんと姿を見せなくなってね。心配していたんだよ。ここも同じかどうか確かめたくてね。・・私はこれから妖精の泉に行ってみるよ。何か起こったのかもしれないからね。」

「妖精の泉には人間は近寄れないって聞きましたけど・・。」

「人間はね。魔女になったら行くことが出来るのさ。」

「まあ、私は行けないんですか?」

「羨ましいのかい?じゃあ私にリードを渡して、ホリーが魔女になるかい?」

「嫌ですっ!」

「ハハハッ、即答だね。とにかく行ってくるよ。何かあったら帰りに寄って知らせてやるよ。」

「ありがとうございます。そうして頂けるとありがたいです。」


ガブリンが森の方へ戻っていくのを見送っていったん家の中に戻って来たのだが、このままじっと座って刺繍をする気分ではなくなっていた。

「ガブリンについて行ってらっしゃいな。泉の側までは行けないだろうけど、途中までなら行けるんじゃないの?」

「ありがとう、母さん!なんか落ち着かなくて・・。夕食の支度までには戻ってきますっ。」

「気を付けていくんだよ。」

「はいっ!」

私は刺繍をしていたテーブルクロスをまとめて棚の中に戻すと、ガブリンを追って森へ走って行った。


森の中に入ってしばらくするとガブリンの後姿が見えたので、走って行って隣に並んだ。

「おや、どうしたのさ。」

「私も近くまで一緒に行きます。」

「あんたも物好きだねぇ。まぁそういう物好きが妖精には好かれるんだけどさ。」

「ガブリンさんの家に来る妖精はなんていう名前なんですか?」

「うちに来る子はシーマっていうんだ。」

「へぇー、シーマ。可愛い名前ですね。うちに来るのはリプンっていうんです。」

「そうかい。シーマとリプンは友達なんだろうか?・・今までそんなことは気にしたこともなかったし聞いたこともなかったよ。」

「私とガブリンさんは友達なんだから、妖精の二人もきっと友達ですよっ。」

「・・・・私とあんたは友達なのかい?」

「えっ、違うんですか?!私はそうだと思ってたのにぃ。」

「まいったな。友達でいいよ。そういう事にしとくかね。」

「やったぁー。嬉しいです。」


私達はお互いが好きなお菓子のことなどを話しながら森の奥に入って行った。すると前方の木立にいくつかの妖精の光が瞬くのが見えた。

「おや?まだ妖精の泉には着いてないはずだけどね。」

「そうですね。私が一緒にいたら泉に近づけないんでしょ?」

そんなことを話しながら光の群れに向かって歩いていくと、懐かしい声が肩の所から聞こえて来た。

「来ちゃったのね。ホリー。」

「ええ。最近姿が見えないから・・・。」

「それがね。私達、妖精の泉に入れなくなってるのよ。今年の夏は変な事ばかりっ。嫌になっちゃう。夏のはじめにもこんなことがあったのよ。泉が鏡みたいになって、月の光を吸収していくの。昼になったら太陽をぴかぴかと水底にまで映すしね。私達には眩しくて近寄れないの。」

「まぁ、そういうことはよくあるの?」

「ううん。ここ何百年もこんなことにならなかったのに変よねぇ。ここに入れないと私達の光が薄くなっちゃうのよ。迷って帰れなくなったら困るから人間の村にも遊びに行けないの。」

「そうだったの。魔女のガブリンさんも心配してたから一緒に捜しに来たのよ。」

「ガブリン?ああ、シーマの連れね。」

「シーマを知ってるの?」

「ええ。何千年も昔からの友達だもの。」

リプンがそう言うのを聞いて、笑ってしまった。ふふっ、やっぱりね。


リプンたちが途中まで送って行くというので、私たち四人は話をしながら帰り道を辿った。そんな中で先日のライヘンの騒動の話になった。

「それで転移する魔法と言うのはどのくらいの距離が飛べるんだい?月や太陽に飛べるんなら行ってみたいね。」

「確実に飛べるように距離の長さは試してないのよ。あの時は騒動を静めるのが目的だったから・・。」

「なんだい。若者らしくないね。試してみなきゃ!試してみて遠くまで飛べるんならずっと便利になるじゃないか。」

「わかりました。それじゃあガブリンさんを置いて、お先に家に帰らせてもらいます。夕食の支度もあるしね。」

「ああいいよ。先に帰りなっ。」

「それじゃあまたっ。リプンもシーマもバイバイ。」

「ええ、また気が向いたら遊びに行くわ。」

みんなの顔を笑顔で眺めて手を振りながら日本語魔法を唱える。

「【イエニ カエリタイ!】」

風が足元からぶわっとあがってきて、いつものように胃がひっくり返るような気持がしたかと思うと、ストッと地面には降りることが出来なくて、私の意識は思いがけないことに暗転していった。




