表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

青い波乱

「文化祭が中止?なんで!」

手を止める生徒たちと、それに気付いたのか廊下から飛んでくるマレ先生。

 ――そういえば、文化祭ってかなり大きなイベントだったな。……確か、人混みがあまりにも億劫で休んだんだっけ。

 昔の記憶に浸っていた私だったけれど、みんなの慌てる様を見ていたら、やっぱり他人事ではない気がしてくる。

 言葉の飛び交う美術室の空気に負けないよう、私は少し声を張ってこう聞いた。

「エーシャさんはどこから聞いたんですか?中止だって」

「校長室にデッサンしに行ったら、カイヤ校長の奴が誰かに話してるのを聞いちゃったんです!ああもうどうしよう!」

 カイヤ――聞いたことのない名前、私とモネアの時代にはいなかった先生だ。


 校長という響きに、生徒たちは再び動きを止める。……そんなに厳しい先生なのだろうか。

「文化祭が無くなったら、私たちのライブドローイングができなくなるんです――!」

 エーシャさんの悲痛な叫びに、胸がちくりと痛む。教室の後ろに立てかけられたキャンバスには、描きかけの油絵や水彩画が置いてある……これももしかしたら、文化祭という日を待っていたものなのかもしれない。


「――決まったことなのだから仕方ありません。それにエーシャ、貴方は部外者です。何度も言わせないでください」

 はっとして入口に目をやると、ソメノさんがこちらに視線を投げていた。どことなく温度を感じさせない、そんな視線。

「……なに?なんであんたはそんなすぐに諦められるの?――いつものソメノならそんなこと言わない!」

 エーシャさんと熱をぶつけるような声と、その熱をも砕くようなソメノさんの冷たい目。

 美術室に、肌がピリピリするような緊張が流れる。


 それを破ったのは、あまりにも間延びした声だった。

「何してるの?みんな……え、なんか邪魔したかな?」

「いいんだよ、寧ろありがとう、モネアちゃん」

 後ろで腕を組んでいたマレ先生は、あわあわとしているモネアに笑いかける。

「いいかな、きみたち。ぼくらにできることは限られている――ここは生徒の自主性に任せるよ」

 先生!という叫び声にひらひらと手を振り、先生はそのまま教室をあとにした。


 静寂が流れる部屋に、ただエーシャさんだけが震えていた。彼女はふっと顔をあげ、涙目で教室を見渡す。

「信じないなら信じないで良い、あたしは諦めない!着いてきてください――ルリネ先生!」

 え、と声を溢した私の手首は、彼女の細い指に強く掴まれる。そのまま引っ張られるようにして廊下を駆け――気がついたら、重厚な扉の前まで来ていた。


「私、学生時代もここに来たことないんですけど……」

 校長室の前は人通りも少なく、二人だけで来るには少しハードルが高い。

「そうですか?あたしはあります!お説教が二回!」

 さあ行きますよ、とまた私の手を取ると、コンコンコンコン!とものすごい勢いでノックが耳にこだました。

「――入りなさい、エーシャ・ナレス、それからルリネ・プリュネル」

 げっ、バレてた、と舌を出し、彼女は金髪をはためかせて扉の向こうに進む。その姿がなんだかかっこよくて、私はふらりと部屋の中に迷い込んだ。

「エーシャ、先ほどの話を聞いていたのは貴方で間違いありませんね?」

 部屋の中央に腰掛けていたのは、紺色の髪を長く伸ばした男性だった。


「そうですけど。なんですか、文化祭中止って!」

「まだ公式に発表したわけではありません。それから……人の話を盗み聞きするのは、褒められた行動とは言えませんね」

「理由になってません!」

 睨みつけるエーシャさんと、微動だにしない校長先生。彼は、ふっとこちらを向いてこう声をかけた。

「それから貴方はどうしてここに?ルリネさん。――私が雇ったのは間違いでしたかね」

 片眼鏡越しに見える光は鋭くて、一瞬だけ動きを止めてしまう。

「……理由もなしに中止というのは、生徒たちも納得いかないのではないかと」

 精一杯真面目に答えたつもりだったが、彼は微笑をたたえてこちらに目をやる。

「そうですか、そんなに軽薄な教師がいるとは思いませんでした――下がりなさい。貴方がたに話すことはありません」


 舌打ちしながらも背中を向けたエーシャさんは、くるりと振り返った。

「校長先生――たくさんの人の期待を裏切るんですか」

 あまりに痛々しくて、胸に突き刺さるような声。

 ――それでも、彼の表情は動かないままだ。

「さあ。その話ができるのは、貴方が期待されるような振る舞いをしてからではないですかね、エーシャ」


 ***


 閉められた扉を背に、私たちは肩を落として美術室に戻る。教室にはみんなが揃っていた。ただ一人――ソメノを除いて。

「認めてくれませんでしたね……」

「ですね。でも――これからも認めないなんて言ってない」

 エーシャさんはガタッと音を立てて立ち上がり、手を胸に当てた。教室中に轟く声で、こう宣言する。

「あたしたちが、絶対あのクソ校長に認めさせる!」


 その顔はあまりにも自信に満ちていて――彼女と会ったばかりの私も、とても綺麗だと思った。

 生徒の一人が小さな声で「そんな適当な……」と呟く。すると、エーシャさんは彼女を指差し、「そこ!」と声を飛ばした。

「――案がないなんて、あたしは言ってないよ?」


 ざわめく教室と、胸を張った彼女の表情。この騒動――波乱の予感がする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