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ゴスロリライダー  作者: キョウ
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第五章(1)

〜第5章〜


「だから、言っとるだろぅが! 患者の判断は菊花君がやってくれとると……!!」

「なんであの人がやってるんだ?! 医者が今いない? なら、その症状が『大災害』のものと同じだったらどうするんだ!!」

「誰だその菊花ってのは?! ウチのもんが具合悪いってんなら面倒見るべきはオレら『エルドラド』だ。いいからどこにいるか言えっての!!」


遠くからでも聞こえてくる不安と怒りの声。

そこに踏み入れるというのに、先行するあの人に気負いはない。

むしろ、ふてぶてしさすら漂っている。


「ええい、もう、ラチがあかない……」


闇夜、外灯に照らされる中。

ジョージさんが迫る群衆相手に必死に対応していると、住民側のざわつき方が変化したように感じられた。


「おい、アレ……」

「おう。菊花さんじゃないか?」

「ああ、あんな目立つ服装でこの街を闊歩してるのはあの人しかいない」


ジョージさんは振り返った。

視線の先には、肩の力を抜きつつも周りを値踏みするような目をした菊花さんが歩み寄ってきていた。


「菊花君!! みな、静まれ! 菊花君が戻ってきたぞ!……状況を聞かせてやるってんだ、少しは聞く姿勢を示せっっっ」


今まで聞こえていたのとは一味違う、自信に満ちた大きく響く声で周りに促すジョージさん。その声音に、騒いでいた人達が急速に静かになっていく。

最後まで騒いでいた『エルドラド』の人達も、空気に呑まれたように押し黙った。


「菊花君。よくぞ戻ってきてくれた。で、どうだ? どうだったんだ?」


ジョージさんも、きっと不安と戦っていたんだ。

確認するようでいて、半ば縋るような気配はもう隠していない。

なのに、一歩も引かずにこの場を押し止めてくれていた。

小声でジョージさんに何か伝える菊花さん。聞き取れはしなかったが、ジョージさんの顔に安堵が過る。

「大丈夫だ、安心しろ」とでも言ったのだろう。

よく聞くセリフだろうと、菊花さんが言うと説得力がある。

ボク自身感じている。他の人もそうだろう。

群衆の前を菊花さんに譲ると、菊花さんが前に出て立ち止まった。


「元看護師の東雲だ。所見が出た。皆が懸念しているだろう患者は、シロだ。新型コロナウィルスに罹患はしていない! 『大災害』の繰り返しにはならない!!……だから、安心して欲しい」


力強く言い切る菊花さんに、一瞬遅れて周りから一斉に息が漏れる。

特に居住区の人達は菊花さんという人を知っているのだろうか、菊花さんの言葉を信用しているようだった。

だけれど。


「ま、待て! 本当なのか? 君は看護師だと言ったが、医者の所見ではないのだろう? 何をして大丈夫と言い切れる? 私達にも分かるように説明してもらおうか」


抗議をしてきた人間がいた。

宝田さんだ。

見れば、『エルドラド』の人達は居住区の人達とは違い、黙ってはいたが完全には信じられないといった態度が目に見えていた。

彼らは、菊花さんを知らない。

菊花さんという説得力に信用を置いていない。

だから、まだ不安が拭えていないのだ。

菊花さんは、すぐさま答えようとしたが、言葉を呑み込んだ。

なぜかは、ボクには分かる。

検査キットは陰性を示していたからだ。

医者の言葉でないと疑ってかかる人間に、所見が新型コロナウィルスのものとは違うと言ったとしても疑惑は解けないだろうし、そもそも初期症状は限りなく似通っている。

そんな中検査キットが陰性であったと伝えたところで、疑惑は深まるばかりだし、菊花さんという人物への信用を理由に早くに納得してくれた住民側の人達にも疑念が改めて湧いてしまう。

