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バックラーの俺に青春なんてありえない。  作者: Io
バックラーとしての日常生活
5/5

俺が母親に学事報告なんてありえない

「ただいま……。はぁ……」

 自宅に到着した安堵感でドッと疲れが増す。リア充ならここで「今日もお疲れっ」的な達成感溢れる爽やかな気分になるのであろう。勿論、俺は嫌な疲労感が体に蓄積していくだけだが。


『明日の放課後、別校舎二階の一番東側の教室に行け』

 肉食獣(はらのせんせい)にそう命令されたのを想起し、(いや)が上にだる気と疲労が溜まる。そして、嫌な溜息が自然と漏れた。


 なんで俺が……。委員会とかいう集団組織なんて(バックラー)とは平行世界にいて、絶対に交わるはずのない人種じゃないか。

 ましてやクリーン運動とかいう慈悲的な無償の精神なんてありえない。

 これはバックラーの根本を狂わす大問題だ。……かといって、退学はできないからな。


(あれ……?)

 ふと足元を見ると見慣れない靴が脱ぎ捨てられていた。

 ……あ……そうだ。母さんだ。帰ってきたのか。

 俺はそのまま廊下を進み、リビングのドアを開けた。


「やめろって! 怒んぞっ! おい!」


「いいじゃないのぉ。未槻ちゃ~んこっち向いてぇ、ね?」

 視界に広がった光景はソファの上で嫌がる未槻を他所に無理矢理キスしようとする母だった。


「……」

 呆然と見尽くす俺。


「……おっ! 帰ってきてたのか。久しぶりだな斎槻ゆつき

 金髪のポニーテールを鮮やかに(なび)かせながら、母さんは微笑んだ。

 俺の母ーー下小坂久美子(しもおさか くみこ)は16歳で俺を産んでいるため、まだ31歳だ。

 そのせいか、まだだいぶ若く見える。といっても、息子という立ち位置から見てるため、美人だとかそうゆう美的概念は一切ないが。


「2ヶ月ぶりの再会がこんな光景とはね」


「嫉妬してんのかぁ? ほら、未槻ちゅわ~んっ」

 俺の方には見向きもせず、未槻にやたら構う。


「や、やめろ! ……しつこ……いぞっ……っ……うえぇんっ」

 泣き出す未槻。


「ほらほら、言わんこっちゃない……」

 やれやれと言った具合に俺は盛大に溜息を漏らした。


「未槻ちゃん泣かないで?……ほら、イギリスで買ってきたQUEENのグッズだよーん」

 そう言った母さんは伝説のロックバンド、"QUEEN"のオフィシャルブックを鞄から取り出した。


「あ……ありがと、ひっく……嬉しいぃ……っ」

 潤んだ瞳で喜んでから、にんまりと笑みが溢れた。

 未槻は生粋のQUEENファンだからな。さすがに現地限定のオフィシャルブック日本語版なんて代物を手にいれたら気が済んだようだ。

 それにしても、未槻の感情の起伏は尋常じゃなく激しいと実感する。ワイキキビーチのビックウェーブの比じゃないなこれは。


「ところで、斎槻。お前最近どうなんだ?」

 ソファから立ち上がり、台所の前に座った母さんは言った。


「急にどうなんだって言われても」


「ちゃんと三箇条を守ってんのか? ってことだよ」


「っ! あ、あれかっ……もちろん守ってるよ……っ!」

 言っていることに偽りがあるとつい焦り出してしまう。


「なら良いんだ。他に母さんから言うことはないな」

 おとといまでは学校に全く登校せず、したかと思えばひたすら授業放棄なんて口が裂けても言えなくなったな……。


「また行くの?」


「いーや、当分休みをもらってる。デザインもポンポン良いのが思い浮かぶわけじゃないしな」

 台所にある換気扇の雑音とともに母さんはタバコを吸い始めた。これもまた、母さんのイメージとタバコが合致する。これまじでどっかの姐御みたいだな。怖いったらなんの。



「……なるほど」

 "当分休暇"ということを聞いて悲しいやら恐いやら辛いやらの感情が心を渦巻く。

 もちろん、喜び嬉しさ楽しみのように個人的メリットがある感情なんて渦巻かないよ?


