自宅①
朝の支度を終えてから、秋子は春斗に車まで案内された。彼は助手席のドアを開けて、彼女を待つ。
「ありがとう。この車、お父さんに買ってもらったの?」
席に座って、シートベルトを閉めながら秋子が聞く。春斗は穏やかな笑みを浮かべた。
「いえ、僕が自分で買いました。そこまで高いものでもないので」
彼女は車には詳しくない。なので、その言葉を受け入れるしかなかった。春斗が彼女から伝えられた住所を、カーナビに入力する。
(……騙されてるような気もするけど)
乗りごこちが良い。エンジンの音も、とても静かだ。絶対にいい車だと、秋子は思う。
(しかも車内が綺麗だし、運転もすっごく丁寧だし……)
悪いところが見つからない。そう思いながら、彼女は彼の横顔を見つめる。
「……あの、先輩。そんなに見られると、緊張するんですが」
しばらくしてから彼が言った。その頬は、少し赤くなっている。
「……あ、ごめん」
秋子は慌てて前を見た。同時に彼女は、むなしくなる。
(雪也はこんなこと、言わなかったな)
比べてしまう自分がイヤで、落ちこんでしまう。そんな彼女の姿が、ルームミラーに映った。春斗はその姿を見て真顔になる。
「大丈夫ですか?」
秋子は無言でうなずいた。だが、その表情は曇ったままだ。
(……まだ僕のことを意識してはくれないか。そういうところも、好きだけど)
ナビに従って右に曲がり、細い道に入る。本当は、家までついていきたかった。けれど彼女は、それを望まないだろうと思ったから。
彼はあえてナビを無視して、アパートの裏側にある、少し離れた駐車場に車を停めた。
秋子は黙って車を降りて、家に向かう。アパートの前に回り、階段を上がって、彼女は自宅のドアを開けた。
「やっと来たのか」
ソファに座ったまま、雪也は振り向かずに言った。彼の隣には、浮気相手……南鶴夏海が寄りかかっている。
「早く持っていってよね」
彼らは秋子を見ていない。捨てられたのだと感じて、彼女はうつむいたまま作業を進めた。
引っ越し用の段ボールを取り出して、好きな本とマンガ、ぬいぐるみやアクスタを入れる。それだけで、箱が1つ埋まってしまった。もう1つの箱を用意して、彼女は食器を取りにいく。
「そんなに入れて大丈夫? 置き場所とか、ないんじゃないの。置いていったら、私が売っておいてあげるけど」
「……大丈夫です」
自分の食器を紙に包んで、化粧品や歯みがき用のセット、衣類などと一緒に箱に入れる。そうしながら、秋子は言った。
「大好きな物なので、全部持っていきます」
というか、彼女に渡したくはなかったというほうが正しい。
行き先が決まっていないことは、今は横に置いておく。




