第25話
「やっぱこうなりやがるか」
「あら、久しぶりね。ここまで来られるかしら?」
「なあ、そろそろ素直にならねぇか?」
「ふふふ。あなた、可愛いわね」
「うぜぇ。マジで」
光の槍が次々と降り注ぐ。
紙一重。頬の薄皮が削げる。
槍を叩き落としても意味がねぇ。
このままじゃ押し切られる。
だから、俺は――
「是界ッ!」
世界が軋んだ。
音が止んだ。
風が息を潜めた。
景色が“遅れて”ついてくる。
俺が世界を置き去りにした。
一瞬で女神の懐へ踏み込む。
ストレートを右頬に叩き込んだ。
女神の身体が吹き飛び、床を転がる。
続け。
立ち上がろうとした肢体を、蹴り上げて空へ弾く。
「グッ!」
呻き声。体がくの字に折れた。
「ソラァ! ソラ!ソラ!ソラ! ソラァァアアアア!」
空中の腹に連撃を叩き込む。
とどめの一撃で女神は壁へ叩きつけられた。
崩れ落ち、しゃがみ込む。
「是零掌!」
上着の上で光が揺れる。
「チッ!」
対策をしてきやがったか。衣で誤魔化す気か。
「ソラッ!」
そのまま上着を左右に力づくで裂いた。
構わず掌を突き出す。
「是零掌!」
金色の粒子とともに、胸の中央から存在証明を引き抜く。
――が、こいつは消えない。
これが女神の怖ぇところだ。
口角から血を流し、その血すら金色。
「いいのよ? 好きにしても」
「だぁー、お前は何でいつもそうなんだ?」
「だってあなた強いんですもの。……光明の女神を消滅させただけあるわ」
「それ言う? 今いっちゃうのかよ」
「あなただけにしか言わないわ」
もう戦う必要はねぇな。解除すっか。
「解除」
是界が解除され、世界が色を取り戻す。
こうしないと始まらない。
これが、俺とこいつの“会話”だ。
それに、こいつが傍にいる時の俺は、是界を使っても存在は――薄まらない。
「ねぇ今日は何用? そろそろ婿になる覚悟は?」
一瞬にして部屋の中身を変えやがった。
今度はいきなり寝室かよ。
「なあ、諦めたらどうだ?」
「無理。ダメ。絶対無理」
「お前、一応“深淵の女神”なんだろ?」
「そうよ。あなたを深淵の奥から愛する女神よ? この魂が崩れるまで」
「はぁ……。用事はな。お前んところの勇者の件だ」
「勇者? あの子たちがどうかしたかしら?」
「ここに二枚ある。勇者の証だ。解除してやってくれ」
「あら、そんなこと? いいわ。貸して」
存在証明を受け取らずまず俺の手首をつかみ、引く。
ベッドに横並びに腰掛ける。
俺の手からさっと奪い宙に浮かせると軽く一振りする。
手を仰ぐような仕草だけだ。
これで消えるなんざ、嘘のような話。
でも消えた。
たったそれだけでだ。
女神はひらひらとかざしながら見せる。
それを奪い返す。
「もう……ちょっとひどい」
おいおい、そこで口とがらせるなよ。
拗ねてもだめだ。
でも、その表情は悪くねぇ。
「ああ、受け取ったぜ。大丈夫だな」
「なんでまたそんなことを?」
小首をかしげる。
おいおいそのしぐさ、らしくねぇな。
っていうより、今が素か。
「たまたまだ」
「あっ、もしかして私に会う口実でしょ?」
ポコポコのような表情をしやがる。
なんでニヤケ方がこうも似てるんだ?
「ちげぇよ」
「うふふ。やっぱ可愛いわ、あなた」
「――帰るな」
「ダメっ!」
がっしり両腕で俺の上半身をつかむ。
いやいやをする子供のしぐさじゃねぇか。
「ダメとかわけわかんねぇよ」
「もっと私自身に用事はないの?」
「ない! けどある」
「なにそれ?」
嬉しそうないつもの顔だ。
「こうだ」
俺はそのままベッドに二人で転がった。
◇
夜が更け、神殿は静かになった。
女神は満足そうに横になりながら俺に話しかける。
「ねぇ」
「なんだ」
「どうして一緒にいてくれないの」
「ここの住人じゃない」
「嘘」
「なんで嘘になるんだ?」
「あなたは私の心に住みついて離れないじゃない?」
「はぁ? それはお前自身の事だろ?」
「だって」
「なあ、それなら女神辞めたらどうだ?」
「あなたがこの世界を追放しないと無理」
「ああ、またその話かよ」
世界を追放? またあの時みてぇな真似をしろってのか。
「だってあなた前、世界から追放されたじゃない?」
「……」
「また、黙るぅ」
「なあ、なんでセレスがホールにいたんだ?」
「あの子ね、面白そうだから身の回りの世話させてるの」
「マジか」
「知ってるわよ。あの子も抱いたんでしょ? 私を抱いた後なら好きにしていいわ」
「お前な……。まあいい」
よしっ。
「よしっ、頭はここな」
枕を置き頭を動かす。
「なによ」
「じゃな?」
「ちょっとー。またやりにげ?」
「人聞き悪ぃぞそれ?」
さっさと着る物を着て、俺は部屋を出る。
「もう、また来てね。待っているわ」
「また来るさ。来られるうちは」
ベッドの上でまどろむ女神を置いて俺は扉を閉めた。
ホールには誰もいねぇ。
なぜかここで現れないことが逆に不自然。
セレスはもしや移動したのか?
