プロローグ
「ふむ……」
女はそう呟くと、顎先に人差し指を当て辺りを見回した。
そこは都会にしては珍しく自然を多く残した公園だった。散策用に設けられた道や所々にある施設こそ人の手が加わっているが、園内に敷かれた道を逸れれば一面に日陰を作る木々が茂っている。
その女がいる場所は、道から少し外れたそんな小さな雑木林の中だった。
木陰を作る伸びた枝葉が、穏やかな風に揺すられ心地の良い音を奏でている。そんな自然の合唱に混ざるようにして、快活な声が響いた。
「あ、桜花さん! やっと見つけた。もー、一人でさっさと行っちゃうから見失っちゃったじゃないですか」
桜花と呼ばれた女が振り返ると、そこにはついさっきまで一緒に行動していた少女の姿があった。
「あぁ、すまない。私の中の何かが時を無駄にするなと急か――」
「別に変わった様子もなさそうですけど」
どこか芝居がかった桜花の台詞を遮って、椚恵那は先ほどの桜花と同じように辺りを見回す。
「この辺りなんですか?」
桜花へと視線を戻した恵那が、僅かに重みを含んだ口調で尋ねた。
恵那の質問に、桜花は重々しく眼帯をした右目を押さえてみせる。
「どうかな。この右目を使うことが出来るならその問いにも容易く答――」
「やっぱりあんまり昏い感じしませんよね」
しかし桜花のそんな胡散臭い素振りはいつものことなのか、恵那はさして反応を見せないまま感想を口にした。そんな恵那へ、桜花は小さくため息をつく。
「相変わらずつれないな。もう少し会話を弾ませる努力をしてくれてもいいんじゃないか?」
「努力って相手に求めるものじゃないと思うんですけど、っていうか毎回長い話を突っ込みきれませんよ」
「いや、突っ込みなど求めてはいないんだが。私は至って真面目に会話をしているつもりだ」
「じゃぁ処置なしですね」
恵那は「分かってましたけど」と言わんばかりにさらっと答える。
そんな対応も慣れた様子で、桜花は肩を竦め再び辺りを見回した。隣にいる恵那も、髪飾りから伸びている装飾糸を弄びながら、同様に何かを探っていた。
基本的にこの公園を訪れる人々は、こんな雑木林へ足を踏み入れたりはしない。たまに子供達が遊ぶために踏み込むくらいだ。そのため平日の昼間ということもあり、今もやはり辺りに人気はなかった。二人が黙ると小さな風の音と木々の擦れる音が聞こえるだけだ。
それが日常の風景であり、何の変哲もない。
だが――
桜花が左目を僅かに細めると同時に恵那が口を開く。
「行方不明者って、ほんとにこの辺りで出たんですか?」