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暗光聖闇  作者: 花ゆき
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4 胸に触れる音色

 次の朝早く。ゼノン付きの執事の元へガウンを返しに行った。


「あの、これ貸してくれてありがとう」

「いいえ、これは私のものではありませんからいいんですよ」


 私は誰の物だろうと思って、彼を見上げる。彼は苦笑する。


「ゼノン様は冷めた方です。一夜を共に過ごす女性なんていないのですよ。ぜいぜい深夜までですね。ですからクリスティーナ様はよく、ゼノン様が帰られた後、貴方と会ったあの場所でよく星を見ていらっしゃいます。翌朝体調を崩されることが多いので、こちらでガウンを用意するようになったんですよ。いつもはあの方が使われていましたが、今回は貴方に役立ちましたね」


 謎が浮ぶ。私が始めてきた夜のこと。彼の話だと、変だ。そしてクリスティーナ様の言葉を思い出す。

 ――どうしてあの人のガウンを着ているの?

 このことだったのか。触れてはいけないものに触れてしまったんだと、後悔する。


「あなたは、クリスティーナ様のこと好きなの?」

「簡単に言葉にするのは幼さからですか? ここは屋敷ですよ」


 ゼノンの屋敷。クリスティーナはゼノンの側室。だから口にすることも許されないのだと、彼は言っている。彼は少し考え、回りに視線をめぐらせた後、私を引き寄せた。そして私の耳に口を寄せる。


「私は見守ることで、彼女への愛を捧げます。そう決めています」


 悲しいけれど土台のある、まっすぐな想い。なんて切ないのだろう。

 彼は私を放して微笑む。私はそんな彼が心配になった。安心させるように私の手をとって包む彼は、心の強い人だ。


「だいじょうぶですよ。ところで、私の名前はカイと言います。次からそう呼んでください。あなたの名前はゼノン様が聞いた後で聞きますからね」


 何それ。まるで私とゼノンが何かあるみたいな言い方じゃない!

 そう思っても口は思うように動かず、金魚のようにパクパクと動くだけ。私の反応を楽しんで、カイは去って行った。




「おい」


 いつになく低音の声が後頭部から降ってくる。嫌な予感しかしない。固まっていると、後ろから肩に手を回され、拘束される。


「お前はカイに何をしたんだ? 屋敷内恋愛とはいいご身分だな」


 壁に叩きつけられ、両腕を上に縛り上げられる。逃れられない、絶対的な力に私は歯を食いしばる。何で私がそんなこと言われなきゃいけないの!? 手首にくる痛みに涙をこらえながら、ゼノンを睨み上げる。


「何だその目は。さっきはカイのことをあんな目で見ていたのに――」


 そう言った後、苦虫を噛み潰したような顔で離れる。ゼノンの向けた背中はいつもより少し小さく見えた。私は思わず手を伸ばしかける。


「今のこと、忘れろ」


 びくりとして、手を引っ込める。私は何をしようとしていたんだろう。ゼノンはどうしたのだろうか。




 私はその日以来ゼノンの行動、表情を目で追うようになってしまった。あの日の理由が知りたいからだと、自分に言い訳をしながら。


 あの日から、ゼノンのすべてが気になりだした。そのせいで、知らなくてもいいことばかり知ってしまう。


 クリスティーナ様は美しい方で、だからこそこの屋敷で覇権を握っている。けれど、そのクリスティーナ様に対するエレン様が一番の位の側室で。屋敷は二派に分かれているのだ。


「今日は月が綺麗ね。ゼノン様もきっと見ているのでしょう」


 クリスティーナは細い自らの腕を抱く。爪が肌に食い込んでいく。


「ゼノン様を知るのは私だけでいいのに」


 私は水差しを取り換え、退室した。廊下を歩いていると、肌寒い夜風が吹く。空には故郷と同じ月。かすむ空に、私は涙をぬぐう。何か、風に乗って聞こえてくる。音の方向に向かうと庭園に出た。近づくほどハープの音だと分かる。その音の主は――ゼノンだった。私は前ほどゼノンに抵抗がなくなっていたので、曲を静かに聴き続けた。


