エピローグ・1
ふと、目を覚ます。
焦点が合っていないのか、霞む視界に映ったのは白い天井だった。
回らない思考を何とか動かそうとしていると、横からドアの開く音と共に聞き覚えのある声がした。
「おや、気がついたのか。意外と早かったな」
「野杜神さん……?」
相手の名前を呼んだつもりだったが、声は擦れていて自分でも聞き取ることが出来なかった。
耀は辺りを見回し、ようやく自分の状況を少し把握する。
どうやら秋慈の家にあるベッドの一つに横たえられているらしい。
「ちょっと待っていろ」
そう言って桜花は一度戻り、コップに入った水を持ってくる。
受け取った水を一気に飲み干すと、確認すべき疑問が自然と口から出ていた。
「椚さんと、箕柳さんは?」
体を起こそうとすると、左腕に鋭い痛みが走った。思わず顔をしかめる。
「箕柳玖珠葉なら、隣の部屋で寝ているよ」
桜花はそう言って、壁の方へちらりと視線を向けた。
「それにしても驚いたな。何があったか訊くような野暮なことはしないが、まさか少年があのような状況で運んでくるとは思っていなかった。彼女の傷は大したことはない。じきに目覚めるだろう」
桜花がそこで言葉を切ったため、耀はもう一度尋ねなくてはならなかった。
「……椚さんは?」
その質問に、桜花は僅かな沈黙を挟む。
そしてあまり感情を込めていない声で半ば事務的に言い切った。
「秋慈は傷を癒すことは出来ても、死んだ人間を蘇らせるような真似は出来ない」
耀は胸に虚無感と不快感がない交ぜになったような感覚を覚えて言葉を失う。
「別に少年が気に病むようなことじゃない。形あるものはいつか必ず壊れる。本懐を賭して、あるべき結果に落ち着いただけだ」
「なんで……そんなに淡々と……!」
「ふむ。他人のことでそう感情を昂ぶらせることが出来るということは、私の火種も無駄ではなかったということか」
恵那のことを気にもかけない桜花の様子に、耀が憤りを覚えた瞬間、二人目の来訪者の声が響いた。
「あれ、羽柴さん。もう気付いたんですか?」
現れた少女の姿に、耀は思わず目を丸くして魅入ってしまう。
「え……え? な、なんですか?」
状況が飲み込めない恵那が耀と桜花を交互に見回す。
やがて、桜花が浮かべる意地の悪い笑みを見て察したのか、恵那は小さく眉をひそめて呆れた表情を見せた。
「何か大体分かった気はしますけど。また桜花さんの悪ふざけですか」
「悪ふざけとは心外だな。私は少年の成長具合を確認したかっただけだ。それに嘘はついていないぞ。秋慈が死者を蘇らせることは出来ないし、あれは本来の役目を終えて消えていったわけだからな」
桜花はそう言うと、薄く微笑んだまま部屋を出ようとして、
「それと、少年。ありがとう」
こちらを振り向くことなくそう呟いた。
耀はその言葉の真意を掴みかねながら、残された恵那を見てどこか違和感を覚えた。
「……どうしました?」
「あ、いや……って、髪下ろしてるんだね」
「あぁ、あの髪飾り……壊れちゃいましたしね」
恵那は髪を弄りながら少し寂しげに微笑んだ。
「でも、無事だったんだ。もう大丈夫なの?」
「あー……なんかですね……無事じゃなかったらしいんですけど、無事だったというか何と言うか……」
耀が首を傾げていると、恵那はとつとつと説明をしてくれた。
端的にまとめると、どうやらあの桜花がお守りとして渡していた髪飾りが身代わりになってくれたらしい。本人を守護する奇跡の髪飾りと桜花が言った通り、その身をもって所持者を守る貴重な品だったらしく、耀よりも傷が深かった恵那が既に動けるようになっているのはそのお陰らしい。
「なんか……すごい物もあったもんだね……」
「あはは、ですよね。でも本当に貴重な物だったみたいで、あんなもの二度と手に入らないって、桜花さんが少し残念そうにしてました」
不意に会話が途切れ、微妙な沈黙を挟んで恵那が小さく頭を下げた。
「ありがとうございます」
「え?」
「私だけだったら、今こうして、ここに居れたかどうかわかりませんし」
「……あの場にいて何もしなかったっていう、罪悪感を振り払いたかっただけだよ」
「きっかけや動機が何であっても、私が助けられたっていう事実は変わりませんよ」
恵那はそう言って微笑みを浮かべた。
再び沈黙が訪れる。
恵那と自分の二人では、ろくに話が続かない。
耀が内心苦笑していると、恵那がおずおずと口を開いた。
「あの……」
しかし、その後に続く言葉はなく、
「……いえ、すみません。やっぱりなんでもないです」
そう言って小さく首を振って見せた。
耀は、何となく玖珠葉に関することなのだろうと思ったが、特に訊き返すことはしなかった。




