第13話
「僕は天使ユラ。あの時の彼の動きが、まぶたの裏から消えない。なんでだろう」
問答無用で、二区という一つの街が「なかったこと」にされた。
普通なら膝から崩れ落ちるような所業を、当たり前みたいにやってのけた。
災禍と呼べるほどの戦闘力。
そして――
大事な者に対しての愛情。
なんか、目が離せない。
それは戦いを見て感じた興奮の痛みじゃない。
もっと厄介で、全身が冷えるほどの痛み。
貸しはある。でも……返されたくないと思ってしまった。
自分でも、ちょっと笑える。
僕は彼を利用しようとしているのに。
心がどこか彼の姿を追っている。
どうして、って自分でも笑いたくなるくらいに。
そうね、これからどうしよう。
僕の計画も、上層部も……どうでもよくなってきた。
もう、自分でも何考えてるのかよくわからない。
でも是明のことだけは観測対象として興味がある。
◇
勇者側
「……天使二区壊滅だと?」
「我々の攻撃じゃない。単独で?」
互いに顔を見合わせるが答えなどない。
あるのは、断片的な事実だけ。
「勇者団の攻撃規模の十倍以上だぞ?」
「何が起きた。こんなの、紛争っていうより災害だろ……」
「“勇者”なんて肩書きがかわいく見えるレベルだぞ……」
「……同じ“人間”だなんて、冗談きついよな」
「その名は――是明。」
勇者たちは何が起きたのか混乱していた。
事実今は、天使と小競り合いをしている。
だが、それは自分たちで起こした範囲。
その外で、まったく別の何かが、一瞬で天使の一角を壊滅させた。
なんだ。
化け物がいるのか?
俺たちの知らない何かが存在するのか?
不安が心を突き動かす。
◇
一方で天使上層は慌ただしかった。
「ユラは……何をしている?」
「この事件、勇者か? いや違う……あれは――人間?」
「……いや、違う」
年嵩の天使が立ち上がる。
「あれは人間じゃない。あれは――“災厄”だ」
「記録上、同格は存在しない……」
「二区は未納者集団だったよな?」
「はい。今はその未納者がゼロです」
「つまり、全滅か」
「化け物め……」
円卓は、前のめりになる天使たちできしりと音を立てた。
◇
俺、是明。今おきた。
戻ってきた俺たちはひとまず体を休めていた。
――が。
なんでポコポコは店に帰らない?
「ん~ぜみょう~」
寝ぼけてベッドで俺にしがみつく。
ここんところ毎日これだ。
なんで俺が抱き枕なんだよ。保護者か俺は。
「おい、起きろ。朝だ」
「もうちょっと寝る~」
だめだ。
毎夜俺の寝床に潜り込んでくる。
なんだお前。猫か?
ほほをつまむと、俺がニヤニヤしちまう。
はぁ。困ったな。
在香はじっと俺たちを見ていた。
黒い目が、俺とポコポコの腕のあいだを行ったり来たりする。
……ポコポコ、いいなぁ、って顔してやがる。
そのくせ、「別に何も思ってません」みたいな顔をして目をそらした。
「在香、どうした?」
「……なんでもない。気にしないで」
それでも、さっきから視線が刺さってるのは気のせいじゃねぇ。
そんで、在香もポコポコも俺の部屋に住み着いている。
まあこの方が。大事な者たちの安全が目に届く範囲といえばそうなんだが。
ん~。なんか違う気がするな。
二区殲滅から数日が経つが、局長もアリサも帰ってこねぇ。表向きには何も変化がねぇ。
彼らに関しては、知っているというだけだ。
俺にとっちゃ隣町のパン屋の恋バナくらいどうでもいい。
一つだけ変わったのは、天使の未納がゼロになったことだ。
俺が二区を殲滅したあと、突然ほかの区の未納者が一斉に納税に訪れたという。
あれな。納税効果があったのか?
