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五月十一日・5

 秋慈は目を閉じたまま座席にもたれていた。

 ここ数日の出来事を思い返す。桜花の事といい恵那の事といい、随分と都合よく偶然が重なったものだ。あるいは偶然とはそういうものなのか、それとも必然だとでも言うのか。

 静寂の中に足音が響く。目を開けば前方からは先ほど外へ行った桜花の姿があった。

 桜花は車内に戻ると、片手に下げたビニール袋から缶コーヒーを取り出し差し出してきた。秋慈は一言礼を言いながらそれを受け取る。

「わざわざコンビニまで行ったのか」

「自動販売機が側にあるかどうか分からなかったのでね。まぁお陰で運命的な再会を果たしたよ」

「何だそれは……」

「少年に会った」

 秋慈は内心呆気に取られながら耀の姿を思い浮かべた。

 ――なるほど。確かにそれは運命的だ。

「で、人生の先輩は何か助言でもしてやったのか?」

「昔、私が言われたことをほぼそのまま口にしたな」

「それはご苦労なことだ」

 桜花が伝えたというその話の内容は以前聞いたことがあった。しかし、ただ言われるだけで状況を打破出来る人間であれば、そもそも助言の必要などないだろう。その話だけであの少年に大きな変化が生まれるとは思えない――目の前の彼女がそうだったように。

 秋慈のそんな内心を見越したのか、桜花は少し笑ったようだった。

「後は火種も渡してきたよ。……私がそうされたようにな」

「……何をしてきたんだ?」

「恵那のところへ行って貰うことにした」

 桜花の言葉に、秋慈は思わず眉を潜めていた。

「お前程ではないにしろ、あいつがその場に居合わせても、マイナスにこそなれプラスにはならないと思うんだが……」

 ついさっき桜花自身が、恵那と玖珠葉は一対一で会話をするべきだと言う旨の話をしていたはずだ。それなのに耀をけしかける意味が分からなかったが、桜花はそう思っていない様子だった。

「箕柳玖珠葉が、少年に対して好意を――関心を抱いているようでね。悪い方向に転がるとは限らないさ」

「……視たのか?」

 桜花の口にした内容を、あの少年が話すとは思えない。桜花が否定しない所を見ると、どうやら予想通りらしい。

 便利というか、理不尽な瞳だ。秋慈は運転席に座る桜花をバックミラー越しに眺める。右目を被う眼帯は、伊達や酔狂でつけているわけではないことを知っていた――もっとも、彼女の場合は好きで着けている可能性は高いが。

 自分が傷を癒すことが出来るのと同様に、桜花も特異な力を持っている。それは右目で視た空間に存在する感情や思考を、読み取ることが出来るというものだった。

 桜花の右目の視界に立っている人間は、表層的にも深層的にも言葉にしていないことまで読み取られることになる。

「しかし、そこまでしてやるとは随分と親切なことだな」

「別に、親切心というわけではないさ。他人事とは思えないからな。自分の中に熱量を持っていなければ、外に求めるしかないことは、残念ながら良く知っているのでね。……あるいは、手を伸ばしておくべきことがあると、知る機会でもあれば違ったのかもしれないが……」

 桜花はそう言うとどこか遠くを見る様子でフロントガラスを眺めた。

 ――あれはいつのことだったか。

 桜花の話を聞いていて、秋慈は似たような話を聞かされた覚えがあることを思い出した。

 何かをしようとするなら、それ相応のエネルギーが必要になる。それは人間の精神面に関しても同様だ。多くの場合、個々が抱えている変換効率に従ってエネルギーを利用する。自分が好きなことをやるに踏み切るのであれば、変換効率は限りなく良いだろうし、逆に嫌いなことに対してならば変換効率は悪くなる。だから嫌だと思っていることに手を着けるのは、好きなことに手を着けるよりも難しい。

 自身が抱えるそのエネルギーの総量が、変換効率の下限値を下回る場合、それは興味を示す対象にはならない。

 人の行動力や好みが変わるように、当然抱えるエネルギー総量や変換効率自体は個々の経験や体験によって変化していく。しかし、その変化にしてみても何かに触れることがなければ発生することはない。

 であれば、初期状態で八方塞である場合はどうすれば良いのか。

 人はきっかけさえあれば変わることが出来る。その事を秋慈は良く知っていた。

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