表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗光聖闇  作者: 花ゆき
7/8

7 聖なる闇

 一週間後、日本に戻る儀式のために紳士とリーザさんが来た。リーザさんは迷いなく長くのばしていた髪を切った。


「黒をもつ者はこの世界では魔力をもつの。黒髪はいい媒体になるのよ」


 切った髪を火にかけて、何か液体の入った瓶を使って陣を書いていく。書き終わると真ん中に立つように言われた。

 もう最後なんだ。屋敷の皆に挨拶できたけれど、気になってしまうのは一人。

 振り返るとゼノンが顔を歪めて私を見ていた。私は彼の手を握って、陣に入るために手を離した。


「ゼノン、どうか幸せに」

「カナミも幸せに」


 本当はお互い分かっている。こんなに大切な人は二度と会えない。それでも住む世界が違う二人は別々の道を選んだ。



 私は光に包まれ、気がつけば世界史の授業に戻っていた。伸びていた髪も元に戻っている。あの世界の痕跡がない。私は壊れてしまったのか、涙が止まらなかった。突然泣き出した生徒に先生は戸惑っていた。

 今だけは泣かせてほしい。あんなに好きな人いない。もう会えないんだ。覚悟していたけれど胸の痛みは正直に訴えてきた。




 それから私は勉強に打ち込むようになった。腕っぷしの強くない私にとって、手にすることができる強さは勉強だったからだ。私は彼とした強くなる約束のために力を尽くした。


 一年後、私は三年になり進学クラスに進んだ。あの世界のことはすっかり遠くなったけれど、今も胸に炎が灯っている。


 オープンキャンパスで大学を見学しに行った時、私は信じ難いものを見た。彼がいた。

 異世界の頃と髪色が違うけれど私が間違えるはずがない。本来の髪の色で大学に通っている。現代の衣服に身を包んでいても、彼はどことなく品が良くて浮いていた。

 ちょうど昼食らしく、食堂に向かう彼を捕まえた。


「ゼノンでしょ!」

「うわっ、カナミ? どうしてここに」

「それはこっちのセリフだってば」


 私が攻めるように詰め寄るとゼノンはようやく息をついて、語ってくれた。


「俺はリーザの血や溜め込んでた魔法アイテムでこちらにきたんだ。カナミを知って、もう誰も愛せないと分かったから。屋敷の皆も背中を押してくれてな」

「あ、愛!?」


 彼はこんな真っ直ぐな表現をする人だっただろうか。いつも斜に構えて、皮肉ったような物言いをしていた彼が今真摯に私を見つめている。

 そこで原因に思い当たった。私だ。彼を私が変えたのだ。それほどのものを彼に残せたのだと思うと、胸の奥から喜びが湧いてきた。


「別れの時にどうしても言えなかった言葉を言わせてくれ。カナミが好きだ」

「そんなの私もだってば! バカ! ……好きだよ」


 思わぬ再会に涙が溢れる。別れた時にあんなに泣いたのに不思議だ。あの時言えなかった言葉を交わす。やっと好きだと言えた。


「こっちに来たら、一番に私のところにきなさいよ」

「俺はこの世界の強さをまだ手にしていないから」

「何それ。そんなことのために会わなかったの? ゼノンの強さって大学を卒業したら? 就職して出世したら? 私はすぐに会いたかったよ」


 彼の顔を覗き込んで、激情に任せて攻める。怒っているのに目に薄い膜ができて、とうとう溢れてしまった。ゼノンと再会してから感情が壊れてしまったみたいだ。

 彼は気まずそうに視線をそらし、向き直って涙を拭う。


「すまない。……カナミが忘れていたらと思えば怖かったんだ」

「あんなこと忘れられるはずがない」

「俺もだ。俺はお前がいなくなって、辛気臭い顔ばかりしていたらしい。妻とは別れたよ。今は執事とクリスティーナが領地を運営してる。屋敷のみんなと紳士とリーザが送り出してくれたんだ。感謝してる」


 彼が私を選んだ。その事実は重く、甘い味がした。


「たまにはあっちに帰って顔見せてくれってさ」

「え、帰れないんじゃなかったの?」

「黒髪の魔女が二人いれば可能だ。俺は結局何も捨てずにお前を手に入れにきたんだよ。俺のものになってくれないか?」

「なーんだ! 心配して損した!」

「お前、その言い方は――」

「よろこんで。その代わり、ゼノンは私のものだからね」

「当たり前」


 異世界に行った最初の頃は俺のものになれだなんて言われていた。そんな日が遠い昔になって、彼は私に恋をして、懇願するようになって。ああ、未来って分からないものだ。黒が不吉だと誰が決めたのだろう。私はこんなに幸せなのに。


 彼は自らを偽っていた。そんな彼を救ったのは黒目黒髪の少女だ。彼女は彼の苦しみを抱いて、夜の闇の中歌った。彼はそんな彼女に心を開いていき、恋をした。彼にとって闇こそが聖なる揺り籠だったのだ。





完結しました。

次はリーザ視点の話です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