……命がかかった督促ってのは、効き目が違ぇな。
勇者が天使と小競り合いしている話も入ってこねぇし。
神側も何か動きが見えねぇ。
それにしたって不気味だな。
俺が知っている神族の奴らは、かなりイカレタ連中だからな。
いつ予想外の攻め方をしてくるか、わかったもんじゃねぇ。
「パラッパー!パラッパー!トゥルルル!」
ん? 確定課だと?
豆奈か?
「あー徴税局。是明」
「豆奈でっす! 是明さーん。今大丈夫ですか?」
「ああ。問題ない」
前回と変わらず、勢いのあるヤツだ。
ただし、声にはまったく緊張感がない。
「アリサさんがですね。戻ってきたんですよ」
何なんだ。通話の奥が騒がしいな。
「は? 戻ってきた、だと? 無傷でか?」
「はい。少し様子が違う感じですけど?」
それはヤベェ兆候だ。
のんきに構えている暇なんてねぇぞ?
「やべー。豆奈逃げろ。今すぐにだ」
「何いって――キャー!」
「つーつーつー」
「切れやがった」
あれは間違いねぇ。
生きたまま改造されたな。
神族のイカレタ実験に巻き込まれたってわけだ。
この間の存在証明をいじられたヤツらと同じだな。
「在香、確定課にいくぞ。ポコポコは留守番な?」
「えー。わかったよぉ」
ぼんやりしながら手を振る。
「はい。今の流れだと誰かもどってきたのですか?」
「アリサだ。多分改造されている。急ぐぞ」
「はい」
今回は存在証明引き抜けねぇな。
消えちまうし。
タコ殴りにすっか。
走っていく途中、階段が妙にぬめっていやがる。
なんだこれ。
……冷たい。こりゃ“ついさっき”だな。
「これ、なんか似てねぇか?」
「あっ、ポコポコの店の前にいた肉食植物のよだれに似てますね」
もしや、嫌な予感がしやがる。
確定課の扉はひらきっぱなしだ。
「豆奈!」
「是明さーん」
ちょうど対峙していやがった。
「アリサてめぇー!」
「うごごが。ぜ。みゅう」
頭だけ真後ろに回転し俺を見る。
だめだ人じゃねぇ。
もう、“アリサ”って呼べるモンじゃねぇぞ。
「是贋!」
縦に振り下ろし右腕を肩から切り落とす。
「グギャー!」
どう見ても魔獣だ。
おいおい。体が縦に割れて口が現れやがった。
まさにあの肉食植物だな。
「ソラ! ソラソラソラソラァアアア!」
甲からの光の刃でデタラメに穿つ。
全身から粘液を垂れ流し、動かなくなった。
「しめぇだ!」
横一線になぎ払う。
首が地面に転がり落ち、縦に割れた体はそのまま倒れる。
「はぁはぁ。助かりました。是明さん」
腰が抜けたのか、しゃがんだまま、豆奈の滴る汗が恐怖を語る。
あれは普通に相当やべえ。
「これ回収課で生体調査か?」
「ええ、回収課に依頼します」
死骸とは言え、難儀だよな。
回収課の連中ってな。
「キャー」
何?
今度は異なる確度で確定課の奴らが声を上げる。
「あっ! 頭がッ!」
ニヤつく顔は、首の下から、カサ……カササ……と昆虫のような4本の脚が伸び、
壁を逆さに駆け上がっていく。
あまりの速さに、あっけにとられた。
窓の外に消えた頭は、わずかに笑ったままだった。
しくじったな。アレ、絶対あとで厄介になるタイプだ。
口を開けたまま、固まっている在香がいる。
「在香、虫苦手か?」
「う、うん……お腹とか……ムリ……」
「アリサは足だけだぜ。腹はねぇ。セーフだ」
ああ、あれだ昆虫の腹見て卒倒するやつだ。
アリサは足だけだぜ?
大丈夫じゃねぇか?
でもな、あれはヤバい。
一匹逃げたら、十は生まれるタイプだ。
……はぁ、また面倒が増えやがった。
頭の逃走先の……あの窓、今日は妙に“口”みたいに見える。
逃げた頭を、そのまま飲み込んだ口だ。
あの向こう側で、何かが“育ってやがる”気がしてならねぇ。




