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ゴスロリライダー  作者: キョウ
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第二章(4)

沈む夕日をベランダ越しに少し眺めたあと、行こう、と階下に降りる。

キシン荘の玄関口を出るも、菊花さんの姿は見当たらない。

どこに行ったんだろう?と思っていたら、遠くからエンジン音が聞こえてきた。

『大災害』以降、人口が激減したことによる労働者の減少もあり、ガソリンを給油できる箇所が減った。また、感染防止にと各都市は行き来を制限する関所――ここ、サドに着いた時にも通った――を区域毎に設けた。

そのために、エンジン音というのは居住区にいる限り普段たまにしか聞くことはない。そんな中、お腹に響くようなエンジン音ともなれば、珍しい。

だが、一番珍しいのは、この組み合わせなんじゃなかろうか。


「よお、待たせたな。ほら、これ被って後ろ乗んな。……ん? どうした?」


菊花さんのもとへ行くと、フルフェイスのヘルメットを渡された。

視線を手元から改めて菊花さんに向ける。

足元を見れば編み上げのブーツ。

その背景には大きなマフラーと夕日を反射するメタリックボディ。

その上にフリルをあしらった、黒を基調とした膝まであるスカートが革のシートに広がる。胸元にリボンをあしらった可愛らしい黒のビスチェとそれを覆うワインレッドのボレロが眩しい。

目をすがめ、全体を見ると、菊花さんよりも大きいんじゃないかと思われる機体が視界に映った。

これは、大型バイク……?


「はは。コイツはこう見えても400ccでな。でも元は大型のエンジンを使ってたからあながち間違いじゃあないんだがな」


間違いじゃないというかなんというか。

ひらひらした服を着ながら硬派な黒い機械の塊にまたがる菊花さんの姿は、ひどく奇異で。――それでいて、カッコよかった。


「ほら、ぼけっとしてないで後ろ乗れよ」


いそいそと慣れない乗り物にまたがると、そろそろと菊花さんのスカートに触れる。


「よっし、港まで行くぞ。ここに来たらあそこ抜きじゃ生活できねーからな。しっかり掴まっとけよー、このバイク……190kmまで出せるからサ!」


フルフェイスのヘルメットのせいで最後の方は聞き取りづらかったが、内容を脳内で補足して理解するより先に、ボクは仰け反りかけた上半身を必死に起こすと急いで菊花さんの腰に抱きついた。


「ほら、着いたぞ。ん? うまく降りられないか?大丈夫か?」


ボクは這々の体でタンデムシートから降ろしてもらった。

外聞なんてなかった。


「なーにビビってんだ。速度はそんなに出してなかったろ? カウルとあたしの背で風が来るでもないし、なによりコイツは長距離向きで乗り手の負担も少ないタイプだからね。気張り過ぎだよ」


そういうことは最初から言ってください。

正直よくわからなくて体に力が入りすぎていた。


「こっからは歩いて行くぞ。さ、ここが港――本来は『ピース』って大層な名前が付いてたんだが、今じゃみんな面倒だから港って呼んでる。このサドの街で、カジノとは違う意味で一番賑やかなとこさ」


バイクを手慣れた様子で搬入用なのか大型トラックが居並ぶエリアに停めると、菊花さんは鍵を弄びながらさっさと歩き始めた。小走りで隣に並ぶ。


「何があるのかって? そりゃ色々さ。主に飲食店と雑貨屋、あとは補給関係の店かな。ここは、元々感染隔離地域だったせいで、物資のやり取りをするルートが限られる。そうなると、東京湾を挟んでもののやり取りが行われる。文字通り港に人も物も集まるって寸法だ」


船の出入りがあると、それを運ぶトラック兄ちゃんたちが集まり、それを見越して飲食店が増える。

ガソリンも船で運ばれてくるがそこから陸路で更に運ぶ手間を考えてガソリンスタンドも港に新設され、トラックは勿論数少ない車・バイク乗りも集まる。

人が居るなら物も売れると部品屋や雑貨屋も港に集まり、ついでに流れ着いた理容師が美容室を始めたり、人が増えたことによって更に飲食店が増え、酔い潰れる人向けに市長が簡易宿を設置したりと……そうやって一つの繁華街が形成されていったそうだ。

今では、昔は食糧とガソリンだけを運んできていた船に各地で余っているリサイクル品と化した衣服や雑貨も運ばれてくるため、様々な物で溢れている。


「結構な広さでな。便宜上、東西南北の4つのエリアに分けられてる。船の発着場とスタンドがある東エリア以外は飲食店と雑貨屋とその家族が住む住居がごっちゃになっているんだ」


そこまで菊花さんが話したところで、舗装された道の向こうが少し騒がしくなってきた。見れば、日の沈んだ夜景に灯りの点る街並みが広がりつつあり、風に乗って潮の香りと醤油の香りが漂ってきていた。


「さて、まずは飯にしよう。西区に行きつけのとこがあるんだ、そこでいいだろ」


説明しているようでいて、何の料理を出す店かの説明もせずに菊花さんはずんずん歩いていく。

周りを見渡せば、言った通り飲食店や日用品を売る店が軒を連ねている。

人が居る。活気がある。それだけで、ボクは驚いた。

昔に隠れ住んでいた街は人がすっかり少なくなった住宅街で、買い物は『エルドラド』の人たちがしてきてくれたから、こんな風景は過去のドキュメンタリーで観た大阪の商店街を彷彿とさせた。

