婚約破棄兼婚約発表の現場で人違いですと叫ぶ私
「キララ・オブシナイト男爵令嬢に対する数々の嫌がらせ、その腐った性根にはもう耐えられない! お前とはここで、我がカイル・オストリッチ・ダイヤモンドの名にかけて婚約を破棄する! マドレイン・エメラルド公爵令嬢!! そして、このキララ・オブシナイト男爵令嬢との婚約を発表する! 異議のある者はいるか?!」
金の若様の言葉に辺りはシンとなります。
僅かに流れていた楽団の曲すら止まっています。
憤慨する金の若様の後ろには銀の若様、赤の若様、茶の若様の同じような気配を感じます。
そして金の若様の前にいて糾弾されている赤いドレスを見事に着こなした黒髪の美しいお嬢様。
私はそっと彼らから離れたかったのですが、残念ながら金の若様に手を握られていて、離れることはかないませんでした。
「異議があります。私はキララ・オブシナイト男爵令嬢ではございません。ルビー侯爵夫人のアスタルテ・ピジョンですわ」
若様方は驚いて私の顔を凝視しますがいくら見られても私は私です。
他の方々も金の若様が手を握っている私から異議が唱えられるとは思ってもいなかったようですわ。
そして意図せずに会場中の視線を独占してしまいました。
「そんな!! この髪の色。この赤い色、この顔がキララ以外いる筈がない。いや、いたとしてもここにいる筈はない」
「手をお離し頂けませんか、金の若様」
「!!」
私は紹介もして頂いていないので金の若様のお名前も素性も存じ上げません。金の若様だけでなく、銀の若様も赤の若様も、茶の若様も、この舞踏会会場にいるすべての者に言えることですが。
金の若様はわかって下さったようですわ。
他の若様方も不承不承と言うより、金の若様同様信じられないという顔をしてますわね。
この方々、貴族しか参加できない王宮の舞踏会に私も参加している筈がないとお考えなんでしょう。
よろしくてよ、喧嘩は買わせて頂きますわ。
ああ、それにしても気持ち悪い。
私は金の若様に握られていた手をさり気なく手袋を付けたまま撫でます。
本当は洗いたいぐらいですが、今は夫と合流するのが先です。
「カイル様~! あ~、やっと見つけました~!」
私とよく似たどころか双子のようにそっくりな赤毛の令嬢が青い髪の精悍な美男の手を引いてやって来ます。
強引に手を引かれるという無作法に、振り払うという無作法で返せない夫は怒りのあまり無表情になっていました。
「ご機嫌麗しゅう。カイル殿下、このご令嬢は殿下の既知のご令嬢でしょうか?(こちとら全然機嫌が良くないわ! この無礼な小娘の飼い主はお前か、カイル!)」
疑問形な割には副音声は断定形ですのね、ブラッド。
ピジョンという家名とは正反対にブラッドは非常に好戦的で歩く人型災害です。
魔人の異名は伊達ではありません。
10代にして様々な凶悪な魔獣を倒し、幾つもの国から報奨やら爵位やら領地を貰って自らの力で侯爵の地位を手に入れただけあります。
それにしても無作法さをあんなに抑えてくれるなんて、涙ものですわ。
思わず私は落涙してしましました。
「アスタルテ! やっぱり、こんなところにいたのか?! そうだと思ったんだよ。お前の代わりにお前そっくりなのがいて、お前は間違って連れて行かれたと思ったんだがその通りだったな」
ブラッドは赤毛の令嬢を振り払い、私を抱き締めます。
もう、淑女を振り払うわ、こんな人目のあるところで妻とはいえ淑女に抱き締めるなんて無作法にもほどがありますわ!
