第19話
「どうしたの? 是明」
在香の驚きも無理ねぇ。
額にふれると、いつの間にか汗だくだ。
不意打ちすぎんだろ、あの女。
全身汗でぐっしょりじゃねぇか。
「いや、なんでも――あるか」
水を一杯飲み干す。
どう言いつくろったところでなあ。
昔の女なのは否定しようがねぇ。
しかもあのセレスだ。
ああ、ここは素直に言った方がいいな。
まず、最悪ここまでくる。
……部屋にもだ。
「昔別れた女がいた」
「え? もしかして偶然会ったの?」
「いや、会いに来たと言ってたな」
「で? あなたはどうするの?」
「来るなと言った」
「是明? 何かしでかしたんじゃないでしょうね?」
「何言ってんだ? かなり昔の話だし、今さら会いに来たとは不自然だろ?」
「それもそうね……。もしかして神族か天使族の罠?」
「わからねぇ。今はな」
そういや、俺はあの女に聞いた事がなかったのはなんでだ?
といっても見た目の種族が同じなら、あえて聞く必要もなかったな。
「それで、来たらどうするの?」
「追い払う。それだけだ」
「それだけねぇ……。あなたいつもより固くない?」
「わかるか?」
「うん。少し変ね」
「まあ、色々あったからな……」
「いいわ、別に聞きたくないし。(小声)昔のあなたより、今のあなたが……」
在香は一瞬だけ目を伏せた。
それから、ふっと息をのむ。
「……その人、あなたにまだ気があるわね」
「まあ、そういう感じだったな。
あいつ、昔から輪留め外れた馬車みてぇに突っ走るしな」
「……待てよ。あいつ、どうやって局に入った?」
「是明。ホールの出入り記録、洗う。
あなたは――ポコポコから目を離さないで」
このタイミングでスマポが明滅する。
「是明さま。オルツの件が見えてきました」
「ちょうど今、在香もいる。初めからかいつまんでくれ」
「はい。奴らゲスです。しかも、筋金入りのゲスです」
「奴らがクソなのは当然として、何なんだ?」
「深淵の女神に対抗できる“人工女神の素体”の創造が目的です」
「おいおい随分でかく出やがったな」
所詮、神族という名の種族でしかないのにな。
それなのに女神つくるってヤバイんじゃねぇの。
最悪怒るな、あの女神なら。
「それを実現するため、複数の計画が動いています」
「それがアリサの拉致と関係あるのか?」
「はい。大ありです。抜き差しの回数で器の大きさを探しています」
「つまり、器を探しているのか?」
「そうです。白紙の存在証明で入れ替えるのは、ある意味副産物です」
「俺は存在証明を抜き出すが、彼らはその回数か」
「本当は器を見つけるための手法で、見つけ次第確保に移ります」
「ん? それだと何度も抜いたあとだからもう差し替えもできねぇだろ?」
「はい。ところが、存在証明は重ねて入れられます。
そして十枚を超えると、“存在そのものが神格化し始める”ようです」
おいおいそれじゃ、エリザは14回できたぞ。
あいつも可能性があるのかよ。
……あいつが神になるとか、笑えねぇ冗談だろ。
「重ねたとして、どんな力なんだ?」
気持ち悪すぎんぞ。
まあ、素質というならエリザには、無い可能性がある事を願うな。
「神の権能を使うことが可能になるみたいです。ただし問題があります」
……ふざけた話だよな。人間にやらせる力じゃねぇ。
「まぁ、そう簡単にはいかねぇよな」
「重ねただけでは、その権能を使った際に消滅してしまいます。それを防ぐための手法の確立が急がれています」
「消えるにしても、使えるってのがヤベェ」
「神族は、是明さまのように存在証明を出し入れできます。
その性質を利用して、器と融合することでその力を得ようとしているのです。いわゆるキメラみたいなものですね」
「だから、あの研究所はキメラがあふれていたのか」
「はい、そういうことだと思います。前提の実験で融合そのものを検証していたと思われます」
「だからゲスなんだな?」
「ゲス・クソ野郎どもです」
「待てよ。それならもし、因子があるヤツを俺が見つけて、すでに抜き差しした後なら回数はわからねぇよな?」
「はい。おっしゃる通りです。予防策にはなります」
「ただデメリットとして、元の存在証明を戻してもらえず、消滅するリスクもあります」
「俺たちにはどうにもならねぇ」
「はい。是明さまの仰るとおりです。世界の守護者というわけでもないですし」
「俺たちは徴税局、特殊捜査部門。存在不明・定義不能者を追う――必要とあらば、抹消だ」
「ええ、そうね。存子の情報はありがたいけど」
「お気を使わせて申し訳ないです。私たちにメリットがある別視点の方法もあります」
「おいそれって、もしや食い物系か?」
「はい! あえて是明さまが言わないので、私がいいます。神と天使のお肉です。旨いです」
「食って安全を応援するってヤツか」
「はい! メリットしかないです。討伐ポイント貯めましょう!」
「まあ、そいつは任務ついでにまた今度な」
「期待しています」
「でもよ、お前食えねぇよな?」
「はい、是明さまがおいしく食べる姿が、おいしいのです」
「別に肉じゃなくてもよくねぇか?」
「いえ、お肉が至高です」
「そういうもんか?」
「はい、そういうものです」
◇
場所は変わらず執務室。
俺は、神族の未納者資料に目を落とす。
これで見えてきたな。
局長が天使に拉致されたのは、神族にとっては不利益。
保護なのか、存在証明の調査の妨害かはわからねぇ。
もしくは素質があるのか。
何にせよ、神族らにとっては欲しい素材だったわけだな。
けどな、天使族はまるでわかんねぇな。
ただの妨害だけというわけでもねぇし。
二区殲滅後、天使たちの未納者がいなくなった。
それは確かだ。
今後、奴らが手を出さないようにするにはいいだろう。
待てよ。
ポコポコが拉致られたのは、神族から保護するためか?
いや、それは都合よくあてはめすぎだろ。
天使の真意はもうわからねぇ。
あいつを守ってやらねぇとだな。
出会った頃の、あの絶望した目はもう二度とさせねぇよ。
……忘れられるわけがねぇ。
確か雨の日だったな。
俺とポコポコが出会ったのは――。




