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存在証明を奪う徴税官 ――神も天使も督促だらけ、未納は消滅確定  作者: 雪ノ瞬キ
始動編

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第9話

「ぐああああ」


「ううぅううう」


 床はひび割れ、壁はえぐれ、血と土埃の臭いが混じっている。

 人がうずくまり、誰かが泣き叫び、誰かがただ呆然と座り込んでいる。


 爪あとが壁を斜めに裂いていた。その裂け目を境に、建物が不自然にえぐれている。


「なんでここなんだ……狙われる理由がねぇ」


「おかしいのは扉がまったく破損していないこと」


「そういやそうだな」


「まるで内側から突然発生したみたいに」


 ――侵入じゃねぇ。“発生”だ。

 監査課の時と同じ手口。


 床も壁もズタズタだってのに――扉だけが無傷。

 最初から内側で爆ぜたみてぇだ。


 あの時もそういや、出入口はまるで破壊されてなかった。


 ……またかよ。

 ここも――内側から、だ。


「キャー!」


 誰かの悲鳴の直後、その男の皮膚が――内側から波打った。

 次の瞬間、骨格が異音を立てて盛り上がる。

 なんだ? ……肉が焼ける匂いがした。最悪だ。



 あの時と同じじゃねぇか。


 やるしかねぇ。

 こうなったらもうもどれねぇからな。


「是贋!」


 光刃が手甲から滑り出す。

 こいつだけは、存在証明を食わねぇ。

 女神が見てたら泣くぜ。ズル技だよ。


「わりぃ――じゃあな」


 一歩で距離を詰める。

 音が遅れる。

 光の刃が胸骨を割った。

 一気に刃を引き抜くと、血の代わりに銀色の粒子が舞う。


 存在証明、もらうぜ。


 力ずくで剥いだ瞬間、全身が粒子になって散った。


 まず1枚。

 存在証明は“持てる数に上限がある”。それ以上はストックできねぇ。

 だが、まだいける。


 久しぶりに在香の動きが冴えわたる。

 剣線なんてねぇ。残像だけだ。

 あいつの斬撃は、もう“見えない”に分類されていい。


 ギィッ! キィーン!

 金属音がはじけた。

 次の瞬間、在香の剣はもう相手の胴を抜けていた。



 どさり。


 こちらも倒したのを確認。

 今はこれで二体。


 他にはいない。

 周囲の連中らは、身動きがとれず壁にもたれたままだ。


「助かった」


 額から血を流したヤツに礼を言われる。


「気にすんな」


 それだけ返して、俺は次を探した。


 焦げた肉の匂いが、鼻の奥をつつく。


 でもよ。なんでまた“この中”なんだかな。


「遠いわね」


「そうだな。こいつらを倒すまで二階へはお預けだな」


 俺と在香の目の前には、元人が左右に揺れながら迫る。

 これだけの人数か。

 スロット埋まるな。


 在香のヤツ、足がとまっているな。


「これほどまでに、人を」


 迷うな。

 やるんだ。

 やられる前にやれ。


「在香、割り切れ」

「迷ってる暇はねぇ。死ぬぞ」


「是明――」


 俺は音を後ろに置いてきた。


「是贋!ッ」


 一気にゼロ距離掌底。


「是零掌!」


 一瞬はじける光の本流。

 胸骨を超えて俺の手は存在証明をつかむ。


 引き抜くと同時に銀色の粒子になり、敵ははじける。


「……止める。ここで」


 まだまだじゃない。終わらせる。


 空気が顔を過る。


 甲からの光の刃は敵の首筋を撫で、同時に首の位置を地面に変える。


「行くぞ」


 技なんてもんじゃねぇ。

 ただ、突く。


 止める理由が、見つからなかった。

 だが手は止まらなかった。


 正面の敵を倒した瞬間、視界が黒で遮られる。

 横殴りの物体が飛んできた。

 胴体かと思った。

 違った。

 尻尾だ。


 おいおい、人やめ過ぎだろ?


 笑えねぇ。人の形、捨てやがって。


「そらぁ!」


 回し蹴りで宙に首が飛ぶ。

 懐に踏み込み、存在証明を引き抜いた。


 だが、もうストックは満杯。亡骸を消すためだけに、存在証明を引き抜いた。


 でたらめに光の刃を突き刺す。

 もう、形をとどめていなかった。

 俺の呼吸だけが、やけにうるさかった。


 一瞬だけ、何も聞こえなくなった。

 俺の中で、何かが乾いた音を立てた。


 


 あなたの背中が、血で濡れていた。

 それでも私は、動けなかった。

 一人目は必死な思いで断ち切った。


 でも、人よ。

 もともと同じ管理庁の同僚。

 それなのに切り伏せるなんて。


 剣を持った以上そんなつもりはない。

 けど、できなかった。


 そしてそれを彼が代わりに背負ってる。

 是明。


 あなたは、なぜ。

 どうして。


 そこまでなのに――

 口では笑っている。


 でも知っているの。

 あなたの目はもう泣いている。

 あふれる涙なんて、とっくに枯れてしまったのも。


 私はできなかった。

 足が動けなかった。

 だって、目の前にいるのは昨日笑っていた人よ。

 たった一日で、私は剣を向ける側になった。


 これじゃ。

 この剣の意味がない。

 彼はいつだってそう。

 大事な物の前では、強く立ち向かう。


 今私はそれができない。

 ごめんなさい。

 まだ私は覚悟が足りない。


 でも言わせて。

 あなたを失うのが怖い。

 その気持ちは、変わらないってことを。



 はぁはぁ。

 これで11人目か?


