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五月八日・1

 桜花と恵那から話を聞いた次の日、耀はぼんやりと講義を受けていた。いつも集中して聴いているというわけではなかったが、今日は輪を掛けて講義内容が頭に入って来ていない。

 この大学で行方不明者と言われても、正直ぴんとくるものがない。そんなことがあれば噂話の一つもあって良さそうなものだ。

 講義が終わり緩慢な動作で移動の準備をしていると、遼平が声を掛けてきた。

「なんか何時にもましてぼーっとしてるな、寝不足か?」

「そういうわけじゃないんだけど……」

 耀はクリアケースに筆記用具をまとめ、遼平の顔をじっと眺める。

「何だ? 俺に見惚れるのはいいけど、そろそろ移動しようぜ。ってちょっと、耀さん。無言でため息だけつくのやめてくれません?」

 耀が立ち上がるのを見て、遼平が歩き出す。耀は横に並びながら何気なく尋ねてみることにした。遼平ならどこかで情報を耳にしているかもしれない。

「あのさ、うちの大学で最近行方不明者が出たって話、耳にしたことある?」

「は?」

 遼平が間の抜けたトーンで耀を見つめる。そして妙な間が開いた後、思い出すようにして虚空へ視線を放り投げた。

「大学来なくなったって話なら、先輩からとか聞くけどなぁ。って、それがぼーっとしてた原因?」

「まぁ……」

「行方不明者ねぇ……個人的な理由で大学に来なくなる奴は意外と居るのかもしんないけど。行方不明っつーとそう言うんじゃないんだよな、多分。って言うか、何、行方不明者出たの?」

「いや、知らないけど」

「なんじゃそら……」

 耀の言葉に遼平が呆れた表情を浮かべる。

「つーか、正直誰かの姿見なくなっても、何かあったんだろうなー程度で、行方不明者って認識されることなさそうだけどな。それこそ警察が捜査してたとか、そんなことでもない限り」

 言われて耀はふと気になった。

 確かに遼平の言うとおりに思える。連絡が途絶えたとしても、そのことが即行方不明という見識に繋がるかと問われれば首を傾げてしまう。ましてや大学生活であれば数日姿を消したところで休んでいる程度にしか思われないだろう。

 あの桜花と呼ばれていた眼帯の女性は何と言っていたか。四月下旬と五月の頭と言っていた気がする。四月下旬はさておき、五月の頭に大学の誰かが失踪したとして、その直後はゴールデンウィークだ。その状況で行方不明と断定出来る彼女達は何を知っていたのだろうか。警察のようには全く見えなかったが――

「おーい、耀?」

「え? あ、ごめん。何?」

 どうやら考え事をしていて遼平の呼びかけに気付いていなかったらしい。

「しかし何でまた急にそんな話を」

「……ちょっとそんな噂を耳にしたんで」

「どんな噂だったんだ?」

 耀は一瞬どう伝えるものか考えた結果、結局聞いたままを伝えることにする。

「先月末と今月頭に二人、うちの大学から行方不明者が出てるんだって」

 それを聞いた遼平は一度虚空を仰ぎ、

「それって、ただ単に五月病で学校来なくなったとかじゃなくてか?」

 到底信じられないと言った様子でそう尋ね返してきた。

「分からないけど……」

「ちなみにその二人の名前とかは?」

「分からない」

「性別とか学科とか……その他は?」

「……分からない」

「それってつまり何にも分かってないっつーことじゃないのか……?」

「そうなるな……」

 改めて訊かれると何も分かってないことが分かってくる。冷静に考えてみれば、こんな状況で何を気に病む必要があったのかとすら思えてきた。

 耀の返答を聞いた遼平が苦笑するのが見える。

「その噂で、気にする部分があるとは思えねーんだけど」

「全くだ……」

 つられて苦笑しながら、耀はぽつりと呟いた。

「さて、ところで、だ」

 話のきりが良いと思ったのか、会話が途切れ掛けたところで遼平は急に笑顔を消して、そう切り出した。

 突然真面目な表情を浮かべる遼平に、耀は怪訝な思いを抱く。

「俺もちょっと気になる噂を聞いたんだが」

「……どんな?」

「お前が昨日、箕柳さんと一緒に帰っていたという噂だ」

「……」

 耀は真剣に耳を傾けて損をしたとばかりに、肩を落としため息をついた。

「さっき講義中にそんな噂を聞いてさー、すげー気になってるんですけど。実際の所どうだったのよ」

「確かに一緒に帰ってたけど、向かう方向が一緒だったってだけだよ」

「いやいや、それが重要だろ、どう考えても」

 どうでも良いと言った風に答える耀を見て、遼平は微かに驚きの混ざった表情を見せる。

「つーか、マジだったのか」

「まぁ……でも別に箕柳さんが、例えば駅まで一緒に誰かと帰るなんて珍しくもないんじゃないの?」

「まぁな。だから別にそれだけならそこまで話題になるネタでもない。実際噂っつーか、聞いたのはただのどうでも良い世間話の一つみたいな感じだったし。ただ、俺が気にしてるのはそこじゃない」

 耀は「じゃぁ何だ」と視線に込めて遼平へと送り返す。

「お前から箕柳さんに声掛けるとは思えないんだけど、箕柳さんから声掛けられたのか?」

「……そうだな」

「やっぱりそうなんじゃねーか!」

「何がやっぱりなんだよ……」

「くっ、なんでこんな無関心男が……」

 大仰に拳を握り締める仕草を見せる遼平。だがそれも一瞬のことで、ふっと自然体に戻ると軽い笑いを浮かべて耀を一瞥した。

「にしてもお前、興味ない振りしてるわけじゃなくて、本気で関心なさそうだな。勿体ねーなぁ」

「と言われてもな……」

 別に関心が全くないわけではない。ただそれはどちらかと言えば自分が興味を持たれることに対しての疑念であって、その興味を受け止めることに対してではなかった。

 と、そこでふと、そう言えば今日は玖珠葉の姿があっただろうかと疑問が湧いた。居ればなんだかんだで目立つため、広くは無い今の講義室であれば耀であっても気付くはずだ。

「そういえば、今日って箕柳さん休み?」

 耀がこぼした疑問に、遼平は呆れた表情を浮かべる。

「あぁ、やっぱり気付いてなかったのか。何か今日休みみたいだな。残念だ」

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