ノンストレス依存症
車を走らせながらトーリは疑問を抱いた。
「ねぇ、その『渋滞探知機』で渋滞の状況が分かるとしてだよ。目的地までの所要時間が分かってしまったらイライラしないんじゃ?」
レインは「くすっ」と笑った。
「それでも渋滞は嫌でしょ、誰でも。アクセルとブレーキを何度も踏み変えなければならないしね。まあ、今回は二人だし話もできるからストレスは軽い方だよね。
なので、あなたには着時間は教えないわ」
「ふふふ。だって、そこにあれば僕にも画面は見れるよ」
レインは画面をタッチして「ピッピッ」と操作する。
「画面見れる?」
「うん。見れるよ」
「着時間は?」
画面を見ると着時間の表示はない。
(なんだ。表示項目を変えられるのか。まあ、レインとのデートだしストレスなんてないや)
そんなトーリの思考を読んだようにレインが、また「くすりっ」と笑う。
「あのね、ここにはきちんと着時間は表示されているわ。二つ先の出口で降りるけれど、そこまでの所要時間は二十四分三十秒!」
「えっ!僕からは見えないけれど!?」
「特定の人にしか見えないような仕組みなのよ。詳しいシステムは良く分からないけれどね」
やはり佐竹優介という発明家は凄いとトーリも認めざるを得ない。
それと同時に少しいじわるな考えが頭に浮かぶ。
「ということは十一時二十分丁度にインター出口ということだね?」
「ええ、そうよ」
トーリはわざと着時間を遅らせてやろうと考える。ちょうど尿意を催していたのだ。
「ごめん。トイレに行きたいんだ。悪いけれど次のサービスエリアに寄るから」
「あ、私もトイレに行きたいわ」
(これで着時間はずれる。大体、計算通りに行く訳がない。人の動きを全て計算に入れるなんてできっこないのさ)
二人はサービスエリアに立ち寄り、用を済ませた。女性用のトイレは混雑していたらしく時間がかかった。ともあれ、再び車を走らせた。
「な、なんで!?」
トーリは時計を見ながら呟く。途中でサービスエリアに寄ったにも関わらずに、インターを降りた時の時間は十一時二十分丁度だった。
「あははっ。ね、すごいでしょう!?」
レインは上機嫌だった。トーリは悔しかったが、それ以上に探知機のシステムの仕組みが気になった。ちょっと思案したところで諦めたのだが。
「さあ、これからが本番ね。実は軽井沢の別荘にあなたのお姉さんが一人で待っているわ」
「え~っ!? ね、姉さんが!? 」
トーリは姉に弱い。母親が早く亡くなったトーリには姉は母のような存在であった。姉はトーリをとても厳しく躾けたのであった。
「お姉さんには『なるべく早く伺いますから』と言ってあるわ。お姉さんの予想した時間より遅くなるとトーリの学生時代の秘密を一つづつ教えてくれるそうよ。ふふふっ」
「!!!!」
こうしてトーリはプレッシャーを与えられてしまった。学生時代の秘密とは何なのだろうかと気になって仕方がない。ともあれトーリは車を飛ばすのであった(もちろん制限速度は守ります)。
トーリははじめはストレスを感じ少々いらついた。トーリの座るシートが「こきっこきっ」と小さな音を立てる。また、どこからか「すう~っ」と風が吹きトーリを包む。
「トーリ? 大丈夫? 」
急に落ち着いた表情になったトーリを訝しみレインが尋ねた。
「うん? ああ、大丈夫だよ。まあ、渋滞は仕方ないからね。姉さんには申し訳ないけど待っていてもらうしかないよね」
(先生、すごいです! トーリのストレスは見事に無くなっていますわ。それどころか気持ちよさそうに見えるわ)
結局、トーリはノンストレスで目的地である別荘に着いた。
「ああ、気持ちの良いドライブだった」
ひどい渋滞に巻き込まれた者のセリフとは思えない口ぶりだ。
別荘ではトーリの学生時代の恥部を二つ暴露された。トーリを除いたレインとトーリの姉はひとしきり楽しい時を過ごしたのであった。
「ああ、楽しい時間だったわ。先生の発明の実験も良い結果だったし、そろそろ帰りましょう」
こうしてトーリとレインは帰途に着いたのであった。ちなみにトーリの姉はあと二日ほど別荘に滞在するそうだ。
研究所への帰途へついたトーリとレインであったが、トーリの様子がおかしい。
「レイン、渋滞へ嵌るにはどの道がいいのかな?」
「えっ? もう渋滞を気にする事はないのよ。空いている道を探すわ」
「いや、もう少し実験しよう。とにかく渋滞のひどい道を教えてよ」
(いつになく実験に熱心ね。それはいいことだけれど、何かおかしいわ)
そう思いながらも、トーリの言う渋滞のひどい道を教える。
結局、佐竹優介の「渋滞のストレスを無くす発明」は実用化が断念された。
あの日、トーリは車を降りようとはせずに、ひたすら渋滞を求め走り続けようとしたのである。サービスエリアで休憩している所を無理やりに押さえつけれて確保されたのだ。
「いやだ~っ! 渋滞がいい~っ!」
と最後にトーリは訳のわからない事を叫んだのであった。
佐竹優介の「ストレスを無くす発明」は、現代社会に生きる者にとっては麻薬のような物だった。トーリは、ストレスが発生する状況になれば、ノンストレスに導かれて、その快楽が得られる事を知ったのだ。商品化されれば多くの「ノンストレス中毒者」が出る事が予想された。それ故に研究は中止、商品化も見送られた。
現在、ノンストレスの発明は開発チームにより改良されて、末期の癌患者用のアイテムとして一部で使用されている。
トーリは社会復帰まで二カ月を要したのであった。
佐竹優介……彼の発明は商品化されない。しかし、彼は発明を続けるのである。




