出会いの季節
モネアと会話してからしばらくして――私の元には、一通の手紙が届いた。
「『あなたを学園に招待できることを嬉しく思います』……?なに、これ」
首を傾げる私の目に留まったのは、アラタニア学園という名前――そう、私の母校の名前だった。
***
「久しぶりだね、ルリネ!来てくれるって信じてたよ」
「……本当に呼ばれるとは思っていなかったな。元気そうでよかった、モネア」
そう返すと、モネアはふわりと髪の毛を揺らしながら笑みを浮かべた。彼女と私がいるのは、数年前、一緒に絵を描いていた部屋だ。
暗くなって先生に追い出されるまで籠った美術室は、あの頃の温度をまだ保っていた。
「美術室、こんなだったっけ。……新しい石膏像が増えてる」
「え、そうだっけ?見てこの鳥のオブジェ、懐かしい!」
変な鳥の置物に笑いを堪えていると、勢いよく扉が開く音がする。
「こんにちは、新人たち。生徒が来るまでもう時間はないよ?」
「マレ先生!」
モネアに呼ばれた女性は、私の方を向いて手招きした。腰まで届く黒い髪に、よく映える桃色の瞳。絵になりそうな笑顔だなあ、なんてぼんやりしていたら、「早くおいでって」と笑われてしまった。
「きみとは初めましてだね。ぼくはマレ・サクレア。ここの美術教師をしているんだ」
「初めまして。ルリネ・プリュネルです。マレさんはいつからここに?」
「二年前だよ――きみたちが卒業してすぐだね。優秀な生徒だったんだろう、やっと会えて光栄だね」
凛とした声に、確かにこんな先生に教わってみたかったなあ、と思ってしまう。
「ルリネを教えるのは苦労すると思うけどなあ……」
「なに?モネア」
「いやなんでも」
マレさんは耐え切れなかったというように吹き出し、「気にいったよ」とこちらに向き直った。黒い髪がふわりと靡く。
「面白いね、きみ!ちなみに天才画家さん、美術を教えた経験は?」
「ない、ですかね」
私の答えにゆっくりと頷く彼女。
「まあ大丈夫かな。モネアちゃんは知っていると思うけれど……きみたちにメインでやってもらうのは、生徒へのアドバイスだからね」
教師と言っても、絶対に授業をするわけではないのか。ほっと胸をなでおろしていると、マレさんは時計に視線をやる。
「時間がないから、今日はとにかく始めよう!生徒との顔合わせもやりたいしね」
その言葉が終わると同時に、がらら、と大きな音が教室中にこだまする。
「やっほー先生たち!今日もよろしく――」
跳ね返るほどの勢いで扉を開けた金髪の少女は、私を見て目を見開いた。
「うそ……もしかしてあんたがルリネさん?」
彼女は呼吸を感じるくらいまで距離を詰め、私に小さく問いかける。
「まあ……はい」
「――ずっと会いたかったです!サインください!」
「……ええ?」
あまりの勢いに目を丸くする私と、そのまま紙を準備し始める少女。エーシャ、それくらいにしなさい、とマレさんが笑う。
私の作品を一度見たことがあると語ってくれた彼女は、顔を少し赤くして席についた。校則で禁止されていたはずの短いスカートと、耳についているいくつもの飾りが斬新だ。
「……エーシャ、貴方はここの生徒ではないでしょう」
声のする方をはっと振り返ると、入口には三つ編みの少女が立っている。
「……先生方、この子が失礼しました。ルリネ先生、初めまして――ソメノと申します」
こんにちは、と答えると、ソメノさんはふっと横を向いた。視線が首の動きに沿って逸れ、私を視界から外す。
その後続々と入室する生徒たちの数に圧倒されていると、始業のチャイムが鳴り響く。
マレさんが大きな音で手を叩くと、一瞬にして教室に静寂が訪れた。
「はい、授業やるよ!今日は新しい先生も呼んでるからね」
「――みなさん、初めまして。ルリネと申します」
好奇か尊敬か、はたまた恐れか。そんな視線の波に一呼吸おいた後、私はもう一度口を開く。
「私の呪いの件について、様々な話を聞いている人もいると思います。ですが、私は画家として、そしてここの卒業生として――全力を尽くそうと考えています。よろしくお願いします」
最初はまばらだった拍手が、少しずつ大きくなっていく。
マレさんは私に笑顔で視線を送ったあと、「制作はじめ!」と高らかに宣言した。生徒たちはいっせいに席を立ち、教室の棚へ――あるいは外へと向かっていく。
モネアと違って出遅れた私は、教室の端に残った数人を見守ることにした。
彼女たちは手……というより口をたくさん動かしている。
「聞いた?貴族さまたち、今大変らしいね」
「でも憧れちゃうなあ、この学校を出てるんでしょう?アウリス様!」
よく知る名前に、一瞬笑みが強張る。
「生徒会長だったなんてさすが!見たかったなあ」
……生徒会長だったのか。あの人のやりそうなことではある、かもしれない。
「でも最近暗躍してるとか聞くけど?何かたくらみでもあるのかしらね」
……それも、あの人のやりそうなことではある。
「ルリネ先生?どうしましたか」
「いや……」
とりあえず筆を取りに席を立つ。在校生にまでこう騒がれるのも大変だろう、と肩をすくめた。
「――ちょっとちょっと!」
がたん、と大きな音がして扉が開く。金髪の女の子――エーシャさんは、肩で息をしながらこう叫んだ。
「文化祭が――中止になっちゃうかもしれないんだって!」




