喜びのあと
「ルリネ先生!展覧会、大成功でしたね!」
満面の笑みで話しかけてきたのは、この件に一番力を尽くした人――そう、エーシャさんだ。
私たち芸術科の展示会。実に数百人ものお客さんが訪れ、チケットは瞬く間に無くなってしまった。人が絶えることなく、会場は常に大忙し。中でも人気だったのは、私と――何より彼女の絵だった。
「そうですね、上手くいって良かったです。……行きますか、エーシャさん」
はい!と大きな声で頷く彼女とともに、校長室へと向かう。
私たちの戦場はまだ続く――とりあえずは、これで納得してもらえるだろうか。
三回ノックをして、扉をゆっくりと開ける。
「カイヤ校長、言いたいことがあって――あれ?」
首を傾げるエーシャさんと、彼女に視線を送る私。
確かに校長先生らしき声は聞こえるのに、彼の姿は見えない。
「……で、何かご提案でも?元生徒会長がこんなことで、本当に学校のためになるのですか」
誰もいない校長室で、声のする方向へと静かに進む。
元生徒会長?――まさか。
「この学園を危険に巻き込むことは致しません、約束しましょう」
それは、私がよく聞き慣れた声だった。
でも、なぜ。――なぜ彼がここに?
「――アウリス・アムレートの名において」
その名前を耳にした瞬間、私はエーシャさんの手をとった。そのまま小走りで校長室の外へ向かい、音を立てないように扉を閉める。
「聞こえましたか」
「……え?どういことですか?先生」
彼女は怪訝そうにこちらを見るだけだ。――聞こえていたのは私だけ、なのかもしれない。
学園祭の中止に、それからアウリス様の声。
言いようのない不安が募るが、私はそれを彼女に打ち明けることができなかった。
なぜなら――エーシャさんが、校長先生と話をした、と伝えてきたからだ。
「めちゃめちゃ渋い顔されましたよ!でもさすがの実績に、認めるしかなかったんでしょうね!」
よかったよかったと机を囲むのは、モネアとエーシャさん、それからマレ先生や数人の生徒たちだ。
「きみたちの成果だね、素晴らしいよ。――ルリネちゃん?どうかした?」
先生の言葉に、私ははっと顔を上げる。
「いえ、なんでも……」
どうしても、あの時の校長室が頭をよぎる。
校舎はいつもの数倍騒がしく、すっかりお祭りムードだ。
その空気を壊すことは、私にはできない。――ただひたすら、何もないことを祈るしかなかった。
***
「わ、すごいすごい!美味しそうなものたくさんだね!」
モネアに手を引かれて、私は中庭をぐるぐるしている。
今日は文化祭本番。何事もなかったかのようなその賑わいは、私の息を少し楽にしてくれた。
「――ルリネ先生!」
大きな声に振り返ると、絵の具を抱えて立っていたのは、ソメノさんだった。
「この間はありがとうございました。……私、今日でこの科をやめようと思ってるんです」
「――それは、少し寂しいですね」
彼女の名前が大きく刻まれた、ライブドローイングの貼り紙を見る。
「いえ……本当は、ずっと前にやめるつもりだったんですけど――最後にもう一度、あの子と絵が描きたくて」
風にはためくその紙には、もう一人、エーシャさんの名前も書かれていた。
「……楽しんでください。ソメノさんの選ぶ道を応援します」
やっと絞り出した声だったけれど、彼女を縛るものが少し緩んだのか――ソメノさんは頬を緩めた。
「私、この学校で図書館の司書になりたくて」
先生におすすめをあげますね、と言って、彼女が渡してきたのは小さな本だった。
青い表紙に、異国の言葉で題名が書いてある。
「ありがとうございます――楽しみに読みますね」
私の言葉に、彼女はまた嬉しそうに笑う。
「これ、実は今回描く絵のテーマなんです!始まる前に読んでくださいね」
手を振るソメノさんは、私が見たどの彼女より逞しかった。
彼女を見送り、さっそく表紙をめくったその時――一枚の紙が落ちた。
何気なく拾おうと手を伸ばすと、そこにある文字に目がいく。
――ルリネ先生へ
丁寧な筆跡で書かれた宛名のすぐ横に「至急」と添えられている。
「ごめん、モネア……ちょっと待って」
中庭の端に移動し、震える手でそれを開く。
――こんな形になってしまい、また、今までの失礼な態度については本当に申し訳ありません。
エーシャと先生を巻き込みたくなくて、勝手に調べさせていただきました。
カイヤ校長は、有力な貴族と何かしらのトラブルを抱えているようです。
今回の文化祭も、その件が関わっているのだと考えます。
そして……疑いを持たせるのは心苦しいのですが、アウリスという貴族に警戒してください。
――先生の無事と活躍を祈っています。
ソメノ
三度読み返して、ようやく体が震えていることに気づく。
やっぱり――嫌な予感が繋がっている。
「ルリネ!――大丈夫?」
駆け寄ってきたモネアの向こうに――よく知る青い服が小さく揺れた。
――アウリス様。
周囲の音が聞こえなくなるほどの緊張と不安。気づいた時には、私はすでに走り出していた。




