ゴールデンウイークのメモ
一日目
白鳥
宿の周りは想像していた以上に何もなかった。
良かった点は宿の飯が旨かったことと、宿が古くて小ぎれいであったこと。
摩擦で丸くなった廊下や手すりはすべらかで、気持ちがいい。
何するかをまよいつつダラダラとしてしまった。
どこに行くのかと何を撮るのかをよく絞らなければならないと思った。
小学生が黄色帽の形状をした変なヘルメットをかぶっていてダサイと思った。
二日目
朝の時間を利用して郡上の街並みを散策した。
郡上城は山の上から街を見下ろしていて、昔からある集落であることを感じさせた。
ただし、城は張りぼてのようだった。
城下は本町と新町があることに気づかず、しろの周りばかりを歩き回っていた。
レンズ選びに悩み、何度も車と城下を行き来する羽目になった。
単焦点レンズは小物には寄り易いが、街並みだと焦点距離を制御できないので難しい。
これで街並みを撮る場合はあくまでスナップとして、どこを切り取れば街を表現できるかを
考えるセンスが必要だと思った。
画角に収めようとする場合は、やはり構図が重要で、基礎を守った写真のほうが落ち着きが出る。
ただ構図に収めるだけではなく、その写真の主題がなければ、パンチ力は弱くなってしまうと感じた
200mmズームも難しい。景色はやはり取れない。動物をアップで撮れるのはいいところ。
奥行を圧縮したい場合にも良い気がする。
重いし、使い道に悩む
25mm広角レンズは、いわゆる風景写真が撮りやすいが、主題が薄まりがち。
何を撮っているのかわからなくなりがち。
夕方に倉敷入りし、電車で岡山へいって淀橋カメラでポラリエ用の雲台を購入。
岡山で何を食べていいかわからず、さまよったあげくに駅ビル内の微妙なB級グルメを食す。
何とも言えない味だった。
夜の岡山駅はヒップホッパーでいっぱいだった。
今のトレンドなのかもしれない。
バーで友達でも作ろうかと思ったが、全然声を掛けられなかった。
疲れていたのかもしれない。
三日目
朝の倉敷を散策し、美観地区の写真を撮り、こじゃれたカフェでモーニングをとった
その後、瀬戸大橋を写真に収めるべく、鷲羽山で軽登山。撮りまくった結果、まぁまぁの写真が撮れた。
香川で上田うどんを食し、高知で洞窟を探検し、夜景を撮影して星まで取ろうとしたが、
星は曇っていて無理だった。
詰め込めばこれだけできる、ということを感じた。
ちょっと充実した一日だった。
四日目
朝から四国カルストへ。
往復五時間程度かけていったが、天気のせいで見ることができなかった。
雨がふり、暴風で車がひっくり返りそうになり、雲の中だったので
何もみることができなかった。
回転すしを食べてからホテルにもどり、シャワーを浴びて眠った。
達成感がなく、虚しかった。
雨で車が少し綺麗になった。
五日目
朝起きると前日の天気が嘘のように晴れていた。
当初の予定では出雲へ直行するはずだったが、
もったいなく思い、四国カルストへ向かった。
その日は見えなかったものが見えるようになっていた。
山の稜線に沿って黒牛たちが闊歩している様や
青々とした草原から突き出した石灰岩が珍しく、
山を分かつ道路は風が抜けて気持ちの良いものだった。
夢中でシャッターを切って、鼻歌を歌いながらカルストを走り抜けた。
不思議だったことは、山の頂上に近づくにつれてラジオの
聴こえがよくなることだった。
頂上に近いほど、遮蔽物がすくない、ということなのかもしれない。
四国カルストを出たのが昼過ぎで、そこから出雲へ向かった。
しまなみ街道に出るまでにひどく時間がかかっていらいらした。
しまなみ海道に入った先でも渋滞があり、ぬけるころには灯が暮れていた。
出雲のホテルについたのは九時ごろで、駐車場が満車でまたいらいらした。
チェックインが澄んだ後で、隣の居酒屋でガジラ定食を食べた。
ガジラというのはエビの名前で、背中の部分にゴジラのようなトゲがあるから
ガジラという、というようなウンチクを以前にテレビで見た覚えがある。
でも、それは正確にはゴジラエビの話で、ガジラエビとは異なるのかもわからない。
いずれにせよ、味はまあまあだった。
そのあとホテルに戻って、寝た。
六日目
朝食をホテルで簡単に済ませて、出雲大社へ向かった。
想像していたより小ぶりな神社だった。伊勢神宮のようなものとは異なるらしい。
神宮の前の祠では宮司達が舞を見せていた。
遷宮されたばかり途の話だったが、自分にはどちらの社が新しいものなのかよくわからなかった。
せっかくなので、と思い、とりあえずお祈りをしておいた。
結婚祈願の神社だと上司に聞いていたので、その旨の願いをささげた。
午前中の余った時間で石見銀山に行くことが頭をよぎったが、
インターネットで画像検索をして興味がわかなかったので出雲の近辺をふらつくことにした。
出雲大社から日本海に向かう道には出雲の阿国の道と名前が付けられていて、
阿国の墓石や説明札が飾られていた。
今の歌舞伎に繋がる踊りを発案した彼女が確かにいたのだということを感じ、
一人の巫女が日本一の舞手になるまでの人生に思いをはせた。
道を抜けた先にある日本海は景勝地として有名な場所だったらしく
車を止めた観光客がまばらに集まっていた。
とめどなく波の音が聞こえてきて、とても癒された。
しばらく休んだのちに、京都へと向かった。
