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新しい日

 「ルリネ、すごいじゃん!あの式典良かったって、いろんな人から聞いてるよ!」

 身を乗り出して私を見つめるのは、淡い桃色の髪の少女だ。

 「……そんな大したことはしてないけど、ありがとう。モネアの絵も最近賞を取ったんでしょ?」

 おめでとう、と言うと彼女は黄緑色の目を輝かせる。

 「嬉しい、ありがとうルリネ!」

 「彩度の低さとコントラストが素敵だった。やっぱりあなたの描く赤は特別だね」

 モネアは満面の笑みを浮かべて、紅茶を口に含む。

 

 ――その瞳が、ふと私の左目を捉える。

 「……実はね、ルリネに紹介したい人がいるんだ」

 彼女の声は少し沈んでいて、翳りのようなものがちらつく。

 「――どういうこと?」

 「学生のときみたいに、ルリネの活躍をもう一回見たくて。勝手で申し訳ないんだけど、呪いのことに関して色々調べてみたの……私にできることがないかって」

 ありがとう、と小さく呟くと、なんだか体があたたかくなるような感覚になった。

 二人でキャンバスと一緒に籠った、放課後の教室を思い出す。あの頃から彼女はずっと変わらない。お節介なところも、そしてやっぱり優しいところも。

 「そのお医者さん、今呼んでるんだよね。とにかく来てくださいって言っちゃったんだけど、大丈夫?」

 「――今?」

 ……行動力の塊みたいなところも、そのままだ。

 「とりあえず会ってみてほしいんだ。きっと力になってくれる」

 「もちろんだけど、もしかしてそのお医者さんって――」


 玄関のベルが鳴った。

 いつものように焦って出ていくと、そこにいたのはやっぱり見知った顔だった。

 「初めまして、いや――お久しぶりですね。ルリネさん」

 「――レネーさん!」


 ***


 「なんだ、二人ともお友達だったんですね!」

 「そうですね、ルリネさんには大変お世話になりました……ここでは内緒の話ですがね」

 レネーさんは耳飾りを揺らして笑う。それにモネアが答えて、なんだか盛り上がっている。

 ……この二人が会話をすると、場の空気が和らぐなあ。


 「さて、ルリネさん。――僕からのお話、聞いてくれますか」

 「……はい」

 「今からルリネさんの左目を確認します。痛かったり違和感があれば、すぐに教えてくださいね」


 分かりました、と返事をすると、レネーさんは私の左目にそっと手を翳し――そのまま数秒が経った。なんの感覚もしない、ただ時間だけが流れる。

 「……なるほど」

 彼はゆっくりと手を離し、何やら紙に書き込んでいる。

 「少しだけ分かったことがありますので、お伝えしますね」

 「はい――ありがとうございます」


 手を胸に添えてうるんだ瞳を向けるモネアと、少しだけ指先に力が入る私。レネーさんは私をまっすぐ見つめ、口を開いた。

 「まず、ルリネさんの失明ですが、これは何かしらの呪力によるものです。左目の組織自体に異常が見られるというより、呪力によって遮られている状態に近い」

 そして、と彼は紙をちらりと見る。

 「平衡感覚に問題もなさそうですね……何か大きな弊害は?」


 「――遠近感が、上手くつかめなくて」

 それは、絵画においてあまりに致命的な欠陥だった。どうにかデッサンを狂わせまいと、視点を細かく移動させながら絵を描く。

 呪いで過去の自分に負けたなんて、そんなのは嫌だから。


 なるほど、ともう一度呟いたレネーさんは、僅かに目を伏せた。

 「ルリネさんの呪いは、かなり弱いものです。金目の物を奪うために目くらましをさせる呪いはよく使われますが、こんなに長く続くはずがない。この場合は特殊なケースです」

 「なるほど……?」

 確かに、とおぼろげな記憶を振り返る。記憶に靄がかかっているようだけれど、何か盗まれているといったことはなかった。

 

 「これはあくまで僕の予測でしかありませんが……これは、何かしらの目的で――ルリネさんだけを狙ったものではないかと」

 

 「――でも、どうして」

 「申し訳ありませんが、僕にもそこまでは。――ただ、犯人が呪いを解くカギを握っている可能性は高い」


 全力を尽くします、と彼は笑顔で言ったのだった。

 

 レネーさんを見送ったあと。頭を抱えているモネアに、私はそっとクッキーを差し出す。

 「大丈夫だから。ありがとうね、モネア」

 がばっと顔を上げた彼女は、私に勢いよく抱きついてきた。

 「私だって全力で頑張るから!ルリネは私と二人で世界一の画家だから――!」

 ちょっとだけ赤くなっている彼女の目に、胸が熱くなる。

 「ありがとう。……頑張ろう」


 ***


 「そういえば、今日このあとは何かあるの?」

 たわいもない話で盛り上がったあと、私は彼女にふっと顔を向ける。

 「そうだ!今日は授業の準備があるんだった」

 モネアは目を見開き、慌てた様子で鞄にものを詰め始める。

 「……授業?」

 

 そうそう、と言った彼女は、「芸術科、教員不足なんだよ」と言いながら扉を開けた。

 「忙しそうだけど、無理しないでね。応援してるから」

 「ありがとう、ルリネ!」

 彼女は私に背を向けて歩き出し――振り返って口を開けた。

 「ルリネも授業手伝ってくれる、って伝えておくね!またね!」


 はいはい、と手を振り、しばらくすると彼女の姿が見えなくなる。

 私は動きを止めた。

 モネアの行動力を考えるに――厄介ごとに巻き込まれる、そんな予感がする。


 新しいキャンバスに怯えつつ、でも少し胸が高鳴るのに気づきながら――私は今日もアトリエに籠るのだった。

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