だから、即答を避けたのだ。

この状況は、予測できていた。

菊花さんと事前に話していたからだ。

宝田さんというのは菊花さんの言葉だけでは信用しないだろうと。その時は――。

菊花さんがボクを見た。

足が震える。

多くの人の前に行くというだけでも緊張するのに、矢面には宝田さんがいる。

果たしてボクは宝田さんにしっかりと話せるだろうか。

宝田さんを納得させられるだろうか。

分からない。

分からないけど、やるしかない。

やると、決めたから。

注目の集まる菊花さんの下へと歩み寄る。

踏み出す足の一歩一歩が遅く感じられる。

周りの人達がボクの接近に気付いた。

けれど、怪訝そうな顔をしている。

誰だこいつは?という顔だ。

そんな中、宝田さんだけはボクに気付くと、驚きの表情を浮かべた。

ボクは、菊花さんやジョージさんのように群衆に語り掛けるように大きな声では話せない。

でも、この人。宝田さんに聞こえるように話すことはできる。

自ら前に出てきてくれた宝田さんにだけは声を届かせられる。

ボクは意を決すると、宝田さんを見据えて言葉を紡ぐ。


「宝田さん。ボクも患者さんを視ました。手をかざして感じました。その上で、申し上げます。あの人は大丈夫です。……この意味、宝田さんならお分かりいただけますよね?」


精一杯を、この街に来て一番勇気を出して言葉にした。

『大災害』以降、初めて口にしたかもしれない、自分の意思で他人に伝えた、自分の言葉。


「みちる、お前……」


驚きの表情を更に深めて宝田さんがわなないた。

何を思ったのだろう。

それは分からない。

ボクは宝田さんじゃないから。

でも、明らかに何かを感じ取ってくれたのは、判る。

宝田さんは、近くにいてくれた。

宝田さんという人は、なんとなくだけれど理解している。

真面目で、大変な時に人の事ばかり気にする、世話焼き。

逃げ出してから疎遠になっていたけれど、久しぶりに対面して思う。

この人は、会った時と変わっていないと。

目を見て話して、その瞳がボク達のために奔走している時のものと変わっていないと、確認できた。

宝田さんは少し思考したのか間を置くと、一瞬ボクに向けて微笑むと頷いてくれた。

少し遅れて、宝田さんは『エルドラド』の人達に振り向くと声を発した。


「みんな、聞いてくれ。噂に聞いていたかもしれないが、我々『エルドラド』には我々を導いてくれる預言者様がいらっしゃった。実はこの街には預言者様を追って来訪したのだ。安住の地を示してくださる預言者様は、先にこの地にて我々を待っていてくれた。そして今、その預言者様から新たなお言葉が示された! 我らが同胞に起きた症状は『大災害』のものに非ず! 繰り返す、『大災害』のものには非ずだ! 安心してほしい。この私が保証しよう。こちらの預言者様の言葉に従えば間違いないと!!」


宝田さんが朗々と口にした台詞に、一斉にボクに視線が集まる。

急に注目されて、体が熱くなる。


「あれが噂に聞く預言者様……」「なんだ、まだ子供じゃないか。いや、しかし宝田さんが言うなら……」「あれ、海道さんじゃないかしら。最近見ないと思ったら……」


ざわつきが聞こえる。

困惑もあるが、しかし、宝田さんの発言に信用を置く人が多いのだろう。

険悪な雰囲気はない。

ボクは気持ち手を持ち上げて宝田さんへと翳す。

温かい。宝田さんが優勢なのだ。

菊花さんを見ると、最小限の動作で自分の目を指差してから小さく頷いた。

菊花さんの目でも場の流れが良い方向に行っているのが視えたようだ。

宝田さんが最後に畳み掛ける。


「預言者様のおわすところに災禍なし、私達はもうあの『大災害』を乗り越えたのだ!恐れる必要はない!」


『エルドラド』の人達の間から歓声が聞こえる。

居住区の人達は呆気に取られているが、先ほどまでの混迷は取り除かれ、毒気を抜かれたようになっている。

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