・・・許して差し上げますけど。
私が涙を流したことにも気付いておりませんが、ブラッドならよろしくてよ。
「ブラッド、もう帰りたいわ。もう、こんなところに居たくありませんわ。お嬢様もそうでしょう?」
私は糾弾されていた黒髪のお嬢様に手を差し伸べましたわ。
それは人間として当然のことをしたまでです。
黒髪のお嬢様は躊躇いがちに私の手を取りました。
それはそうですわね。
自分の婚約者の恋人の座に収まっている泥棒猫と瓜二つの外見の女性の手など取りたくありませんものね。
それに敵か味方かわかりませんもの、気乗り致しませんよね。
「ええ」
私は黒髪のお嬢様の手を逃さないようにしっかり握ると、夫にエスコートされて舞踏会の会場を後にしました。
「では、カイル殿下。私達ルビー侯爵夫妻とエメラルド公爵令嬢マドレインは退出させて頂きます」
夫は有無を言わせぬ獰猛な笑みを浮かべて退出の挨拶を致しました。
流石だわ、ブラッド。
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私たちは王城にあるエメラルド公爵(黒髪のお嬢様の父君)の部屋にお邪魔致しました。
黒髪のお嬢様も父親に与えられた部屋なので安心なさったようです。
紐を引いて侍従を呼び、軽食と飲み物の指示を出した後、エメラルド公爵御一家が姿を見せました。
「丁度良いところに来て下さいました。私はルビー侯爵ブラッド・ピジョンの妻アスタルテと申します。お嬢様のおかげで、殿下の手から解放される機会を頂けて感謝しております」
ええ。本当に。
喧嘩は倍返しが基本です。
今までの分、すべてお返しいたしますわ、金の若様。
「エメラルド公爵セルリアン・ターコイズだ。これは妻のタリンと嫡男のキャメル。あと殿下の側にいた銀の髪の青年が次男のベリル。娘が本当に世話になった。あのまま衆目の中で中傷されるしか無いかと思うとゾッとする光景だ。近寄りたくても遅々として進まなんでな」
「いいえ。そんなふうにご自分を責めないで下さい。悪いのはあの方々なのですから」
エメラルド公爵が急いでも、実際にあの場にたどり着いたのは夫ブラッドのほうが早かったのは変わりませんもの。
そう、悪いのはあの若様方のほう。
「しかし――」
「婚約者がいて、恋人がいて、そして愛人がいるほうが悪く無い理由ってありませんこと?」
「愛人?! 殿下にはオブシナイト男爵令嬢という歴とした恋人が・・・、いや、マドレインという婚約者がいるのに愛人ではなく恋人を作るのが間違っているかもしれないが・・・」
「ええ。そうですわね。恋人は愛人に。それが定説ですわね」
「しかし、何故、侯爵夫人のあなたが殿下のそんなことをご存知なのかな? それどころかルビー侯爵の婚姻も初耳なんだが・・・?」
「妻はこの容姿のせいで高級娼婦だった。殿下とその取り巻きたちのお気に入りの」
娼館では身分の高い方の素性は知らされず、殿様とか若様とお呼びしておりました。
素性については何となく推測がついていましたが、素知らぬ振りをするのがルールでしたわ。
「!!」
エメラルド公爵御一家のご婦人方は衝撃のあまりよろめいてしまわれました。
殿方のほうも顔色を失って、嘘ではないかと私の顔を観察されます。
あんまり見ないで頂きたいわ。
「私は元々、田舎の村娘でしたがここのところの作物の不作で娼館に売られましたの。そこでオブシナイト男爵令嬢の取り巻きが気付き、馴染客になって頂いて高級娼婦になりました。四人の方々に身代わりで買われていた為に、本物のことはとても興味ございましたが――」
私は溜め息を吐くしかありませんでした。
あんな人物の身代わりに買われていたかと思うと溜め息しか出ません。
そこをグッと堪え、
「昨日、夫に身請けされてそのまま婚姻を結び、今ではルビー公爵夫人アスタルテですわ」
私が笑顔を浮かべると、夫が髪を優しく撫でてくれましたわ。
「アスタルテが高級娼婦になってそれに相応しい言葉遣いや礼儀作法などの教養を身に付けたのに、あの小娘はその間、何も努力していないかと思うと腹が立ってくるな」
「ブラッド・・・。でも、あなたが動くと焦土になったり、山がなくならない? 川が干上がらない?」
「焦土になろうが、山がなくなろうが、川が干上がろうがいいじゃないか、アスタルテ」
「それであなたが責められるのが辛くてよ。ただでさえ、高級娼婦の私を娶ったばっかりに・・・」
「気にするな、アスタルテ。俺は元々庶民だ。庶民にゃ、身分は関係ない」
「ブラッド・・・」
私たち夫婦が見つめ合っていると、エメラルド公爵は咳払いをして注意を促しました。
「ルビー侯爵の代わりには私が動こう。貴殿が動くと奥方の言う通り洒落にならん」
エメラルド公爵がやる気になったようですわよ、若様方。
許可無く淑女に触れた罪は重くてよ?
