俺が授業を受けるなんてありえない。
「行ってきます。……っでもなぁ。母さん帰ってくるの明日だし、明日からでいんじゃね?」
激しい倦怠感とともにバックラー特有の衝動が俺の中で渦巻く。
玄関のドアノブを握っては離し、握っては離し、を繰り返してしまう。これは行くべきか……。否か。
「兄貴何してんの。早く行け……よっ!」
未槻に思いっきり足で押し出され、家から出てしまった。
「ちょ、おま、ちょっとまっ……」
ガチャ
……鍵閉められました。
下小坂家は五階建て団地の505号室に住んでいる。そのため、家を出るという行為だけで俺の体力はかなり消費されてしまうのだ。その第一関門が家から出る行為に至らなかった原因の一つでもある。
やっとの思いで団地の敷地内から出ると、かんかん照りの日光が俺を襲った。
久しぶりに家から出て、改めて思う。暑い。……とりあえず暑い。なんかもう、太陽とタイマン張りたくなるわ。ごめん嘘。
夏休みを挟んだとはいえ、2ヶ月ぶりの学校ともなると学校の人達はどんな反応してくるのだろう。どうせ騒がれるに違いない。
「え。 誰だよお前」かな。
いや、「このクラスにまだいたんだ」か。
はたまた、「よっ! 不登校!」なのか。
クラスメイト達のそうくるであろう反応を考え、吟味し、対処法のイメージトレーニングを繰り返す。
といっても、俺の通っている白鷺高校は自転車で20分程度の距離にあるため、大した対処法は思い浮かばない。
とりあえず、頭をフル回転させる。……だめだ。
新しい考えを見い出すため、視点を180度変えてみる。……だめだ。
よし、もう一度だ。……あれ? 元に戻っちゃった。
校門の『私立白鷺高校』という文字が視界に入った途端、焦燥感と恐怖心が入り混ざった嫌な気分になる。とてもやばい。なにがやばいかって?
とりあえず、やばい。
俺は究極に気配を消して校門をくぐった。
☆・☆・☆・☆・☆
(……ちょっと待てぇ!!)
二時間目の終了を告げるチャイムと同時に俺は心の中で叫んだ。
それも無理はない。
クラスメイト全員が2ヶ月ぶりに登校した俺のことを完全スルーなのだから。いや、これは気付かれてないというべきか……?
ねぇ、みんな俺にここにいるよ? たしかに究極に気配消したよ? でもさぁ、普通は視覚的に気付くじゃない。
ぼーっとしていたとはいえ、もう驚きと落胆で俺が二時間も授業受けちゃってるもん。
あんなに念入りに対処法を考えてたのが、すっごい恥ずかしい。……うん、すっごく。
「よーし、号令よろしくー」
からりと戸を開ける音とともに三時限目の担当教科の教師が教室に入ってきた。
……もう気付いてもらわなくていいや。
実際問題、俺としてもこっちの方が楽だし、ありがたいからね。
そうと決まれば、やることは一つ。この授業をいかにしてバックレようか……だ。
クラスを見渡すと授業が始まって早々、背もたれに寄り掛かり、腕を組んで居眠りをしている人達が続出していた。
(ふっ。馬鹿どもが……っ)
つい、嘲笑ってしまう。隠れて眠るくらいなら、いっそのこと公開すればいいのに。
授業中という状態において、俺には究極のバックレ方法がある。
ただ、この方法には一つ短所がある。
それはクラスメイト及び教師、その時教室にいるすべての人間に注目されてしまうこと。……しかし、俺はバックレる為の労は厭わない。
「先生。とても具合悪いので保健室に行ってきてよろしいでしょうか?」
俺は右手を挙手してから体調不良を訴えた。と、同時に一番後ろの席の俺にクラスメイト全員の視線が集まり、少しクラスがざわつく。
……やっと気付いたか、お前ら。あれ?こんな奴いたっけ?といったような表情なのが癪に障るが……。
「……あ、あぁ。わかった、行ってきなさい。」
教師から許可が出る。
やる気?何それ。何の木?
☆・☆・☆・☆・☆
ずっと保健室で寝てただけなのに、意外に疲れた……。2ヶ月ぶりの学校もようやく終わり、俺はそそくさに下駄箱へ向かった。
明日も保健室バックレ使えるかな? ……さすがに難しいよね。明日までに他の方法考えなきゃな。
「下小坂くん」
不意に後ろから声を掛けられた。
振り向くと、右手に出席簿を抱えた女性が立っていた。そう、他でもない俺の担任、英語科教師ーー原野知花である。
明るく脱色された可憐な長髪にスレンダーな体型、小ぶりでいて豊満なバスト。明らかに整っている顔の造形も含めて、万人受けは間違いない。
容姿だけで大方の賛同は得れるだろう。
「下小坂くんが久しぶりに学校来てくれて先生嬉しいなぁ」
「は、はぁ……」
「下小坂くん、電話出てくれないだもん。先生、何度も電話したんだよ?」
……俺、自分の部屋にしかいないから全く知らんぞ
「まぁ、過ぎたことはいいとして明日からもちゃんと来てよー?」
そう言って優しく微笑む原野先生。
さすが、生徒人気No.1教師。凄い人当たり良いのね。人気が出るわけだ。
「あっそうそう、下小坂くんさ、欠席日数と出席日数の兼ね合いと成績のことで話があるから、このあと職員室来てねっ」
「……わかりました。あとで行きます」
「それじゃあ、またあとでね!」
そう言って、原野先生はどこかへ行ってしまった。
……よし、帰ろ。え? 職員室? そんなもん知らんわ。




