五月十日・4
秋穂が帰ってくると、恵那と一緒に食材を持って二階へと上がっていった。どうやら日常生活用の空間は二階にあるようで、料理も食事もそっちでするようだ。
耀が残された一階の部屋では、桜花が今しがた買ってきたらしい缶ビールを呷っている。
「それにしても……」
缶を片手で弄びながら、桜花がすっと耀を見た。
「少年が、箕柳玖珠葉と知り合いだったとはな。同じ大学の生徒とは言え、世間は意外に狭いものだ」
「知ってた訳じゃないんですね」
「ここに来る時にも言ったが、もし知っていたなら、あの夜出会った時に言っているさ」
桜花が缶に口を付けるのを見ながら、耀はついさっき恵那から聞いたことを思い返していた。
今日の桜花と玖珠葉の会話と、恵那の話を聞く限り、恵那がやろうとしていることを桜花が手伝う様子が見えなかった。二人は仕事をする上での仲間だと思っていたが、そうであるならわざわざ一人で事に当たらせる意味がないように思えた。
「……野杜神さんは、椚さんを手伝ったりはしないんですか?」
耀の言葉に桜花は興味深そうな視線を向ける。
「恵那の目的を聞いたのか? そんなことまで話すとは、ずいぶんとまぁ……余程第一印象が良かったと見えるな」
「第一印象が……?」
意味がわからず耀は思わず聞き返していた。
「心当たりが無いと言った様子だな。まぁ無理も無いかもしれないが……」
桜花の言う通り、耀には好意を持たれるような行動を取った記憶は全く無かった。初めて会ったのは犬について尋ねられた時だったか、その時の対応にしても到底良い印象を与えるものだとは思えない。
「恵那は人とコミュニケーションを取るのが苦手だ。だから自分へ関心を向けてくる人間を苦手にしている。恐らく、最初に会った時……あの駅で会った時か? あぁ、いや。それより前に一度会っているんだったか。まぁ何にしてもその時に、少年からはそう言った恵那に対する関心を感じなかったため、最初に抱く拒絶感が少なかったのだろう」
桜花はもう殆ど中身が残ってなさそうな缶をくるくると回し始めた。
「一般的に、初頭効果と言って、人間は最初に与えられた情報を記憶に残しやすい。対人認知に置いて、その初めに得た情報は極めて重要なものになる。特に恵那のように、コミュニケーションを苦手にしているにも関わらず――いや、だからこそか。人と接すること自体には飢えている人間にしてみれば、尚更だ」
そこまで言うと、桜花は思い出したように缶をぴたりと止めた。
「――と、話が逸れたか。私が恵那のやろうとしていることに手を貸すかという話だったな」
桜花は耀をじっと見つめると、ふと物憂げな笑みを浮かべた。
「恵那がやろうとしていることを止める気は無い。その気持ちが分からないでもないしな……」
耀は桜花の笑みの意味が分からないまま耳を傾けていた。
「だが、私は恵那を手伝う気は無い。と言うよりも、私には手伝うことが出来ないと言った方が正しいな」
「それは……どう言う……」
「単純な理由だよ。私がその舞台に上がる資格がないからだ」
「資格……?」
桜花は尋ねる耀の声に、目を閉じながら答えた。
「それについて知りたければ、恵那本人に聞いてくれ。私は人の過去を、自分の一存で話せる程、身勝手な振る舞いは出来ないのでね」
空になった缶を片手に桜花が立ち上がる。
「さてと、少しは秋穂達を手伝ってくるとしようか」
そして耀は桜花に促される形で二階へと向かうことになった。