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オブシナイト男爵令嬢の取り巻きと婚約していた令嬢たちは、エメラルド公爵とブラッドの支援で次々と婚約破棄していきました。
ええ、それはすんなりと。
オブシナイト男爵令嬢の取り巻きの下半身事情は熟知していますから。
そのせいで私は悪役の立場のようですが、流石に恋人とそっくりの容姿を持つルビー侯爵夫人に若様方も何もできません。
なにせ夫はブラッドですから、私に何か危害を加えれば国単位で何か起こされかねませんもの。
ある夜、夢を見ました。
私はまだ高級娼婦で身代わりとして買われる日々。
そんな日々の中で、オブシナイト男爵令嬢の化けの皮が剥がれるのです。
そして私は若様方に身請けされて幸せに暮らすのです。
私は恐怖のあまり飛び起きてしまいました。
何という悪夢でしょう!
あの方々に囲われるのも娶られるのも御免被ります。
手に入るものを手に入れず、似たもので我慢するのはわかりますが、私はそんな我慢される対象でしたのよ?
手に入れようとしてしっかり振られて、それで私なら手に入れられるからと妥協されるなら兎も角・・・。
「オブシナイト男爵令嬢。貴女より歳下のルビー侯爵夫人ができることが何故できないんです?」
エメラルド公爵夫人を筆頭に(王妃様は忙しいのでエメラルド公爵夫人に委任しました)オブシナイト男爵令嬢の取り巻きの母親や親戚のご婦人方が、今日もオブシナイト男爵令嬢の言葉遣いから礼儀作法を教え込んでいるのが聞こえてきます。
聞こえてくるのも同じ部屋なので仕方ないですわね。
「だって~、ルビー侯爵夫人は高級娼婦だったんでしょ~。私とは違うもん」
「ルビー侯爵夫人は元は村娘。貴女は男爵令嬢。確かに違う筈ですわね。それに高級娼婦だったのはオブシナイト男爵令嬢が殿下やベリル様方と仲良くなさっていてから。その間、貴女は何をしていたのかしら?」
オブシナイト男爵令嬢の高位貴族夫人としての花嫁教育はまだまだ前途多難のようですわ。
王妃教育に進むまでに何年かかることやら・・・。
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そうこうしているうちに、オブシナイト男爵令嬢の取り巻きには何人か庶子ができたり、別の令嬢を娶ることになりましたの。
若様方も強情は張ったようですが、あれから何年経ったことやら・・・。
25歳を越えてもまだオブシナイト男爵令嬢の言葉遣いと礼儀作法は高位貴族夫人レベルには達しませんでした。
もう、諦めるしか無いレベルです。
本人にやる気がないのですから。
そしてオブシナイト男爵令嬢が30を数える頃には、若様方は皆、既婚者になってしまわれました。
オブシナイト男爵令嬢の人生は何だったのでしょうか?
私にはその意味が微塵もわかりません。
若いころに王侯貴族の超エリートにもてはやされるだけの人生?
一番遅くに婚姻を結ばれたベリル様は、それはもう奥方に一目惚れしたそうです。しかし、その頃の奥方は結婚年齢に至っていなかったので、それを待っての婚姻だったと記憶しております。
ええ、よ~く。
死ね! このロリコンめ!
エメラルド公爵御一家と親しくしていたことが裏目に出た出来事でした。
こうして、私とブラッドの初子は慣れ親しんだエメラルド公爵家に嫁いでいきました。
初めのプロットはヒロインが悪夢だと判断した内容w。その話だったら、ドアマットヒロインだったのに・・・。