道はすいており、スムーズにたどり着くことができた。
祇園についたころには日が暮れていたが、街を散歩するのはなかなか楽しかった。
十年前にガイコク人向けの観光ガイドボランティアで清水寺へ行ったことがある。
ガイドを通して実際的な英語力を身につけるという目論見だったが、
その当時は十組に一組ガイコク人が居るかどうかで、ガイド相手を見つけることが大変だった。
いまとなっては状況は逆転していて、GW真ん中の子供の日に祇園界隈を観光する
日本人はおらず、ほとんどが外国人だった。
ネオ・キョウトとでも呼ぶべき状況も不思議で興味深かった。
外貨が集まるという意味では良いことなのかもしれない。
でも、日本人のいない京都では趣を感じることができなかった。
夕ご飯は鴨川沿いのバーで魚をつまみにビールとワインを飲んだ。
ラガスカという白ワインの飲みやすさが度を過ぎており、恐怖を感じた。
鴨川沿いにはこじゃれた飲み屋がとてつもない数あって、
人と飲むには楽しそうだった。
あがりにおかるであまい狐うどんを食べた。
やっぱりおかるは最高だった。
祇園の置屋の街並みが綺麗だった。
いつか舞妓さんと遊んでみたい。
七日目
朝ごはんをスターバックスで済ませて
午前中に祇園を散策した。
ギオンとジオンが英語で書くと同じであることに驚いた。
この知識を披露する場はこの先もきっとないと思う。
八坂神社でお参りをし、裏から抜けて散歩がてらに
霊山幕末ミュージアムへ行った。
新撰組を中心とした展示がされていたが、
幕末年表の内容がとても衝撃的だった。
江戸末期、黒船来航と、外国籍船の各地での略奪行為が
繰り返される中で、侵略の危機は待ったなしの状況。
薩摩はイギリス撃退のために戦争を起こし、敗北する。
徳川将軍家は鉄鋼船の開発を急速に進め、戦争の準備を行うも
列強勢力の圧力と、それによる国内の動乱の波を抑えることができない。
国の為政者としてどの行動が正しいのか?
明治政府が正解であったかどうかも含めて疑問は多い。
反対勢力は殺しにくる。
殺したものはやがて殺される。
すさまじい時代。それがわずか数年で一気に衣替えをして
日本という国に生まれ変わる。
諸国列強としては、太平洋貿易のパスルートとしての日本が
魅力的であり、なんとしても手中に収めたかったはずだ。
それを跳ねのけて、侵略されなかったということは奇跡に等しい。
この凄まじい時代にはとても感銘を受けたし、
自分ならどうするだろうか、という仮想思考は楽しい。
この時代のことをもっと勉強してみたいし、小説にしたいと感じた。
でもたぶん司馬先生がとっくに作品にしているだろうから
まずはそれを読むところからだろう。
霊山で満足しきった僕は長野へ向かった。
天気はあいにくであり、期待した流れ星の写真は撮れそうになかった。
母への土産物をつめて送り、味噌カツを食べた。
味噌カツはNHK全国うまいもの名鑑に載ったらしい。
実際かなりうまかったのでこの名鑑は期待できる。
ホテルに入りインターネットをだらだらと見ながら眠りについた。
途中宇宙に死と永遠の命に関するマンガを読んでとても考えさせられた。
というか不安になった。
ゆっくりと息を吐き、心を落ち着けて眠りについた。
3時ごろに起きて空を見たが、星空はまったく見えなかった。
八日目
朝はしっかりと寝て、ホテルの朝食バイキングを食べて出かけた。
寄り道はせず、まっすく尾瀬に向かった。
尾瀬周辺に入ってからは、300頭が一連となった鯉のぼりの写真をとったりしつつ
のどかなドライブを楽しんだ。
夕方に時間が余ったので温泉に入った。
5時頃に旅館にはいった。
親切な店主だった。
水芭蕉のライトアップを楽しみにしていたが、店主からはそんなことよりも
尾瀬まで歩けと勧められた。
雪が少なかったこともあり、例年よりも一か月も水芭蕉のシーズンが早いらしい。
客のいないGWに水芭蕉が満開になるのは珍しいそうだ。
助言にしたがって、明日は朝から歩いて水芭蕉を見に行ってみようと思う。
夜中に星空を撮影した。
北東の空は暗かったが雲が多く、南西の空は明るすぎた。
ロケハンは重要だ。また、露光は明るすぎる方がちょうど良い模様。
カメラのディスプレイで良いと思った絵面はあくまでも暗闇で見ているので
持ち帰ってみるといまいちパッとしない。
ディスプレイ映えさせようとすると、もっともっと明るくしないといけない。
九日目
七時に朝食
八時に鳩待峠駐車場
2500円払って車を停め、入場
空はうんざりするほど晴れていた
山は朝に晴れるものだと知った。四国カルストもそうだった。
一時間歩いて湿原へ。
水芭蕉が咲いていた。これは良い、と思った写真のいくつかは露出過剰になっていた。
露出の調整はやっぱり難しい。
被写体を何にするかよく考える
一つの物をとる場合は、そのもののどこに着目して
何を伝えたいのか。
二つの物をいれる場合は、二つの関係性や物語を考えて
伝え方を考える。
物語性のある写真は自分でも好きになりやすい。
雰囲気をよくするだけではつまらない。脚色の仕方にすぐに飽きてしまうから。
振り返ってみると長いゴールデンウイークだった。
やっぱり一人旅が好きだ。
考えたり、写真を撮ったりしながら、様々な景色を見に行く時間が
病んだ心を癒してくれる。
美しい景色が見たい。
いつか見る走馬燈が綺麗であるように。




