第16話
「是明さまGO! GO!」
外法神の研究所に向かう前――道中で魔獣の群れに遭遇した。
存子がやけにテンションたけぇ。
なんだ?
どうしてこうなった。
……少し前に、山のふもとへ向かった時までは、こんな展開になるなんて思ってもいなかったんだがな。
隣で在香も、息を切らしながら俺と背中合わせに剣を振る。
怖いはずなのに、一歩も退かねぇ。
俺の一閃で、魔獣の顔だけがクルッと回転しながら落ちていく。
在香は影をひょいと避け、次の敵へ斬り込んだ。
俺は俺で是贋で縦横無尽に薙ぎ払う。
触れた魔獣の皮膚が一気に裂け――
汚ねぇ皮だぜ。
思わず口に出た。
互いに背中合わせで応戦だ。
状況は訳わかんねぇが……もう立ち止まってる暇もねぇ。
「ソラァ! ソラソラソラ、ソラァ!」
俺は魔獣の群れに突っ込んだ。
◇
向かう少し前のこと。
「えっ本気でいくの?」
在香は不満そうなつら。
徴税局の執務室は俺たちだけだ。
空気の入れ替えで少しさむい。
在香は腰に手を当て、黒い大きな目で顔を近づける。
おいおい――。
そんなに近づいたらヤベぇ。
唇がふれちまうじゃねぇか。
いいのか?
いや、だめだろう。
「なあ、くっついちまうぜ?」
はっとした表情。
「キャッ」
なんだ?
珍しい声あげるな。
そっぽを向いたまま、俺を見ない。
「んでだ。行く」
「確かに今、案件来てないけど」
少し耳が赤いな。
熱があるのか?
「いや、無くはない。それよか問題がある」
「何?」
「存在証明のストックが足りねぇ」
結構これ困ってんだよな。
「無いとどうなるの?」
「じり貧だ。ヤバイ敵に遭遇したらもっとヤベぇ」
「行くしかないのね?」
めちゃくちゃ今ため息つきやがったコイツ。
「ああ、そうだ」
「仕方ないわ。付き合ってあげる」
「いいのか? 無理すんな」
「だってあなた……存子と一緒に暴走しそうだもの」
「否定できねぇ。まあ行こうぜ」
「わかったわ」
執務室の扉を開けて向かった。
着の身着のまま、徴税局専用の転移魔法陣にすぐにつく。
目と鼻の先にあるからな。
確かあの野郎が言ってたのはこれか?
紫の魔法陣。
何気なくいつも通りだ。
まばゆい光がおさまると、そこはまた石造りの一室。
数人だけがいる待機所。
その後は、黄色だよな。
再び黄色の魔法陣に乗り跳躍。
またついた先は石造りの似たような待機所。
今は誰もいない。
ここからは徒歩だ。
「山と森ばっかで、緑しかねぇな」
「そうね。言ってたのはふもとの洞窟?」
「ああ、ただこれだけ広いとなると――」
「でも、黄色の山といってたら、アレだけよ」
正面の黄色いヤツがそうか。
だったら、ひとまず向かうとすっか。
ただの獣道だ。
あっけないな。ふもとまで何も起きねぇ。
こんなものか?
だが――
違った。
「是明」
「ああ、わかってる。完全に囲まれたな」
「いつからかしら」
「初めからかもな」
四方から見たことのない魔獣たちが襲い掛かる。
四足歩行もいれば二足歩行もいる。
共通してんのは、どいつもこいつも人の体を一部もってやがる。
つまり、いじられた奴らだ。
チッ――
使えない存在証明を抜き取るのは無駄だ。
「ソラ! ソラソラソラ!」
光の刃で首を切り落としていく。
「多いわね」
「キリねぇな。おい存子!」
「是明さま、ここは是界を」
「やるしかねぇか。またバレルぞ」
「命あってこその物種です」
まあ、存子の言ってることは間違いじゃねぇ。
「是界ッ!」
風が止んだ。
音が消えた。
景色が置き去りにされた。
在香も止まっている。
止まった在香の背に、甲を一度だけ当てる。――帰ったら動け。
見渡す限り、目につく魔獣の存在証明を抜きまくる。
「ソラァ! ソラソラソラソラソラ!」
抜かれた魔獣は光の粒子となり空中に舞い消えていく。
それを一気に片づける。
辺り一帯のすべての魔獣は粒子となった。
このままじゃヤベぇ。
単騎で洞窟に突っ込んだ。
次の存在証明がねぇと戦いが激変する。
通路は広い。
壁の模様が波打つって、どう考えても不自然すぎだろ。
内側から脈打ってる……多分、生きてやがるな。
触れたら吸い込まれそうな、肉の動きだ。
腰の魔道具が反応している。
外法神側の研究員だ。
透かして見れば犯罪判定で真っ赤だ。
赤ということは処刑が最優先。
入ってすぐのくぼんだ曲がり角で、壁に向いたままのヤツ。
立小便か。
……まあいい。
そのまま背後から背骨へ向けて打ち込む。
「是零掌!」
抜き出すと同時に白紙の存在証明を入れ込む。
スロットに格納。
そのまますぐに、もう一度手を突っ込み引き抜くと先と同様に存在証明に代わっている。
すぐに変化するなら稼ぎどきだな。
繰り返すこと、俺の5スロットすべてがうまった後、できなくなった。
目の前のヤツが新しい存在証明を受け付けねぇ。
つまり入らねぇわけだ。
個数制限か。
俺はそのまま別のヤツを探す。
なんだ?