 結構つかれるな。


 在香は硬直してっし。

 まぁ仕方ねぇよな。

 対人戦なんてそんな物だ。


 おや?

 もういねぇか?


 ようやくこれで二階にいける。

 さあ、いこうぜ。


「在香いこうぜ?」


 少しだけ間があった。


「うん」


 低くうなる声がやけに響く。

 上がった先は徹底抗戦中だった。

 なんで、こいつらここに立てこもってんだ?


 机でできたバリケードと階段から上がってきた俺たち。

 その間に、人もどきが数体。


「突っ切るぞ!」


 空気が止まる。

 景色は俺の後ろに追いやられる。

 視界は人もどき。


 ゼロ距離に詰めた。


「是零掌!」


 一気に光の奔流が辺りを照らし、粒子がはじける。

 背後から襲いかかるヤツには足蹴りをかます。


 くの字に吹き飛ぶ。

 左右に二体。


「是贋!」


 光の刃を横一文字。

 上半身が床に転がる。


「オラオラオラ!」


 右手のヤツは両手で串刺しに――人だか肉くずかわからねぇ。

 後方のヤツは在香が縦一閃、切り裂く。


「よっし! 在香きめたな!」


「覚悟、精進よ」


 その声はまだ震えていた。


 バリケードの奥からぴょんぴょん飛び跳ねるヤツがいる。

 なんだ? あいつ?


「あああー。是明さーん」


 気の抜けた甲高い声が響く。


 手を懸命に振るその女はだれだ?

 知らねぇよ。

 金髪ツインテールって、偏見だがイヤな予感しかしねぇぞ。


 ひとまず内側にはいるべく声をかける。


「おーい、あけてくれ」


 ごそごそとバリケード裏の職員が俺と在香を通す。


 皆額から大粒の汗かいているヤツもいれば、血まみれのヤツもいる。

 疲れ切って壁にもたれているヤツやらうずくまっているのも1階の奴らと大差ねぇな。


 あれ? 存在管理庁って9割戦闘員じゃなかったのか?


「さすが徴税局のヤツだな」


 賞賛マジでいらねぇ。

 たしか慣用句で、感謝するなら金をくれってあったっけ?

 まあ、いいや。

 存在証明をくれるなら、喜んでその賞賛うけるぜ!


 それらの声をかき消すようにドタバタと駆け寄ってくる女がいる。

 たぶん通信で言ってた豆奈だろう。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 膝に手をあて息つく。

 体力大丈夫なのか?


「おい、大丈夫かよ?」


「ええ、すいません。気をつかわせちゃって。優しいんですね」


 そこに在香が俺の前にずいっと前に出た。

 なんだ? なんだ?


「徴税局の在香です。となりは是明。ご用件は?」


 あれ? 在香? ちょっとこえぇよ。


「お呼び立てしちゃって申し訳ないです。まずは、件の飛んだ局長とアリサですが、情報交換をしませんか」


 焦っているはずなのに、目だけが冷静だった。


 腰低く応じる豆奈。

 在香は正反対で、職務に忠実に実行する。

 まず、どちらが先かは明白。


「というより、先に状況説明をもとめます」


「では立ち話もアレなんで、こちらの部屋で」


 奥までいくと、確定課の課長部屋まで案内された。

 へぇ確定課ってやつは格式高い雰囲気なんだな。


 豪華なたたずまいの木製の扉を豆奈は開けた。


 開いた先に、すでに先客がいた。


「おや? 奇遇だね」


 堕天使団かっ!

 こいつらのせいでアイツが死んだんだ。

 ちんけな、武闘派の犯罪組織のクソがぁ!


「是零掌」

 

 一瞬でゼロ距離へ踏み込む。

 反射だ。

 理屈より先に――あの“焦げた札の匂い”が来た。

 

 打ち込んだ掌で存在証明を抜き取り、消滅させた。

 だが、この証明書おかしい。


「いやいや。会っていきなりそれとはね。僕も恨まれたものだね」


 さらに奥の扉から姿を現すが、在香と豆奈に抑えられた。


「まっ、待ってください。是明さん。情報提供者です」


「情報だと? クソっ」


「是明ここは抑えて」


「貴重なご意見、うかがいましょう?」


 気づけば、掌が半歩前に出ていた。

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