第20話
俺は、あの時脱税犯を追っていた。
雨脚が少し遠のいた頃、びちゃびちゃと音を立てて追いかけてた。
「まちやがれ!」
袋小路に追い詰めたつもりだった。
だが、そこに座り込んでいた少女がいた。
ボロボロの煤けたワンピース。
ぼさぼさの頭。
抜け落ちた表情。
絶望した眼。
どれをとっても“最悪”がそこにある。
脱税犯の野郎は、その少女をつかむ。
「殺すぞ! 俺を見逃せばこいつは殺さない」
こういう時は、そのつもりがなくとも勢いでやるヤツがいる。
わからねぇのは俺の方だった。
いつもなら問答無用で消滅させてた。
ところが今日は違った。
あの少女の眼だ。
髪をつかんで持ち上げる。
苦しそうな表情をするどころか、絶望した眼は変わらない。
「いいよ――」
何か言ったのか?
「殺して、もう生きたくない」
悟ったのか脱税犯は少女を投げ捨て、壁をよじ登ろうとする。
俺は、この時、すべてを置いてきた。
風は呼吸を失い。
音は止み。
景色は灰色に変わった。
止まった景色の中、俺は肉薄する。
すぐに色鮮やかな元の風景に戻る。
少女の眼がこの時少し開いた気がした。
「是零掌!」
俺の打ち付けた掌底は、脱税犯の体を通り存在証明を抜き出す。
その瞬間、体の外側から銀色の粒子になり空中に舞っていく。
この光の粒を眺める少女は、さっきとは明らかに違って見えた。
恐らくこういう奴らは、何かと理由をつけるんだろう。
だから俺は、彼女を巻き込んだことにした。
放っておけねぇ。
理由なんざ、あとでいくらでもつけられる。
でもあの時の俺は――ただ動いた。
「悪りぃ。巻き込んだな」
少女は何も言わず俺を見つめる。
濁ったその目がいたたまれない。
「お詫びさせてくれねぇか? 五つのお詫びな」
俺は懐に入れていたチョコバーを取り出し、袋から剥いて渡す。
「まず一つ目のお詫び、これでいいか?」
しばらく見つめていたが、安全と確認したのかうなずき、むさぼり始める。
残り二本を渡し、受け取るのを確認した後、言う。
「あと四つのお詫びは明日以降でいいか?」
うなずく少女。
「そしたら俺はどこに行けばいい?」
少女が指さすのは、ボロボロの家屋だった。
その軒先には、肉食植物が植えてある。
誰かのかは知らねぇが腕を食ってやがる。
「わかった。そしたら明日同じぐらいの時間に来てもいいか?」
再びうなずく少女を見て、俺は安堵した。
「そんじゃ、またな。明日くる」
俺が手を振ると弱々しく、少女も手を振り返す。
これが俺とポコポコの初めての出会いだ。
次の日、同じ時間に俺は訪れた。
今度は食い物と風呂の魔道具を持参した。
「よぉ! いるか?」
「うん」
昨日より幾分声が出ている。
「なあ、これ持ってきたんだ。これは食い物とこれ風呂な? どこ置けばいい?」
「お風呂……。こっち」
元々風呂場だったような場所には何もなかった。
俺はそこに置き魔道具を起動させる。
こいつは簡易式だが、魔力があれば半永久的に使える優れモノだ。
「これ簡単につかえるぞ。ここに手をかざして魔力を流すイメージだ。ここが緑に光ったら使える」
「うん」
「あとは、こうやってひねればお湯も出るぞ。一回最初から試してみな」
「うん」
「ちゃんとできたのを確認して、タオルなども渡す」
「飯用意するから、ふろ入ってきな。これな、結構頑丈な服をもってきた。古着だからよ、好きに使うといい」
「うん、ありがと」
ようやく口が多少きけるか。
きれいさっぱりした少女は、新しい服になり見違えた。
かなりの美少女だ。
「さっぱりしたじゃねぇか。飯食ぅぞ」
「うん!」
この時は簡単なものだった。
オムレツとスープという簡単な組み合わせだ。
「うまいか?」
「うん! おいしーよー」
「ああ、そいつは良かった」
食べ終わり、片付けると俺は伝える。
「明日は三つ目のお詫びな。また来る」
「まってる」
少し言葉が出始めた。良い兆しだ。
翌日。
「よぉ! いるか?」
「うん! いるよー」
昨日の今日とはいえ、だいぶ元気だ。
「今日のお詫びはこの家の修理と寝床確保だな」
ひとまず、専門的な物は修理用ゴーレムに任せ、家屋内の掃除は俺がヤル。
必要か否か都度確認し、埃を掃き出し、磨く。