人に頼んでおいてなんでコイツがいる?
洞窟の奥で、エリザが腰を低くしてフードの奴と紙束を広げ、商談していた。
相手は神族の紋章をつけた研究員で、物々しい雰囲気だ。
エリザは妙にへりくだっていて、よほど後ろ暗い取引らしい。
……妙だ。
ここだけ“気配”がねぇ。
奥へ続く通路は何かいたはずなのに、
エリザと研究員の周りだけ、
空気が死んでいるみてぇに静まり返ってやがる。
息をひとつ吸った瞬間、
鼻の奥で金属みたいな匂いが張り付いた。
――研究所の“異物”の気配。
俺の背筋に誰かが手を触れる感じがした。
まあ、今は気にしねぇ。
商談なんだろうが構わねぇ。
ヤツの目の前で引き抜く。
「是零掌!」
存在証明を引き抜き、白紙のものと入れ替える。
が――
こいつは2回しかできねぇ。
まあ、いい。
次だ。
ん?
待てよ。
どうせそこらの魔獣より価値ありそうだしな。
エリザー!
てめぇも抜いてやるぜ!
……エリザは“使える”。
ここで死なせるのは損だ。死なねぇギリだけ測る。
「是零掌!」
コイツも抜けたが白紙いけるか?
……
行けやがった。
限界まで入れ替えてやるか。
器の底、見せろ。
14回目で入らねぇか。
これってこのままだとコイツ消滅するよな。
どうすっか。
まぁ押し戻して戻るなら、それだな。
元の存在証明をもう一度差し込むと入った。
これでほかのヤツとあわせて15個。
エリザの求める20個まであと5個か。
7割以上がてめぇの存在証明。
皮肉だな。
――限界は見えた。今は札だ。生かしとく。
次はコイツか。
女か?
構うことねぇ。
「是零掌!」
なんだと、9枚目かよ! すげーなおい。
何!
コイツ俺の手首をつかみやがった。
顔はむいてねぇ。
本能か?
まぁいい。
もう一枚。
これで最後か。
何だ――何かが近づく気が。
……嫌な“質”だな。あれは普通の化け物じゃねぇ。
いいや、かまわねぇ。
ずらかるだけだ。
変わらず音を置き去りにしたまま。
在香の所に戻る。
「終わりだ」
この瞬間、元の体感時間だ。
一瞬にして回りは粒子に変わる。
「え? 綺麗」
在香が口走る。
無理もねぇな。
俺もこの光景、何度見てもな……。
ああ、すげぇーよ。
こんな眩い世界があるなんてな。
視界の範囲すべてが、柔らかい細かな粒子に満たされて舞い上がる。
これが最後の命の粒なんてよ。
皮肉なもんだぜ。
「終わった。余計なことが起きる前にもどろうぜ」
「ええ。そうね」
「是明さま。妙な気配があるのでずらかりましょ」
俺たちはさっさと退散した。
◇
「クソっ!」
「是明どうしたの?」
「いやさ、黒苦入れたまま忘れてた」
あれはな、この間手に入れた高級な焙煎した豆なんだよな。
ああもったいねぇ。
「え? 今それ言うの?」
「ダメか?」
「さっきまで殲滅しまくってたのよ?」
在香が呆れ気味だ。
そこで存子が唐突に話し出す。
「是明さま。今週の神肉(銘柄)で、美味と評判のものを見つけました」
「何だよそれ、今からじゃ今週は間に合わねぇよ」
「甘くて柔らかく、噛むとじんわり脂が口に溶けて広がる――
そんな食レポを見つけました」
「おいおい、それってかなり旨ぇってことじゃねぇか」
思わず想像しちまう。
神肉ステーキってか?
いったいどんな魔獣の肉なんだ?
「はい。加工屋に今度行きましょう。是明さまなら、今回の討伐も含めてかなりの数ありますから、いい肉が食えます」
「そういや加工屋で討伐数見せてなかったな」
「もったいないです。見た目は残念な物も多いと聞きますが味は保証つきです」
在香が目を見開く。
そんなに大きくしなくてもいいんじゃねぇの?
「ちょっとあなたたち、それ本気?」
「在香さま、お肌にも美容にもよいと聞きます」
「え?」
「目をつぶれば、なんでも食べれます。これ常識」
「おお~存子それ真理だな」
俺は思わず感心しちまった。
戻ってきたら戻ってきたで、加工屋が気になってしゃあねぇ。
「なあ、加工屋行く」
「え? ちょっと是明」
「存子も言っただろ? 心頭滅却すればなんちゃって」
「いやいやそんなこと言ってないわ。美容にいいって」
「あれ? じゃ在香も興味あるんじゃ?」
「ちょっとー。一緒にしないでよ……」
「在香さま、語尾が自信なさげです。しかもついてきてます」
看板が見えてきた。
マジでいい香りが漂う。
こりゃ久しぶりに肉くうか!
俺は店に突入した。