 母さんはファッションデザイナーをしている。

 本来は本拠地をロンドンとする為、イギリスに住みたいそうだが俺と未槻のために日本とイギリスを行き来する日々を送っているらしい。


「そういえば、お兄ちゃん久しぶりの学校どうだったの? 行く前"ニートピア"とかなんとか散々騒いで……」


「うおっほん! ごほん! おほん! えほん!」

 咳払いの音で未槻の言葉を掻き消す。


「……久しぶりの学校?」

 ギロリと目が据わる母さん。

 覇気と威圧感が尋常じゃない。やっぱり、この人は敵に回しちゃだめだな……。


「だ、だからっ……夏休み明けてから全然日が経ってないからまだ久しぶりなんだよ……っ!」


「あーそうゆうことか。イギリスの夏休みは日本より少し早めだからな。勘違いしてた、悪い」


「べ、別に構わないよ……っ」

 バクバクいってる心臓を抑えつつ、平静を装う。

 これは、あとで未槻をお菓子で買収しとく必要があるな。こいつ何が好きだっけ?チョコレートかな。スナック菓子かな。


「学校といえば、なんか変わったこととかないのか?聞かせてくれよ」


「え? 変わったことなんて特にな……あった」

 狂気の原野先生が脳裏をよぎり、つい口が滑ってしまった。……俺って本当に馬鹿野郎だね。


「……そうかっ! なんだ?」

 ないと言われると思っていたのだろう、母さんは少し驚いてから尋ねてきた。


「……うーんと、えっと……」

 本当のことを言おうか悩む。言ったら間違いなくサボれなくなる。

 退学せずにクリーン運動実行委員会を退会する方法を模索中なのだから、その可能性を淘汰したくない。


「ん?歯切れが悪いぞ。ちゃんと言ってくれ」

 こちらに耳を向けて聞いてきた。


「……うっ、あっ……ほ、保健委員会に入ったんだ……」

 白鷺高校の中では一番仕事なく、一番簡単と言われている委員会に入ったことにした。

 ……保健委員会の皆様大変申し訳ありません。


「え? なに委員会? 歯切れ悪くて聞き取れん」


「だから……」


「あ~、やっぱりかっこいいなぁQUEENって」

 オフィシャルブックを見ながらソファに寝そべっている未槻は呟いた。


 クイーンか……。絶対俺は好きにならないね。

 俺自身、ロックのようなハードボイルドの性格は一切持ち合わせておらんし、『やっぱり、洋楽だよな。邦楽はてんで駄目だ』なんて通ぶりたくもないからな。

 『邦楽<洋楽』というのは事実関係的には、そうかもしれないが大して詳しくもない陰キャラやKD(高校デビュー)がそう言ってるのを聞くと殺意が芽生える。

 さらに俺は自国の文化を誇りに思っている、言わば侍。日本男児だからな。……苦情は受け付けておりません。

 そういえば、なんかクイーンとクリーン運動実行委員会ってどことなく似てるな。

 ……いや、そうでもないか。


「だから?」

 母さんはタバコを左手に持ち替えて聞き返してきた。


「だからぁ! クリーン運動実行委員会!」


……ほえ?


 言ってしまったぁ!!! 未槻の馬鹿野郎!何故そこで呟いた!?

……いや、大馬鹿は俺の方だ。無意識にクリーン運動実行委員会のことを考えていたということかっ。悔しいぞ。悲しいぞ。……辛いぞ。

これなんて言い訳し……


「ほう。それは良い委員会だな! 頑張れっ」

健闘を祈る! というような表情をして母さんは右手親指を立てた。



「あ、あは……はは、は……」

益々、バックレられなくなったっ……。




一応これで『バックラーとしての日常編』は終わりですが、これからが本編といっても過言ではないので今後ともよろしくお願いします。

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