転移
決戦の時です。
東の空に曙光がさしてきた。私達はそれぞれの荷物を背負い袋に入れて肩から斜めに袈裟懸けしている。四人とも決意に溢れて引き締まった顔をしていた。私と目を合わせて父さんが走り出す。その後を母さんとリードと私が歩いて追いかけた。
「この辺りで、やってみる。」
私は家から小川に沿ってしばらく歩いてきた所で、先読み魔法を試してみることにした。
「ああ、頼む。母さん、僕とホリーの肩に手をかけて下さい。」
母さんが私達の間に来たのを確認して、私は先読みをしてみた。
「【ダンテノ イチヲ シリタイ】」
すると父さんがアルベル村の石畳を走っているのが見えた。
私が頷くと、リードが私と母さんを抱え込む。
「ホリー父さんの場所をしっかり見ながら一緒に言ってくれ。」
「わかった。せーのっ!「【テンイ!】」」
日本語魔法を叫んだ途端に物凄い風が地面から巻き上がり、私達三人を少し浮き上がらせたかと思うと、一気にアルベル村の石畳の上に転送した。
「わー、なんだか頭がくらくらする。」
「見ろ!父さんが走って行くのが見えるぞっ!」
目を擦って前方を見たら、リードの言うように父さんの後姿がみるみる小さくなっていくのが見えた。
母さんが青くなって胸を押さえている。
「母さん、大丈夫?」
「大丈夫よ。ちょっと胃がおかしな感じがしただけ。」
「一応成功だな。しかしこの転移を続けてやるのはきついな。東の方向へ歩いて行きながら、体調が戻ったらまたやってみよう。どのくらいの距離が飛べるのかわからないから、父さんがライヘンに着いてから試みるのはリスクが大きすぎると思うんだ。」
「ええ、リードの言うようにしましょう。ここにいて待っているより動いていた方がいいわ。ダンテが心配ですもの。」
私達は東に向かって歩きながら何度か転移を繰り返した。その度にくらくらする視界の先に父さんの走る後姿が見えた。こうして見るとダンテの速足の魔法はとんでもないものだなと思う。朝からずっとスピードが変わらないのだ。
最後の転移が一番危なかった。父さんが止まっていたので、危うく父さんの真上に降りてしまうところだった。
「おいおい、危ないな。頭の上がピカッと光ったから飛びのいたけど、もう少しで踏みつぶされるところだったぞ。」
「ごめんなさいっ。目標をもう少しずらせばよかった。」
「まあいいさ、何ともなかっんだから。それよりライヘンに着いたぞ。あっちの方が騒がしいからちょっと手前で止まったんだ。」
父さんが言う方を見てみると、遠くに金色玉ねぎの建物が見えた。
「ねぇダンテ。なんか地面が波打っているように見えない?」
「本当だ。・・・これはルクト村のレジーナがやったな。」
レジーナというと農家の娘さんだった人よね。
「土を耕す魔法?」
「ああ、威力を上げれば地震のように建物を倒すかもしれん。これをあちこちでやられると混乱が起きるな。」
「ホリー、これからどの辺りで魔法を使うか見てくれ。たぶん橋とか交差点みたいな交通の要所だと思うんだが・・。」
リードに言われて探してみる。
「【レジーナガ ナニヲ スルカ シリタイ】」
目の前に黒い煙がボンッと出て来て、アーチ橋が川の中に落ちていくのが見えた。
「二つアーチがある橋が、壊れていくのが見える。」
「それは、オリデ橋だっ。ここから近いっ。」
「父さんっ!」
リードが声をかける前に父さんは走り出していた。
私達は転移の体制になって、父さんを追いかける。
橋のたもとで女の人ともみ合っている父さんの側に転移した途端に、リードが私達を置いて走り出した。
リードが走って行く方を見ると、ぼさぼさの髪をした背丈がひょろ長い男の人が逃げていくのが見える。もしかしたら魔法使いのザグルかもしれない。
「ホリー、行ってっ!」
父さんの加勢をして女の人を押さえつけている母さんが叫ぶ。私は父さんと同じ速足魔法が使えるかどうか試すことにした。
「【ダンテトオナジ ハヤアシデ オイカケタイ】」