あれだけの多くの人と賑わいというのは、もうないものと思っていた。

それだけ、『大災害』以降に見聞きしてきた世界は限られたものだったのだと、改めて認識させられた。

ボクはつい道行く菊花さんに質問を投げかけた。


「ん? こういうところは今でもたくさん各地にあるのかって? そうだな、いわゆる政令都市とかって言われていたところだと、流石に賑やかだな。だがそうでもないところだと、店をやる人間も、そもそも地元に残っている人間も少ないから、どこにでもはないかな。少なくともあたしが見てきた中ではな。そういう意味じゃ、ここはある意味閉鎖された街だからこそ小規模ながら栄えてる方なのかもしれないね。皮肉なことだけどさ」


どこか寂しげな顔を見せた菊花さんだったが、不意にその顔を嬉しそうな表情に変えると、この先にある右手の店を指差した。

どうやらお目当てのお店に着いたらしい。


「あちゃー、流石に混んでるか。まぁ少し待つくらいは構わねーか。ここは何食っても美味くてな。定食も充実してる。最初、ここのシェフがレストランを開いていた街が『大災害』で壊滅的な人口被害を受けて立ち行かなくなって、挙句そんなとこから来ただなんてどの都市も中々受け入れてくれなくてサドに流れついたと聞いた時は同情したもんだが、悪いけど今じゃ感謝してるくらいだわ」


なんとも逞しい菊花さんだが、並んでいる人を無視するようなことはしないらしい。

待っている人を数えるとその後ろに向かった。

この人なら周りを無視して席を取りに行くくらいのことをするんじゃないかと思ったが、良識はある人のようだ。

そう思っていたら、店の入口前で菊花さんがついと店の中を覗くと、手招きをしてきた。

ああ、うん。やっぱりこの人好き勝手に行動するんだなぁ。

ボクは何も言えず、菊花さんのあとを追って店内――定食屋『えとせとら』へと足を踏み入れた。

並んでいる人たちの視線を背中に受けて入店すると、広いスペースに適度な間隔で置かれたテーブルと椅子があり、入って右手奥にある4人掛けのテーブル席に菊花さんがいた。

そこには菊花さんの他に、4人掛けテーブルを1人で占拠している大柄な御仁がいた。筋骨隆々として、1人で2人分の席を使ってやっとの様子である。


「おーい、みちる。こっちだ、こっち」


そのムキムキで且つ撫で付けた髪とちょび髭が目立つおっちゃんに、遠慮なく話しかける菊花さん。

知り合い、なのだろうか?


「よ、大将。空いてるかい? 空いてるよな。相席させてもらうよ」

「おう。満員の店に見覚えのある派手な服のやつが入って来た時から多分そう来るだろうと思っていたからな。構わんぞ。で、そっちの連れは?初めて見る顔だな」


巌のような声、とでも言える声を初めて聞いた。

近くに来ると、座っていながらもその体の大きさが分かる。

盛り上がった上腕につい目がいく。

え、この人誰で大丈夫なんでしょうか、菊花さん。


「大丈夫も大丈夫。むしろ、この街で一番大丈夫なんじゃないか? な、大将」

「一番は市長じゃねえか?さすがによ。俺はただのしがない監督役みたいなもんだ」

「まーた、謙遜して。みちる、この人はな、この港を仕切っている大将で、ジョージってんだ。あ、こいつは海道みちる。ゆえあってキシン荘に新しく住むことになったんだ。よろしく頼むぜ」


ジョージさん。体格は日本人離れしているけれど、瞳も黒く、日本語もとても流暢なのですけれど。


「菊花君。あんまりミドルネームで呼ばねぇでくれるかい。慣れてねぇから、なんだかこそばゆくなっちまう」

「なぁに格好に似合わないこと言ってんだかこの人は」


なんとも楽しそうである。

やり取りからするに、随分親しげだけれど、えっと、港を仕切っている人ってことは、偉い人だったりするのでは?


「おう、挨拶が遅れたな。俺は宝塚。宝塚・ジョージ・朔太郎ってんだ。日系二世でな、こんななりだが生まれも育ちも日本だ、気にしねぇでくれよな、みちる君とやら」

「そうそう。遠慮は要らねぇぞ、このおっさんは見た目と違って気立てがいいからな。ほれ、座れ座れ」


促されて着席する。なんだかよくわからないが、席に座って出された水を一口飲んだら急にお腹が空いてきた。そういえば今日は朝から何も食べてなかったんだった。


「やっぱ飯ならここだよな。大将は見る目あるよな」

「勿論だ。店の斡旋をした礼にと出された料理を口にした瞬間から俺はここのシェフのファンだからな。船の積荷の食糧も気づかれないように優遇してるぐらいだ」

「ひゅう、気が利くねぇ。なら、そいつを味わわないのは損ってなもんだな。みちる、お前アレルギーはあるか? そうか、大丈夫か。好き嫌い? そんなもんは大丈夫、何出されても旨いからな。すんませーん、本日のおすすめ2つよろしくぅ!」


元気よく注文する菊花さん。

なんでも、メニューに悩んだらとりあえず本日のおすすめにすれば間違いないらしい。ありがたい話だけれど、ボクまだ満足にメニュー見ていなかったんですけれど。

……まぁ、いいか。周りからはいい匂いしか流れてきていない。

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