スパイの仕業
ライヘンの町の庁舎です。
庁舎の中の応接室のような所に父さんを運び込んだ。ベンチのような長椅子を四つ並べて即席のベッドを作ってくれたのだ。女の人があたたかいお湯を持って来てくれたので、母さんと私は父さんの血を拭いて服を着替えさせていく。腕と足に大きく傷があったが、母さんと私の魔法で傷は塞がってきていた。
「ホリー、手が空いたらちょっと来てくれ。」
隣室からリードが声をかけて来た。
「もういいわホリー。リードが呼んでいるようだからいってらっしゃい。」
「でも・・・・。」
「父さんはもう大丈夫よ。それより父さんのような人をこれ以上出さないためにも、あなた達の力が必要よ。さあ、行って。この国を戦争から救ってちょうだい。」
母さんの決意に満ちた目に促されて、私はリードのいる隣の部屋へ入っていった。
部屋の中には三人の男の人がいて、その人たちの前にリードが座っていた。さっき外で私に声をかけてくれた壮年の男性が窓際に置かれていた大きなデスクについていて、その両側に若い男の人と年寄りのおじいさんが座っていた。
「ホリーと仰るんだね。私は今期の代表をしているザッカリーだ。こっちの若いのが今、国の軍隊を仕切っている兵士長のデニス。そちらの爺が相談役のマシューだ。どうぞそこにお座りください。」
私は頭を下げて、勧められたリードの隣に腰をかけた。
「ザック、爺はないだろう。」
「若者とはいえんだろう、マシュー。そんなことはどうでもいい。リードの話によると魔女のマーセルは森に逃げ込んでいるのにダンテが襲われたんだ。我が国に未だ良からぬことを企てているスパイが潜んでいるんだぞっ。」
「そんなことは、わかっとるわい。デニス、思い当たる奴はいないのか?」
「それが、昨日の二人の逮捕で脅威は去ったと思っていたんですが・・・。去年からマーセルにも目をつけて尾行もしていたのに逃げられるしっ。俺は悔しくてたまりませんよ。世話になっていたダンテをあんな目に合わせてしまって、悔やんでも悔やみきれません。」
兵士長のデニスさんは心労が積み重なった疲れた顔をしていた。
「あのぅ・・・私、さっきこの建物に入る時に様子のおかしな人を目にしたんです。」
「なにっ、それはどんな奴だっ!」
デニスさんに強い目で見られてビクリとしたが、私はさっき魔法で覚えた男の特徴をひとつひとつ挙げていった。
「髪が黒くて短髪でした。背丈は中ぐらい。目つきが鋭くて、額の右側にナイフで切ったような傷がありました。着ていた服はまだ暑いのに長袖で、ズボンの腰の所にサーベルをさしていました。」
「なんだとっ?!サーベルを携帯していたということは軍隊の人間じゃないかっ。本当に様子がおかしかったのか?ただ警邏中に騒動を見ていただけじゃあないのか?」
「・・・いえ、ただの野次馬とは違う強い視線を感じたんです。」
「デニス、女の人の直感は意外と侮れない。班長を呼んで、調べさせてみたらどうだ。」
「ザックの言う通りじゃ。わしはその長袖というのが気になるな。返り血を浴びてそれを隠しているともとれる。」
「わかりました。調べてみます。」
デニスさんは、すぐに立ち上がって走るようにして部屋を出て行った。
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「ザッカリーさん、昨日の交通の要所への攻撃、そしてそれを調べていたダンテを殺す目的で襲った件などを考えると、これは充分な侵略・戦争行為と言えるのではないですか?そろそろ受け身ではなくて攻めるべき時が来たのではないかと思うのですが。」
「・・・君は子どものくせにいやに冷静だね。」
ザッカリー代表も、マシュー相談役もリードが話している内容に驚いている。
「君たちの髪も魔法も何か異質なものを感じるが、ダンテとはどういう関係なんだね?」
マシュー老に聞かれて、私達は異世界転移のことや日本語魔法、そしてその魔法を使って金の流れを押さえたいことなどを話した。
「そうか・・・メガン神がな。大昔のことを書いた古書に『別の世界から来た男』という記述を見たことがある。時代の変わり目に神が我らを助けたもう存在を呼ぶのかもしれんな。」
マシュー老の言葉に、考え込んでいたザッカリーさんが顔を上げた。
「リードが先程話していた通りに挑発的な警告文を送ってみよう。それで動くようならあちらが侵略の意思を明確にしたことになる。ただ、そのことを四つの町の閣議にかけなければならない。大きな決定は四町の同意がいるんだ。」
「・・・じれったいですが必要な措置ですね。速足の魔法を使える人はダンテ以外にもいるんですか?」
「ああ、この町にも三人いる。西のトラントが一番遠いから、四日・・いや三日は待たなければならない。」
「三日あれば、あちらは体制を立て直すかもしれません。ダンテを害した者の討伐の権利とスー国の軍隊の細かな金の流れを妨害する許可をいただけませんか?向こうにはわからないようにやると誓います。」
「・・・よしっ。それは許可する。」
ザッカリーさんが腹を決めたようにそう言った。
私達がそんな話をしていた時に、ドアが開いてデニスさんが帰って来た。苦虫を嚙みつぶしたような顔をしている。
「ザッカリー代表、申し訳ありませんっ。第三班に怪しい男がおりました。ここ何日か実家の用事だと言って休みを取っていた男が、先程ホリーさんが言われた人物の容姿にそっくりでした。班員に詳しく話を聞いたところ、独り者で親兄弟はいないそうなんです。」
「男の名前は?」
「アスバルです。昨年入ったばかりの兵士なんですが、熱心に軍の体制とか四つの町の連携の情報を勉強していたので、班長は目をかけていたそうです。・・・こちらの情報が敵側に筒抜けだったのかもしれません。」
リードは私を促して立ち上がった。
「私達はまずアスバルを追います。」
「まっ、待てっ!子どもだけでは危ない。俺たちに任せてくれっ。」
デニスさんが叫んでいたが私達は聞いていなかった。リードと目を合わせて、私は呪文を唱える。
「【アスバルノ イルバショヲ シリタイ】」
黒い煙の中に、町の路地裏の風景が見えた。私が頷くと、リードは私の両手をとって言った。
「せぇーのっ「【テンイ!】」」
風が私達を持ち上げて、一気に遠くへ飛ばしていった。
アスバルを追いかけます。次回は手荒なシーンになりそうです。苦手な方はご遠慮ください。