もしそうなら――
面倒だな。
まあ、帰るか。
気にしてもしゃーねぇー。
俺はまた転移魔法陣を乗り継ぐ。
◇
あと6日か。
徴税局の前まできた。
あいつらが来るまでまだ日数があるな。
ガラガラガラ。
ん?
背後にホロ付きの荷馬車だ。
歴戦の猛者といった面構えの神族たちが数人、手枷足枷の状態だ。
まだ今にも戦いそうな面構えだ。
威勢いいな。
生け捕りってヤツはなかなか見れないな。
ゆっくり通り過ぎていく。
まぁ俺は存在証明にしか興味ねぇな。
また来た。
今度は?
おいおい天使族かよ。
一人こちらを見つめる少女がいた。
悲しそうで、それでまっすぐした目だ。
おいおい、俺をそんな目で見んなよ。
はぁ、脱走させたくなっちまうじゃねぇか。
でもな。
それしちまったら、おしめぇよ。
どんな理由かしらねぇが、ここに運ばれるってヤツは相当な重罪持ちだ。
逃れようがねぇほどのな。
つまり、あの姿の持ち主はそれをやっちまった。
因果応報だな。
でも安心しろ。
来世はうまくいくぜ。
存在証明はまあ、誰かがおいしく食うさ。
俺は振り返り、少女の目線と自分の目線を合わせる。
……あー、目ぇそらせねぇな。
親指の上に乗せたコインをはじき、立て続けに三枚、荷馬車の中へ飛ばす。
それを使って何をどうするかは少女にまかせる。
逃げるもよし、諦めるもよし。――選ぶのはそっちだ。
後ろ手に手をふり、あとは振り返らない。
俺は、執務室へ向かった。
後ろ髪をぐいっと掴まれたみてぇな感覚だけ残して。
◇
私は天使族のリリー。
もうすぐ、名前ごと消される予定の――。
荷馬車に揺られここ、税を管轄する官僚地域に来た。
私は、脱税犯。
何度も何度もした。そして逃げるために殺しもした。
結果、捕まった。
もうだめ。
私は今、死にたくても死ねない。
存在証明が奪われるんだって。
肉体すら残らない。
私、消されちゃうんだ。
そう思うと涙がこぼれてきた。
悪いことしたのはわかっている。
でも、どうしようもなかった。
あの時は、アレ以外に方法がなかった。
本当は、戦いたくなんてなかった。
でも
でも――
生きるため。
私は、一人で戦った。
だめだった。
相手は強かった。
そして私は今、ここにいる。
悲しくて、死ぬのが怖くて心が押しつぶされそう。
自分勝手なのはわかっている。
でも、生きたい……。
死にたくないよ。
そんな時、私は彼をみた。
黒髪で背が高い。
どこか飄々としていた。
なぜか目が離せなかった。
もちろんカッコイイのはわかる。ただ、それだけじゃない何かがあった。
でも言えなかった、『助けて』って。
言いたかった。
でも、彼は関係がない。
その思いがこみあげてきた時――
彼はまっすぐ腕を伸ばし、コインを私にめがけて指ではじいて放ってきた。
1枚。2枚。そして3枚と。
なぜ、どうして?
その問いに答えてくれない。
後ろ手を振り、離れてしまう。
ただ、私はこれが彼がくれたチャンスだと思った。
だからこの3枚で何ができるか必死に考えた。
まずは牢。次に手枷足枷、最後に身なり。
これをクリアしなきゃ。
護送側が神族騒ぎで人手不足。
御者が何かそんな話をしてぼやいていた。
しかも普段の家畜の餌を運ぶついでだという。
これはチャンスかもしれない。
気が緩いし、意識していない。
やるなら今ね。牢は意外と脆かった。
コインでテコのようにして金属の隙間を浮かし静かに外した。
彼らは私の動きに気が付いていない。
そっと今のうちに荷馬車から飛び降り、路地裏に隠れた。
たまたま目の前にあったのは、どこか怪しい感じのお店。
この姿で正面からは無理。
だから裏手にまわると、おじいさんがいた。
危険だけど賭けてみた。
どう見ても、場数を踏んだ“戦い慣れた人”にしか見えなかったから。
「あの、手枷足枷、コイン1枚で外して」
ジロリと足から頭の先まで舐めるように見られた。
顎に手をあて何か考えているかと思うと口を開いた。
「道具をもってくる」
すぐに表れたおじいさんは、あっという間に外してくれた。
「これ」
私は1枚渡すと、すんなり受け取ってくれた。
「何事にも対価は必要だな。達者でな」
何事もなかったかのように、何か作業を続けていた。
私は、次に雑貨屋で服を見繕った。
動きやすく頑丈なヤツ。
おあつらえ向きの物があり、これもコイン1枚で相談した。
難なく、取引が成功。
すぐに着替えて、帽子も深くかぶり変装は完了。
最後の1枚は予備として保管。
そしてコインをくれた彼を探しにいく。
私は天使族のリリー。
生きることをあきらめなかった。
だからきっかけをくれた彼に会いにいく。
お礼?
わからない。
どうしてか、なぜか。
理由がききたかったの。
ただ、それだけのために彼を探し始めた。




