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存在証明を奪う徴税官 ――神も天使も督促だらけ、未納は消滅確定  作者: 雪ノ瞬キ
始動編

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第26話

「ああ、だりぃ。なんだこの倦怠感」


 俺は執務室からぼんやり外を眺めていた。

 肉の焼けた香ばしい匂いがしてきた。


 開けていた窓から匂いが入ってくる。


「魔石焼き~蒸してジューシーな神肉だよ。肉汁たっぷりでおいし~よ~」

「魔石や~き~。魔石焼き~。お肉!お肉!」


 おおー魔導蒸し焼きか、いいね。


 俺は窓から飛び降り外に出た。

 ちなみにここは1階な。


 徴税局の前の路地で、荷馬車を引いた屋台が肉を売っていた。


「よぉ、3個くれ」


「おお~是明のあんちゃん。いつもありがとな」


「おっちゃんのうめぇからな」


「最近、活きのいい神族と天使族が捕まったって話だがな。

そのうちの一体、逃げたらしいぜ」


「そっか。ほれこれ金」


「毎度! 体きぃつけてな」


「ああ、おっちゃんもな」



 近くのベンチに腰をおろし、ほおばる。

 やべぇ、なんだよこの肉。

 噛んだ瞬間、肉汁がじゅわ~っとあふれやがる。

 出汁でくるんで蒸しているのか、いい感じの味付けだ。


 ああ、そういや少し前にここを通っていた荷馬車があったな。

 いつだったっけか?

 明日がエリザの約束だから……五日前か。


「ぐぅ」


 ん? なんだ?


 隣に活発そうな少女がいるが。

 誰だ?


「ぐぅ~」


「腹減ってんのか? 食うか?」


 おいおいすげー勢いだな。

 うなずいたと思ったら、手渡すとむさぼりつく。


 しばらく俺はこいつを観察していた。

 ん~どっかでみたような?


 3つのうち2つ食って落ち着いたみたいだ。

 まあ、たまにはいいだろう。


「あっ、あのー」


「なんだ?」


「あの時の人」


「あの時?……あ?」


「私、荷馬車」


 ん?

 荷馬車だって?


 ああ、そういや……

 ああ! あんときのヤツか。

 で? 何用だ?


「どうした?」


「理由がききたかったの」


「理由?」


「なんで、あの時コインを投げてくれたのかって」


 ああ、こいつもそうなのか。


「勘違いするなよ。情けをかけたってわけじゃねぇ」


「え?」


「ただの選択肢だ。俺はきっかけ、それだけだ」


「でも……」


「お前は選んだ。受け止め方が違うだけだろ? な?」


「私……」


「認めちまえよ、全部自分だって」


「私が?」


「あるもの全部、砂の城だ。

一瞬でくずれる。崩れりゃ楽になる」


「崩れる……」


「だから、な」

「心配すんな、大丈夫だ」


 大きな目から急に大粒のしずくがとめどなくあふれてきた。

 おいおい。なんだ?


「目かゆいのか。しゃーねーな。こい」


 立ち上がり、軽く手招きする。

 俺は執務室へ連れてきた。





「ここな」


 俺はまず座らせて水を飲ませた。


 震える指先でコップを受け取る。


「はい」


「心配すんな。あれ食うとよ、喉乾くだろ?」


「はい」


「だから、俺も飲む。そんでお前も飲む。これで問題ないだろ?」


「ふふ」


「あ~笑うかそこ?」


「だっておかしいんだもん。なんで水飲むのに真剣すぎるのよ」


「俺はいつだってマジだ。多分な?」


 さて、どうすっかな。

 あと一人戦闘できるヤツがほしかったからちょうどいいか?


 ――どうせ明日で七日目だ。

 エリザのヤツは……まあ、どうでもいい。

 地獄みてぇな、多分うまそうな依頼が来る。

 ああ、うぜぇよな。

 ひとまず人手は多い方が楽だ。俺がな。


 まあ助手ってヤツか。


「ありがとう」


「礼? お前が選んだだけだ。だからいらねぇよ」


「でも」


「それよかさ、お前戦える?」


「え?」


「誰に対しても刺せる?」


「生き残るためにそうしてきたわ」


「そっか、ならテストに合格したら俺の助手やらねぇか?」


 まあ、どうせ人手が足りねぇ。戦えて動けりゃ十分だ。


「助手? 戦いばかりが得意だけど」


「それなら、なおいい」

「そんで、お前が本当に戦えるなら……」


「なら?」


 リリーが不安そうに喉を鳴らす。


「テストしてやるよ。簡単だ」


 俺は肉串を食いながら、何気なく言う。


「戦闘テストだ……生き残れ」


「むっ……む……っ、は……ぁ……っ……!」


 はあ?

 なんだこいつは。


 言おうとして詰まったのか?

