【マナミとマサ】サルコファガス
火種の消えていない煙草のフィルターに、僅かばかり残った酒をかけた。
割れたブラインドから辛うじて差し込む人工的な光は心許なく、まるで回らない頭をそのままにとりあえず腰を据えた。
この薄暗くも汚いモーテルは、随分寂れた港町に佇んでいる。元々、立ち寄るつもりはなかった。
何の前触れもなく、予感も運命も下心さえもない。本当の意味での偶然。恐らくはそれだ。
マナミと遭遇した。彼女は一瞬だけ眼差しを歪め、久しぶりねと呟いたし、マサも同じような反応を示した。事情を知っている仲間は何事かを言いたげな様子だったが、とりあえず無視してマナミの腕を引く。彼女は特に断る事なく、こちらの誘いに乗った。
ガキの頃、お遊びの延長。互いに悪名を轟かせたのも随分昔の話で、久々に遭遇すれば似たような別の道を歩いている。時折思い出す思い出に縋るように指先を這わせるが、それはとっくに違うもので、それなのに何故求めたのだろうと、今更ながら不思議に思う。思い出は思い出、それ以上でも以下でもない。そんな事は分かっていたはずなのに。あの頃どうしても踏み出せなかった一歩が余りにも簡単に思え、ついつい踏み込み過ぎてしまった。マナミは、断らなかった。何故かは分からない。全てにおいて。踏み込み過ぎた理由も、難なく受け入れた理由も、核心に触れない理由も。
徐々に口数は減り、知っている湿度に心が浸される。少しでも歩みが遅れればその時点で負けが確定するような気がして、もう後戻りは出来ない。
夜半過ぎに空いていた、適当な部屋に入るが明かりは付けなかった。それも、互いに。よそよそしい態度で視線さえ合わせず、居心地の悪さを楽しむ他ない。
音のない部屋に痺れを切らし、マナミがラジオを付けた。掠れたジャズが流れ、歳月を嫌と言う程感じさせてくれた。二人の間に流れる、深く歩み寄れない時間という距離を。
そして今、ジャズの合間に水音が聞こえる。マナミが浴びるシャワーの音だ。
後悔の正体も知れぬまま、この夜が明けなければいいと思う。何の味もしないこんな部屋で、これからこの手はマナミを抱くのだろうか。いざ、その局面を迎えて尚、まるでそんな気持ちになれなくて、やはり実感はない。
流れ続けるジャズ、動きの鈍いプロペラ、どこまでも沈みゆくマットレス。途切れ途切れに聞こえる水音、吐き出す紫煙、薄れゆく思い出。
どうせ明日になれば全て忘れて、又、別の道を行くはずだ。そう嘯けども心は赦されず、ベッドに倒れ込んだマサは、ほの暗い天井ばかりを見つめていた。




