新たなるリードの戦略
また新しいアイデアなのかしら・・。
ライヘンに手紙と荷物を届けに行っていた父さんが帰って来た。
私が畑の草取りをしていたので、父さんはわざわざ私を探して言付けを伝えに来てくれたらしい。
「ここにいたのか、ホリー。ジェシカの結婚式の日取りが決まったんだ。ジェシカがホリーに付き添いをやって欲しいらしいぞ。母さんに綺麗なドレスを準備してもらわなくちゃな。」
「付き添い?」
「そうだ。結婚式は教会の中で親族だけでおこなわれるんだが、村の代表で女性側と男性側からそれぞれ一人づつ見とどけ役が式場に入る。それが付き添いだよ。」
「おめでたい話だけど・・私にそんな役ができるかしら。」
異世界での結婚式も初めてなのに、村の代表の見届け役なんて務まるのかどうか不安だ。
「できるさ。なんにだって初めてはある。しっかり準備をして、ベストを尽くせばいいんだ。わしはお前が大役に選ばれて嬉しいよ。」
父さんは本当に嬉しそうだ。寝たきりだったホリーが付き添い役を頼まれるようになったことが誇らしいのだろう。・・・頑張ろう。日本ではこの五年ほど友達の結婚式に出席し続けて来た。その中でも三回ほどスピーチも頼まれた。小学校からの親友は内々の人前式をやったので、その披露宴では司会もやったことがある。その時のことから比べれはまだ何とかなる話かもしれない。
「まあまあ、ホリーが付き添いなんて。早速ドレスを作らなくちゃね。何色の布がいいかしら・・目の色に合わせて茶色にすると地味だわね。ピンクはどう?」
「母さん、花嫁より目立っちゃダメでしょう。深い緑色はどうかしら。ポイントの飾りに茶色を使ったらいいんじゃない?」
「そうね。ふふっ、じゃあそうしましょう。明日にでも村に買いに行ってくる?」
私と母さんがそんなことを話していると、リードが自分も一緒に行くと言い出した。
昨日、リードは一人でナンダコノモリに行って黄色の大きな葉っぱをたくさん採ってきた。日本語魔法を使ってその葉っぱからゴムの塊を作っていたので、それを売りに行くつもりなのかもしれない。
「リード、昨日作ったゴムの塊を靴屋のポンカさんの所へ売りに行くの?」
「いや、僕にひとつアイデアがあるんだ。このゴムと布を作る糸でゴム紐が作れないかと思ったんだよ。今はパンツも布の紐で結んでるだろ。」
「まぁ、それはグッドアイデアです!」
さすが社長、目の付け所が素晴らしい。
「そこでホリーに聞きたいんだけど、女の人が髪を結ぶ飾りの派手なゴムがあるだろう。」
「ああ。シュシュですね。」
「シュシュと言うのか。変な名前だな。とにかくそれを作って結婚式につけてみてくれないか?ジェシカのお母さんのニコラさんの広報能力と結婚式に集まった村の人たちへシュシュをつけた君の姿を見せることによって、一気にゴム紐の存在を知らしめたいんだ。上手くいけば、布屋さんでアイデア料を買い取ってもらえるだろ。」
・・・さすが社長。パンツのゴムは便利だけど、確かに地味だものね。なるほど、シュシュはインパクトのある宣伝材料になるかもしれない。
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私と母さんは、午後に結婚式用のドレスを作ることが多くなった。深い緑色のひだをたっぷりとったスカートの裾に、茶色の飾り紐と色とりどりの刺繍で模様をつけていく。母さんが刺繍してくれている時に、私が濃い茶色の布の切れ端でシュシュを作っていると、耳元でリプンが「その布を持って、ちょっと来てっ。」と話しかけて来た。
母さんにわからないようにそっと部屋を出て、外の木陰の椅子に座る。
「結婚式の飾りでしょ! そんな茶色の布じゃあ目立たないじゃないのっ。ホントにもうホリーは世話がやけるんだからっ。」
そう言って、リプンは茶色の布の周りを忙しなく飛び回って妖精の粉を付けてくれた。
茶色の布はラメが入ったようにキラキラと輝き始めた。
「ハイ仕上げっ。」