 喉が震えて声にならねぇ。


 こんな答え方したヤツ初めてだぞ。


「なんだ?」


「……倒してやります! やるっきゃない! 生き残るため」


「一応聞くが、このまま逃げてもいいだぜ?」


「逃げるなんて……」


「安心しろ。俺は逃げても何もしねぇ。依頼があるまではな」


「あなたの生きざまを……見たい。知りたい。だから、ここにいたい」


 おいおい。

 そんな目すんなよ。

 俺はてめぇの意思を貫き通している。

 それだけだぜ?

 そんな大層なものじゃねぇ。


「俺な」


「はい!」


「よく寝坊すんだ。多分いろんな女も抱く。それに、決めたらかならず実行する」


「理屈じゃないと思っています」


「そんなヤツだぜ?」


「確固たる深淵にあるその信念を、見たいです」


「おいおい。盲目的なのは無しな?」


 めちゃくちゃうなずくが。

 大丈夫かこいつ?


「もちろんです」


「多分な。すべてがかわるぜ?」


「すべて?」


「お前が見て、聞いて、感じてきた“価値観”なんざ、あてになんねぇ時がくる」

「価値が変わるといいたいの?」


「いいか? すべて捨てちまうとな――」

「あとは、自分の心持ちってだけで――生きてける」


「心だけで……」


 リリーの喉が、小さく鳴った。


「それはすでにお前も知っているはずだぜ? “生き残る”それだけで生きてきただろ?」


 まただ。

 目尻から大粒のしずくがほほを伝う。

 何粒も銀の玉がとめどなくこぼれ落ちる。


「だから言っただろ? 心配すんな、大丈夫だ」


 リリーは飛びついてきやがる。

 しゃーねーな。

 なあ、俺お前のハンカチじゃねぇんだけど。

 鼻だけはかむなよな?

 マジでだぜ?


 しばらく続くな、こりゃ。

 俺はぼんやり窓の外を眺めた。





「驚いたか? すぐに実行だ」


 俺はリリーを連れて加工屋の裏手にまわった。

 

「ここは」


「屠場だ」


「とじょう?」


「ああ、殺してバラして肉にする場所だ」


 リリーは唇を噛んで、拳を握った。


 心と体が生きるか死ぬか。

 まあ、選んだのは本人だ。

 これまでの価値なんざ――砂の城。

 どう出る?


「生き残る!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は立ち上がった。

 迷う理由なんざ、一つもねぇ。


 俺はすぐに連れてきた。

 屠場に隣接する闘技場を模した場所だ。

 拳闘で普段は盛り上がるんだが。


 今日は誰もいねーな。

 ああ、休みだった。


 まあいいだろう。

 俺は少しもどり、顔馴染みに声をかけた。


「よぉ、借りるぜ。スタッフも少しいいか?」


「ああ、是明さんならいいよ、数人まわす。待っててくれ」


「急にわりぃな」


「いやいやいつも世話になってるし、このぐらい問題ない」


「そんでな、犯罪奴隷の神族と天使族を一体ずつ。

ここで戦わせたいんだが、用立ててくれるか?」


 “更生”じゃない。“処理”の一環だ。

 魔道具で透かして見ればこいつらも、真っ赤だ。

 処刑確定の色だ。


「支払いは?」


「ああ、いつもので」


「わかりました」


「それと終わったら一番うまい所、焼いてくんねぇ?」


「もちろん、お任せください」


「そんじゃ、3人前な? あとはそっちで好きにしてくれ」


「え? いいんですか?」


「ああ、急に用意してくれた礼だ」


「いつもありがとうございます。それではすぐに」


「おう。頼むぜ」


 リリーに目をやると、拳闘場を見て鼻息が荒い。

 まあ、ここは小規模だからな。

 あんま興奮しすぎて壁にぶつかるなよ?

 それに、そんぐらいじゃなきゃ戦えねぇ。


「リリー、これから1体ずつ2体と戦う」


「わかったわ。このチャンス逃さない」

「ああ、それで最初は神族だ」


「やるわ!やってやる」


「始まったら、どちらかが死ぬまでだ」


「覚悟は決めているわ。もうあの時から」


「そっか。なら来るまで待つか、こっちだ」


 拳闘場内に入る。

 地面は砂交じりの土だ。

 走って、16秒ぐらいか?

 その距離感で正方形だ。



「一応言うがルールはシンプルだ」


「はい!」


「何やろうと殺したヤツの勝ちだ。それだけだ」


「絶対死なない」


 そうだな。

 どうやって生き残るかより、

 どうやったら死なないか。

 そっちの方が生き残るヤツが多いな。


 反対側からスタッフが手を振る。


「来たか。俺はこっちで下がる。赤く薄い魔法陣が現れる。そいつが消えた瞬間にやりあえる」


「わかった」


 肩肘はるのも無理ねぇか。

 それじゃ言えるのは一言だけだな。


「とらわれるなよ? 心で動け」


「死なない。絶対に」


「ああ、またな」


 俺は、外縁の席にすわった。

 さて、始まるな。


 生き残りデスマッチか。

 赤い魔法陣が中央に浮かぶ。

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