**********




 私の意識が鮮明になったのは布団の中だった。自動車が走っているような音が聞こえ、ざわざわとした大勢の人の声が聞こえてくる。

「ん・・・ここ・・どこ?」

「瞳、起きたのかい?今日の夕食は洋食だよ。」

・・瞳?!私は慌てて目を開ける。すると、お母さんが心配そうに私の顔を見下ろしていた。

「えっ!お母さんッ!!」

私がカバッと布団の上に起き上がると、今度びっくりしたのはお母さんだった。腰を抜かすほど驚いている。

「お母さんっ、危ないっ。」

お母さんは驚き過ぎて、点滴の台を巻き添えにして床に跳ね転んだ。硬質な床に人の倒れるドサッという音と点滴台が倒れる賑やかな音が響いた。

私は慌ててベッドから出るとお母さんを助け起こした。すると廊下を走る音がして若い看護士さんが飛び込んできた。

「神崎さんっ、どうされ・・・・・。ええっーーーーっ!先生ッ先生ッ!」

飛び込んできた看護士さんは、また慌てて飛び出して行った。


「ちょっと、どういうことぉー?私は死んだんじゃないのっ?!」

「・・・・本当に瞳なんだね。ああっ、もうあんたとはまともに話せないと思ってたよー。」

お母さんはそう言いなからぼろぼろと泣き始めた。


気持ちが落ち着いたお母さんが話してくれたことによると、私は車の中から助け出された後、わけのわからない言葉を話すようになり、手足が一ミリも動かなくなっていたそうだ。もうこのまま介護施設の中で一生を過ごすものと思っていたと言われた。私はその話を聞いて、ホリーだ。と思った。ホリーが私の代わりにここに来ていたんだ。・・・ということは。

「お母さんっ。社長は?瀬崎社長はどうなったの?!」

「・・・あんたは、とっくに会社を首になってるのにまだ秘書のつもりなのかい。瀬崎さんはお気の毒なことに・・話が理解できないというか、言葉を話せなくなってね。お家の方で療養されているそうだよ。会社の方は弟さんが後を取って社長をされてるみたいだよ。それでも瞳よりはましだよ。手足が動くんたから。一度もお見舞いに来て下さらないけどねっ。」

・・・お母さんとしては、不満が溜まっているようである。でも社長の中にもリードが入っていた可能性が高い。リード・・・いや、瀬崎社長はどうしているのだろう。私が居なくなったことがわかっただろうか。

父さんと母さんも心配しているだろうな。それでも父さんたちは、本当の娘が帰って来て喜んでいるかもしれない。・・・ホリーは元の世界へ帰ったよね。これでホリーが死んでたりしたら耐えられないなぁ。


お医者さんの診断で、今日一日病院に泊まって、明日の検査結果が問題なかったら退院してもいいと言われた。お母さんはずっと病院へ泊まり込んでいたそうなので、「帰ってゆっくり休んで。」と言って無理矢理家に帰した。


独りになると社長のことを考えたり、あの後ホリーの身体はどうなったんだろうかと心配になる。ホリーが無事に私と入れ替われていたとしても、森の中で手足が動かないホリーを抱えて、ガブリンさんやリプンたちはさぞや困ったことだろう。


考えていたら滅入ってきたので、久しぶりに日本のジュースでも買いに行こうかと財布を持って病室を出た。ナースステーションの前を通って、エレベーター横のラウンジに行って自動販売機でジユースを買っていると、大柄な人が側に立った。

「お先にすみません。どうぞ。」

「ホリー、いや神崎君。もう僕の顔を忘れたの?」

なんとそこには瀬崎社長が立っていた。リードの背格好での社長に慣れていたのでいやに大きな男に感じる。

「社長、帰ってこられたんですねっ!」

「ああ。リプンと魔女のガブリンに帰り方を聞いてね。」

「リプン?!リプンがリー・・社長と話をしたんですかっ?!」

「ああ・・・嫌々だったけど教えてくれたよ。妖精の泉についてね。」

社長はクスクス笑いながら私が転移していなくなった後のことを教えてくれた。


夜になって人が少なくなったラウンジで、社長とジュースを飲みながら妖精の話をしているのがひどく非現実的で、魔法のある国で暮らしていた時の方が現実(リアル)の実感があった。どうも感覚がおかしくなっているようだ。


社長によると、ホリーは元のホリーの中にちゃんと帰って来ることが出来たそうだ。その上能力は上がっていて、手足は動くようになったらしい。

「歩き方は下手だけれどちゃんと歩けるから、練習すれば大丈夫だよ。ガブリンと一緒になんとか歩いて家の近くまで戻ってきてたからね。父さんと一緒に君を捜しに行こうとしたら、森から出て来たんだ。君の所へすっ飛んで行ったら、きみは僕のことを知らないって言うんだもんな。ショックを受けたよ。」

「その時は・・・。」

「ああ、君が君じゃないってわかった時にはパニックになってね。あまりにも僕が取り乱したもんだから、リプンがしぶしぶ妖精の泉について話してくれたんだ。妖精の泉は何百年か前にも一度、雷神であるメガン神と一緒に異世界から魂を召喚したことがあるらしい。まさか僕たちが今回召喚された魂だとは思ってもみなかったと言っていた。」

「ふふっ、リプンらしいわ。難しいことは考えないのよ。」

「「妖精だから。」」

私と社長は声を合わせて笑った。

「その後、君が転移魔法の時に言った言葉を魔女のガブリンから聞いてね。それで僕も帰れたってわけ。」

「父さんと母さんは、どうしてた?」

「君と僕に会えなくなるのは寂しいけど、いつまでも二人を覚えてますよって母さんが言ってた。父さんには、帰って来る元のリードの教育を頼んどいた。ホリーのことを考えると、彼も話せるようになってるんじゃないかな。」

「そうだといですね。じゃないとホリーがかわいそうだもの。結婚相手ですよ、彼。」

「そうだね。」

社長は私に相槌を打ちながら、私の顔を見て言った。

「ところで、こっちに帰っても君は僕の結婚相手なのかな・・・・。」



社長・・・・。

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