リプンが足でちょんちょんと蹴ったところに私の髪の毛の色のような青白い朝露の玉がくっつく。その玉は晩夏の日差しを受けてつややかに光っていた。
「わーーーっ、すてきっ! リプンありがとうっ!」
「フンッ。ちょっと気になっただけよ。あの子・・リードがなにか仕掛けるんでしょ。面白そうじゃない。」
リプンはリードがいるときには絶対に出てこないけれど、少しは気にしてくれているみたい。照れてそっぽを向いているけれど、本当は優しいんだよね。
父さんとリードは、別れ家の準備を始めた。森から木を切り出してきて、西側の丘の上に運んでいる。荷車の車輪にリードがゴムのタイヤをつけたので重たい木でも運びやすくなったと父さんが言っていた。
オラスが作っている蝶番が順調に売れているようで、そのアイデア料で貰ったレートでリードが別れ家に必要な鍋や調理道具等も買ってきてくれた。私はその増えた道具を使って、リードに日本食を作っている。肉ジャガは父さんも美味しいと食べてくれるが、普段の料理は母さんの作った洋食がいいらしい。だからリード用の日本食を私が作って、食卓に一品添えるようになったのだ。
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「今日は晴れて良かったわね。」
「ああ、これはいい結婚式日和だ。朝晩が涼しくなってきたから、過ごしやすくなってきたな。」
私たちは家族四人でアルベル村に向かっている。
私は結婚式の付き添いの正装だ。ドレスを着て髪もシュシュでまとめて台所に行くと、両親とリードが目を見張って褒めてくれた。この夏しっかり食べて良く動いたので、ホリーも健康な17歳らしい容姿になってきたようだ。「ホリー、綺麗だよ。」とリードがぼそっと言ってくれた時は嬉しかった。
アルベル村の教会の前には多くの村人たちが集まっていた。その中で、ニコラさんが嬉しそうに大きな声をあげている。
「ジェシカ、おめでとう。ニコラも良かったわね。」
母さんが声をかけると、皆がこちらを向いた。
「ありがとうっ。さぁ、うちのジェシカを見てやってっ。まぁ、そこにいるのはホリーかい?!ひと夏で見違えたねー。」
「母さんっ。」
「なんだいジェシカ。褒めてるんだよ。」
「ありがとうございます。ニコラさん。だいぶ元気になりました。」
「おや、その髪をまとめている紐は変わってるね。」
早速ニコラさんが食いついてくれた。私は髪からするりとシュシュを外して、ニコラさんに見てもらう。
「これはゴム紐を中に入れてできているので、こうやって一人でつけたり外したりが簡単にできるんですよ。」
シュシュを伸ばしたり縮めたりしてデモンストレーションをする。
「まあっ!! こんなもの見たことがないわっ!」
ニコラさんの大声に、周りにいた村の人たちも何事かとこちらに集まってきた。みんなが感心してシュシュを見ているところにリードの声が響く。
「このゴム紐は、腰で結ぶパンツの紐の代わりにすると、脱いだり来たりが楽になるんですよ。ゴム紐は布屋のジェリーさんのところで買ったんです。」
この声に反応したのはご婦人方だ。
「まぁ、それは便利だわっ。」「本当に。今日、早速買いに行かなくちゃ。」「母さん、私もあんな髪飾りを作ってっ。」
口々にわいわいガヤガヤと一気に騒がしくなった。これは想像していた以上に騒動になりそうだ。
「・・・なんか、ジェシカごめんね。結婚式の日にこんなことになって。」
「とんでもない。私達の結婚式が皆の記憶に残るものになりそう。それより、そのシュシュの作り方を教えてよっ。私も欲しいわっ。」
・・・ジェシカも情報には敏感なニコラさんの娘さんなのね。なによりも目の前にある興味深いものが優先なようだ。私はお詫びも込めてジェシカに二種類のシュシュの作り方を教えた。特に輪ゴムに直接花や飾りをつける方法はまだ誰も知らないというと、ニンマリと笑ってとても喜んでくれた。
この騒動を魔女のガブリンが遠くから見つめながら、いろいろと思考を巡らせていることを私はまだ知らなかった。
上手くいきましたね。でも魔女のガブリンは・・・。