すると急に足が軽くなったような感じがして、いくらでも走ることが出来るようになった。
リードを追い越した時に、彼も魔法を使うことに気づいたのだろう。直ぐに私に追いついて、そして追い抜いて行った。・・・やっぱり筋肉や走り方で差が出るようである。
リードは逃げていた男に追いついていたが、男が鋭い剣を持っていたので二人でにらみ合っていた。
私は地面に手をついて、土を耕す魔法を試してみることにした。
「【ザグルノ アシモトニ フカイアナヲ ホリタイ】」
私の詠唱?が終わると、男の人がズボッと穴の中に落ちて行った。
「【ザグルヲ クビマデ ウメタイ】」
リードが魔法を使うと、男の人は見事に首まで土の中に埋もれた。
「これで逃げられないな。お前はカトス村のザグルだな。もう一人の魔女の居場所を教えてもらおうか。」
「お前たちは誰だっ。何の権利があって、俺にこんなことをするんだっ。」
目を血走らせて唾を飛ばしながら魔法使いのザグルが喚き散らす。その様子を冷静に見ながらニヤリと笑ってリードが言い放つ。
「権利だとぉー?意味も知らずに言葉を喋るんじゃねぇ!【ザグルヲ シメアゲタイ】」
土がザグルを締め上げているのだろう、ウッウッと唸りながらザグルの顔がだんだん真っ赤になり紫色に近くなってきた。
「リードっ、死んじゃう!」
「喋らないということは、死にたいんじゃないの?お墓もいい具合に掘ってあげたし、俺たちはもう向こうに帰ろうか。」
私達が父さんたちの方へ帰ろうとすると、ザグルの情けない声が聞こえた。
「・・まっ・・待てっ。喋る・・しゃ・べ・・るか・ら・・。」
リードはしょうがないなと言って、締め上げるのを止めた。
「それで、ライヘンの魔女マーセルはどこいる。」
「なっ、なんでそんなことを知ってるんだ。」
「こっちが質問してる・ん・だ・よっ。」
リードが足でザグルの頭を押さえつける。・・・社長、刑事さんみたい。職業選択を間違えた?いや、社長業も完璧だったから、何でもできるんだね。
「マーセルめっ、俺たちをハメたなっ。この話はマーセルが持って来たんだっ。嘘じゃねぇ。夏のはじめにカトス村にふらっとやって来て、面白い話があるって言うんだ。スーバルタンの言う通りに動きゃあ、あっちの国でハーレムの作り放題だって言うからさぁ。」
「情けねぇなぁ。てめぇはそんなことで自分の国を売ったのかっ!」
・・・・・・許せん。なんて奴。こんないい国を、そんなつまらない個人の欲望でっ。
「【ザグルノ マホウヲ トリアゲタイ】」
私が日本語魔法を発動すると、リードが驚いて振り返った。ザグルの身体からキラキラと出て来た魔法の粒に「メガン神のところへ帰りなさぁーい。」と言うと、粒々たちはキラキラと光りながら空へと昇って行った。
「君を怒らすと怖そうだね・・・・。」
リードにそう言われたが、・・そうかもしれない。滅多なことでは怒らないが、一旦リミットを超えてしまうと容赦ないとよく家族に言われていたから。
リードがマーセルの居場所を聞き出したので、私達はザグルを埋めたままで父さんたちの所へと帰った。
そこは人だかりがしていて、槍を持った衛兵のような人たちがレジーナと思われる魔女を縄で括って引っ立てて行くところだった。リードは衛兵にもう一人魔法使いがいると場所を教えていた。・・・あれを掘り出すのは大変だろうね。
「二人とも無事でよかったわ。父さんはだいぶやられたの。」
父さんは魔女に噛みつかれたり爪でひっかかれたりしたのだろう、服にもかぎ裂きが出来て散々な有様だった。それでも母さんに癒しの魔法を使ってもらって、うっとりしている。・・・あの魔法は気持ちいいけどね。でも、もうちょっと顔を引き締めたほうがいいと思うよ。
なんとか二人の暗い魔女たちを捕まえたけれど、私達が主犯だと思っていたザグルはあの証言からするとどうも主犯ではないようだ。ライヘンの町のマーセルが主犯だとすると、早く捕まえなくてはならない。ザグルが言った場所にいるといいのだが・・・・。
ザグルが主犯じゃなかったんですね。




