隠れ家
ザグルから聞き出した場所・・・。
魔法使いのザグルと魔女のレジーナを捕まえた後で、ザグルの言っていた隠れ家へ行ってみたのだがそこはもぬけの殻だった。
「やっぱりいないか。」
リードは、隣国と組んで謀略を巡らすような悪知恵があったら、ここには戻らないだろうといった。その場所は、私が先読みで見たのと同じ角度からライヘンの庁舎が見える所だった。隠れ家の中には、汚れた皿や着替えの服が詰まった背負い袋が転がっていた。
「でも、背負い袋が三つあるわよ。何か手掛かりになるものはないかしら。」
母さんが三つの袋を並べて中身を一つ一つ取り出していく。私も母さんを手伝った。
「うわー、なにこれ。臭ぁーい。」
「ホントね。しばらく洗濯していないようね。」
一つ目の袋は女の人の服が入っていただけだったが、二つ目の袋を開けた途端に部屋中に饐えた臭いが広がった。どうもこれは魔法使いのザグルの物のようである。この荷物の様子を見るだけで、ガブリンさんが言っていた「ザグルにたぶらかされた二人の魔女」という線は消えて無くなった。こんな酷い臭いのする男の人のどこに女性を魅了するものがあるだろうか。ザグルが言っていたライヘンの魔女マーセルが主犯だというのは本当のようだ。
父さんとリードは部屋を調べている。板の隙間などを丁寧に見ていってるが今のところ何も見つからないらしい。
「ホリー、これを見て。」
母さんが持っているものを見て驚いた。
「子ども・・・服?」
「三つめの袋に入っていたの。まさか子どもが主犯なんじゃないでしょうね。」
母さんがそう言うのを聞いて、父さんが声を上げた。
「ああっ、そうかっ! 名前は知らなかったが、スー人との混血の女性が魔女になったと聞いたことがある。スー人は、わしらクローバルの者よりも背が低いんだ。
「そうね。魔女と呼ばれているんだから成人しているはずね。」
母さんも私もホッとした。こんな企みに子どもが関わっているとしたら悲しすぎる。
「・・・ということは、マーセルのお父さんか知り合いが手引きしたということなのかしら。」
「そうだろうな。・・・ザグルとレジーナが捕らえられたと知ったらその伝手を頼って隣国に逃げ出しているかもしれないな。ホリー、疲れているところすまないが、もう一度先読みをしてみてくれるか?」
リードに言われて、先読み魔法を使ってみる。
「【マーセルノ イバショヲ シリタイ】」
黒い煙がボンッと出て、森の中にいる様な景色が見えて来た。
「・・・森の中みたい。どこなのか全然わからないわ。」
「そうか。森に逃げ込んだのか。こうなると先読みでは無理だな。しかし背格好に特徴があるんならマーセルの追跡はこの国の兵士に頼んだ方がいいかもしれない。僕たちはスー国を追い詰めることを考えよう。」
「そうだな。今日は宿を取って休もう。皆も長旅だったから疲れたろう。普通だったら一日かかる道中を半日で移動したんだ。英気を養っておいたほうがいいぞ。」
父さんがライヘンの役人に隠れ家の様子を伝えに行ってくれたので、私達は父さんがいつも泊まっているという宿に向かった。しかし、そんな私達の様子を建物の陰からじっと見ている人間がいることには気づいていなかった。
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翌日、宿の一室で四人で作戦会議をした。
「僕が考えているのは、金の供給のストップです。いくら強い軍隊でもそれを構成しているのは人間です。食事もしなければならないし給料も必要です。どちらもなかったら誰もついてきません。そして武器を買うにも移動するための馬や牛の餌を買うにもお金が必要です。たぶんメガン神はこういう思考回路の僕たちを求めたんじゃないでしょうか。」
「なるほどな。リードの言う事はもっともだ。わしなら、軍隊には軍隊と考えてしまうな。」
「お金を押さえるのはいい考えね。戦争になる前に無血解決も出来そうな感じがするわ。」
父さんも母さんもリードの考えに感心している。
「どのように進めていきますか?国庫に手を付けるか、軍隊の金庫を狙うか。」
「そうだね。ホリーの言うようにその二つは押さえたい所だ。ただ今後のことを考えると、まずスー人の大統領とそれを支えている関係者を無力化しておきたいんだ。だからできれば最初に、クローバルの役人にスーバルタン共和国に向かって宣戦布告というか警告文を出してもらいたいんです。」
「警告文?」
「ええ。侵攻を止めないなら、こちらから経済制裁をすると挑発してもらいたい。特にバル人とタン人の国には、スーバルタン共和国の行く末を考えるように釘を刺して貰いたいですね。スー人の国の独走を止められないなら共和国の意味がないですからね。それでどう動くか見てみましょう。」
「たぶん、侵攻を早めるんじゃないかしら。」
「そうなればありがたい。こっちが動いて一気に片を付けられる。」
「スー人の大統領の判断ミスという言質を取るんですね。」
「そうだ。」
そう言って笑うリードの顔は悪い顔になっていた。・・・この人は悪知恵もまわるのね。
父さんは早速役人に掛け合ってみると言って宿を飛び出して行った。
私達も宿の清算をして父さんの後を追って出た。ライヘンの庁舎の近くまで来た時に、大勢の人だかりがしているのに気がついた。
「どうしたんでしょう。」
「まだ他に暗い魔女がいたのかしら・・・。」
人垣の隙間から何が起こったのか覗いて見ると、そこに男の人が倒れていた。
「ダンテっ!!」
母さんが前にいた人を突き飛ばして男の人に飛びついた。
「えっ!・・・うそ・・・・。」
父さんが血まみれなって横たわっている。顔色が青白く酷く失血しているのがわかる。私がふらりと倒れそうになるのを、リードが支えて叫んだ。
「しっかりしろっ。父さんを助けるんだっ!」
「わっ・・・わかった。・・・どうしたら・・・。」
私がうろたえている間に、リードは日本語魔法を唱えていた。
「【ダンテヲ タスケタイ】」
すると父さんの身体が、抱きついて癒しの魔法をかけている母さんごと白い光に包まれていく。
私も気を取り直して、魔法の重ねがけをした。
「【ダンテノ チヲ モドシ キズヲ イヤシタイ】」
すると、父さんの顔に赤みがしてきた。母さんが癒しをかけていた腕がぴくぴくと動き始める。周りで見ていた人たちが「おおっ、すごいぞっ。」という感嘆の声を上げている。
「すみません。誰か父さんを寝かせる所がないか探してきてもらえませんか?」
私が側にいた人に頼むと、後ろの方から低い声が聞こえて来た。
「庁舎に運びたまえ。私が案内しよう。」
声のする方を見ると、威厳のある壮年の男の人が立っていた。
「ありがとうございますっ。リードっ。」
「わかった。僕が運ぶよ。【ダンテヲ ハコビタイ】」
リードはまだ小さいので、魔法の力を借りて父さんを両腕で抱え上げた。母さんはまだ心配そうに父さんの手を握っている。私は転がっていた父さんの背負い袋を持って、皆の後に続いた。庁舎に入る前に強い視線を感じて後ろを振り返ると、遠くの方からこちらを伺っている男に気がついた。ただの野次馬ではなさそうだ。
「【アノオトコヲ オボエタイ】」
私は念のために男の姿を目に焼き付けた。
伏兵か・・・?




