プロローグ
朝陽というのは偉大だ。
見上げるように顔を上げると意識が立ち上がってくるようにも思える。
いつでも同じように見えるのに。
光を与えてくれるからか、飽きる飽きないという感慨を人に抱かせない。
それに比べて。
視点を少し下げた先に映る東京都心のビル群は、代り映えがしない。
大きく、高く、数は多いが、景観を意識したとは思えない無造作な配置。
外観も武骨なものから太陽光を反射するようにキラキラしているものもある。
それでいて、夜中になるとまばらな光を残して暗闇に沈む。
その落差が嫌でも人口の減りを意識させると、よくしてくれたおばちゃんが言っていた。
ぼくは過去の昼夜問わず明かりが灯る光景を覚えていない。
幼くはあったが。
世界の人口が激減することになった『大災害』が起きるまでのことは、もうよく覚えていない。
あの人。
ぼくを拾ってくれた、あの人が言っていた。
それは防衛本能によって記憶が掘り起こされないようになっているのだと。
そうなのかもしれない。
けれど。あの時感じた熱さだけは、いつまで経っても身を焦がすように不意に記憶の奥底から蘇ってくる。
暑い、ではなかった。
熱い、だ。
燃えるような熱さに、ぼくは襲われたことがある。
あの熱さを味わうのだけは――――二度と御免だ。
そして今、ぼくを襲うのは熱さではない。不幸中の幸いだろう。
けれど、無視できるものでは、ない。
一度気付くと、もう目を逸らせなくなるもの。
あの人に出会うまでのぼくは、『大災害』で全てを失っていた。
そして、今現在のぼくはあの人から向けられる優しさが、分からなくなった。
他人が何を考えているのか分からない。
自分が何なのかが分からない。
何も分からなくなったぼくは。
――――逃げ出したんだ。
頼りのない者が辿り着くという噂の、サドの街を目指して。