最後の細かい仕上げは、掃除ゴーレムに任せる。
一通り片付け終わると、簡易ベッドを置き完成だ。
嬉しそうな姿を見ると心が癒される気がした。俺らしくもねぇな。
「今日はな、ちと違う飯だ」
「うん!」
俺が用意したのは手抜きハンバーグだ。
まあその辺りは許せ。
こうして二人で飯を食い、その後片付けをして、再び局に戻る。
「明日は四つ目のお詫びな。またな」
「またね!」
翌日。
俺の勘だが、こいつは魔力が結構あるし、繊細な動きが得意に見える。
だから、魔道具職人の道もありかと一通りの書物と道具をゴーレムに抱えさせて運んだ。
「よう! いるか?」
「うん、いるよー」
「今日はな、いいものをもってきた」
「え! 何?」
「お前さ、魔力あるし、繊細な動きが得意そうだろ? だから魔道具職人目指すのはどうかと思ってな。これ本と道具だ」
「わーすごい。興味あったんだ」
「おっ? そうか? どこに運ぶんだ?」
俺は指定された場所に運び並べる。
落ち着いた頃、飯を出す。
「今日は少し寒いからシチューな」
「うん!」
こうして二人で再び飯を食う。
暖房用魔道具は設置済みだ。
なんだかあっという間だったな。
明日で最後かと思うと、どこか寂しさもある。
「そんじゃ、明日が最後の五つ目のお詫びな?」
「ねぇ――」
「どうした?」
「明日のそのお詫びで、あたしのお願い聞いてほしい」
「そうか。なら出来る範囲でならな」
「うん!」
俺は気軽に答えた。
翌日。
「よぉ、いるか?」
「うん、いるよー」
昨日の今日、もう何かの実験を始めていた。
魔道具関連を用意してよかったなと思う。
が、すげぇことになっている。
魔道具部屋は、いろんな瓶が“ポコポコ”音を立てながら泡を吹いていた。
「なあ、これすげぇな」
「うん。ポーション試している」
「お前、才能やっぱあるな」
「へへ、ありがとう」
「ねえ。名前聞いてないよ」
「そういや、そうだな。俺は是明」
「是明、是明、是明。うん覚えた」
「お前は?」
あの絶望的な目をした頃の表情にまた戻ってしまった。
「無い……」
「そっか。それなら……」
周りでポコポコいっているこの空間を見て、思いつきで言ってしまった。
「ならよ、ポコポコはどうだ? ここすごいポコポコいってんじゃん」
「うん! それでいい」
「いいのか? ほんとうに?」
「うん! 是明がつけてくれた」
「わかった。ならポコポコよろしくな」
「うん、是明よろしくね」
「それで、お願いまとまったか?」
「うん……」
なんだ? またその絶望的な目は。
「どうした?」
「是明。ずっと。ずっと。一緒にいてもいい?」
そっかそういうことか。
この小ささなら、耐えるのはきちぃよな。
まあ、俺らしくもなく突き放せなかった。
なんでだろうな。
こいつの場合は。
不思議と嫌じゃねぇんだよな。
「そしたらな。まずは一年、期間限定でどうだ?」
「ずっとじゃないの?」
「まだ会って数日だろ? ポコポコが嫌になるかもしれねぇし」
「そんなことない」
「俺の仕事みただろ? 人を消すこともあるんだぜ? いやだろ?」
「違う。あれは、あたしを守ってくれた」
「まあ、そうともいえるか」
「ねぇ一年経ったらいなくなっちゃうの?」
「いや違う。一年間、ポコポコが俺の様子を見て判断する期間だ」
「なら大丈夫。お願い一緒にいて」
「わかった。そしたらポコポコは魔道具で商売できるようにがんばるんだぞ」
「うん。がんばる」
こうして俺たちは、この後数年間一緒に暮らす。
自立できるようになってからは俺は宿舎にもどって、たまに顔を出す感じだ。
そして今。
「是明、もうちょっとうまくやったらぁ? できないのぉ?」
「えー今それ言うか! 結構むずいぜ」
「こうやるんだよバーカ♪ (小声)……是明大好き」
「うわ、お前しがみついたらできねぇーだろーがー」
……ま、こうやって笑ってりゃいい。
あの日の目なんざ、二度とさせねぇ。
ポコポコは俺の腕にしがみつきニヤニヤしている。
いつからだ。期限のこと、数えなくなったな……。
……まあ、いい。
ひとりだと俺は、すぐ突っ走っちまうからな。
だから今は、こいつらが隣にいるうちに腹くくっとく。




