幕引き、そして
「……どうして、ここにいるんですか。みんな探していますよ」
「式に出るつもりはない。本当はもう荷物を作っているはずだったんだが――お前の絵が見たいと思ってしまった」
ライセ様は炎を指で弄び、口角を上げる。彼の声はいつもと同じで硬い。触れる隙もないくらいに、静かで冷たい。
「レネーから聞いているだろう。――僕の魔力はもうすぐ消滅する。魔法は、もうほぼ使えない」
***
幼いころからずっと、天才として育ってきた。
誰も彼もが僕を称賛したし、僕もずっと思いあがっていた――自分がこの世で一番立派かのように。
その思い上がりの結果、召使のうち一人の陰謀によって呪いをかけられた。「魔力の消滅」。魔法の天才には、もう戻れない。
目の前の少女を一瞥する。僕とは違って、こいつは強い。……少し引け目を感じるくらいには。
「僕は天才のまま消える。お前と違って臆病なんだ、何もかもを失うのに耐えられる気がしない」
自分で思っているのよりもずっとずっと温度が無い声は、どこか遠くに聞こえた。
毎晩小さくなっていく魔力の炎。きっとそれと一緒に、富も名誉も人も全部が消えていく。分かっている――魔法が使えなくなった僕には、もう何も残らない。
「ライセ様」
背を向ける。
「迷惑をかけたな、画家。お前の強さと絵は、素晴らしい」
「――ならどうして、まだここにいるんですか。……迷っているんじゃないんですか」
心臓が少し痛む。答えは分かっている。僕がまだステージから動けないのは、それだけの覚悟ができていないから。
そして、彼女の絵が美しくて――もう少し何かできるような、そんな気がしてしまうからだ。
静まり返ったステージの向こうから、混乱の混じった喧騒が聞こえる。
――賞はどうなるのかしら、今日はこれで解散?
国一番の魔法使いなんて名乗る資格はないが、こうやって人々に迷惑をかけるのはつらい。そんなのは、僕がまだ天才だったから、傲慢にもできたことなのに。
「……全部捨てるんですか。大事なものも全部、なかったことになっていいんですか」
「――ああ。どうせすべて離れていく」
ファンファーレが鳴る。大きな音、そのはずなのに、ルリネの声の方がもっと耳に届いた。
「レネーさんは、いいんですか」
***
彼を雇ったのは、魔力の減少が目に見え始めたころのいわば自暴自棄だった。誰のことも信用できなければ、その必要もない。偶然目についたからというだけの理由で、レネーを屋敷に呼んだ。
「ライセ様は変な人ですね」
彼はいつもそうやって笑う。料理の味が分かっていないとか、そんな顔をしているのに鳥に嫌われてめげているんでしょうとか。どうでもいい話だ。――どうでもいいことを言える人を、ずっと探していた。
彼の医者としての腕は確かだし、僕の呪いのための調査もいくつもこなしている。
だからこそ、僕の評判が落ちるのに巻き込みたくない。
僕は結局、自分がなんと言われてもいいのかもしれない。ただ、彼だけは。あいつだけは、そのままで。
***
ファンファーレが終わる。誰かが幕のすぐ向こうに上ってくる。
「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます」
司会者は、一番よく知る彼だ。
「式に先んじて、僕の方から少しライセ・ルーストの紹介をさせてください」
プログラムにはなかったはずのもの。時間を引き延ばすためだと気づき、また胸が痛くなる。
「彼は魔法の天才として知られています――得意とするのは炎の魔法でして、そのコントロールは人並外れています」
いつも聞かない真面目な声に、思わず笑いが零れる。
「ただ……彼は天才である前に、一人の人間です」
僕は振り返った。幕の向こうから差す光が、足元だけを照らす。
「親しみにくい印象を得る方もいらっしゃるかもしれませんが、彼はとても魅力的な人物です」
レネーの声は穏やかだ。いつもそう、あいつはいつもそうやって話す。
「レネーさんは医者です、ライセ様。そして彼はきっと、あなたを救いたいって――心の底から思っています」
――そうか。
いつの間にか挨拶は終わり、僕たちはそれでも暗いステージに立ったままだった。
「本日の授与式につきましては、ライセの都合により――」
「ここにいる」
僕の声が天井に反響して、静かに幕が開ける。
ルリネに小さく視線を送り、僕は彼女とともに深く頭を下げた。
ゆっくりと顔を上げると、もう二度と見ることのできない景色がある。この称賛も名誉も、もう二度と浴びることはない。
でも、あいつが変わらないのなら、それでいい。
――そうか、きっと僕は不安だったんだ。
そして、レネー・クーラルは強い。……僕と歩むことを決めてくれるくらいには、強いんだ。
「大変長らくお待たせいたしました。ライセ・ルーストと申します。――本日は、皆さまに一つ……お知らせしなければならないことがあります」
僕はゆっくりと息を吸う。
――そして、新たな言葉を吐き出した。
***
「うん、とても素敵なスピーチだったね」
私の隣を歩くアウリス様は、満足そうに頷く。
「……アウリス様がいると思いませんでした。いるならいると言ってください」
「大事な友人の式だから――大事な画家の晴れ舞台でもあるし、ね」
ため息をつく私に微笑みかける彼は、穏やかに言葉を紡いだ。
「ルリネもたくさん褒められていて嬉しかったよ。発表された肖像も見事だ。――ただ、君の表情が少し気になってね」
えっ、と声を漏らしてから慌てて口を塞ぐ。
「あのスピーチの成功に関わっていたんだろう?お疲れ様。今日は甘いものでも食べようか」
……なぜばれてしまうんだろう。
***
ライセ様の呪いに関する話は瞬く間に広がり、貴族ではない私の耳にも何回か入ってきた。
でも、きっと彼は大丈夫だと、そう思う。――あの時呪いを打ち明けた彼の横顔は、絵にしたいくらいとても綺麗だった。
そして――私のもとにもさらに数件の依頼が舞い込むようになった。
それに振り回されることになるのは、また別の話。