「どうだ? なかなかのものだろう?」

「何それ。自画自賛?」

「そうだな。これで飯を食ってきたからな」


 こんな屋敷をかまえるゼノンから想像できない言葉を聞いた。


「俺は親に捨てられた。だから何もかもを武器にして生きてきた。こんな満月の夜は、昔を思い出す。あのヒトに請われてよく弾いた」


 彼がもう一度鳴らしたのは悲しい音色だった。

 どうして、抱きしめたいと思ったのだろう。そして、初めて出会った時の言葉は優しさからくるものだったのではないかと思うようになった。自分の経験から言った言葉ではないか、と。


 彼は多くの側室をかかえながらも、さびしい人だった。冷え切っているだろう体を温めてあげたくて、けれど拒絶が怖かった。


「月の出る日、とくに満月は弾いてる。だから気を紛らわしたいときは来いよ」


 今日の音は私のため――。胸が苦しくて、その場から逃げだした。





 あれからも、故郷を思わない日はなかった。けれども、そのたびにどこからかハープの音が聞こえてきて、慰められる。私はゼノンに好感をもつようになっていった。そんな自分に驚きがらも、変わっていくことが嫌ではなかった。問題は新しくできたけれども。



 クリスティーナは美しい髪をもつ。そのため下女である私は手入れに気をつかう。


「今日はどのような髪型になさいますか」

「四日前の髪型にしてちょうだい。ゼノン様がほめてくれたの」

「はい、かしこまりました」


 仕事に慣れてきた私は、髪結いも任せてもらえるようになった。手は黙々と髪を束ねていく。編みこんで、リボンと飾りをつける。その傍らで、ゼノンのことを聞き、平静でいられない自分に気がついたのだ。いつもさびしい時、故郷を思い出した時、ハープの音が慰めてくれた。だからだろう。ゼノンはクリスティーナ様のものなのに、どうして悲しいの。胸がつかまれたように痛い。




 その日の昼。クリスティーナ様の昼食が終わり、皿などを運んでいた。食堂へ台を押していく。


「おい」


 いつもながら不遜な声が後ろからかかった。振り向かなくても誰だかわかる。


「おい、聞こえていないのか」


 先ほどまで私を悩ましていた人物は、腕組みをして見下ろしていた。後ろに執事のカイがいる。



「私は“おい”なんて名前じゃないわ」

「ゼノン様、いい加減お名前をお名前を尋ねてはいかかです」

「必要ない」


 ゼノンの言葉に内心頭にきながらも、自分の仕事をするために食堂へ踏み出す。だが、ゼノンが前に回る。


「邪魔。ひくわよ」


 半目で一瞥する。しかしゼノンは踏み出して、私の顔を覗き込んだ。紫の魅惑的な瞳が私を一瞬で縫いつける。


「大丈夫そうだな」


 その一言で、何の事だかわかってしまった。今日ハープの音色は響かないだろう。私の、顔色を見てくれていたなんて。不器用な人。そこが愛しく思えた時点で、私は後戻りできない場所まで来ているのだろう。負けた気分がした。


 ゼノンには多くの側室がいる。そんな人を好きになるなんてバカだ。この気持ちがふくらまないようにしなければ。いつかなくなるように。


「あんたに心配してもらわなくて結構」

「かわいくない女」

「どういたしまして」


 ありがとうなんて言えるはずがなくて、つっけんどんに言葉を返す。ゼノンは快活に笑って、そんな私の頭をくしゃりとなでる。そこにカイの補佐が現れた。なぜか顔は真っ青だ。


「リーザ様がいらっしゃいました」


 私を撫でていた手から、力が抜けた。

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