24.後悔あれど、人それぞれの道を行く。
一方その頃。
プラムは国王の首を打ち取ろうと、ミュネラが気を引いているうちに城へ侵入していた。
プラムは東帝国のスパイである。
そこで培ってきた技術は数しれず、気配を経ち城の中へ気づかれぬようにするのは造作もないことだった。
プラムは初めから国王を殺すつもりは無い。
と言うか、人間を誰一人として殺すつもりは無かった。もちろん、『リヴァロ』の信頼を得るために人を殺す事はあるかもしれない。
しかし今回の作戦に関しては、プラムは運良く一人行動で、しかも国王の首取るという重大な役割を任された。そこでプラムは、国王に恩を売って逃がすつもりでいた。権力のある者を殺害してしまうとなると、いざ自分が元の組織に戻ってくる時に厄介なことになりかねない。プラムはそう考えた。正式な『リヴァロ』の一人では無い自分にとって、無作為に人は殺したくなかったのである。
プラムは事前にそう自分の計画を立てていた。立てていた……にもかかわらず、その計画を達成出来そうに無いと、突然のイレギュラーに困り果てていた。
プラムは気配を経つのが得意だった。
城に侵入して国王のいる場所に誰にも気づかれないほど。しかし、それと同時に気配を探るのが得意な者がいた。プラムは運悪くその人物に腕を捕まれ、素早い動きで拘束されてしまう。
これはやらかしたなと、自分の不出来さを反省し、自分を捕まえた者の顔を鋭い目付きで睨む。
――瞬間、プラムは息を忘れた。
どうして、なんで、と言わずにはいられなかった。
安全な場所で、危険には程遠い場所で過ごしていると思っていた。こんな、今に死んでもおかしくない場所に居るわけがなかった。大事で、大切だから、安心できる場所に居てもらってるはずだった。自分のこんな姿を見て欲しくなくて、ずっと遠ざけていたはずなのに。
「お兄……ちゃん?」
――サクラ。
あぁ、どうして……こんなにもタイミングが悪いのだろうか。今にも計画を実行しようとしているこんな時に。これじゃあまるで、本当に俺が『リヴァロ』の一員みたいじゃないか。
プラムは自分の運の悪さに腹が立ちそうだった。
「本当に、お兄ちゃん……なの?」
「……どうしてこんなところにいる」
「!あ、アタシっ!ずっとお兄ちゃんに会えなくて、心配で、不安で」
「帰れ。ここは危険だ」
プラムとしては、唯一の肉親がこんな危険な場所にいて死んで欲しくなかった。
「イヤよ!ようやく会えたのに、また離れ離れなんて許せないわ」
だろうなと、プラムはサクラの言動にある程度予想がついていた。サクラは昔からプラムに引っ付いていた。プラムもサクラが自身に引っ付いていることに違和感を感じなかった。双子故に、双子同士にしかないツナガリがあったのだろう。
「お兄ちゃん、まさか危ないことしてるんじゃないでしょうね?」
「ち、違うんだサクラ」
「逃がさないわよお兄ちゃん。アタシがどれほど寂しい思いをしたのか分かっていないようね?」
「ま、まてサクラ。俺は危険なことなんか一切」
「別に、お兄ちゃんが危険なことをしていたっていいわよ」
「えっ?」
プラムは驚く。ずっと、自分のしていることがサクラに否定されるのが怖かった。ずっと、拒絶されるんじゃないかと思っていた。
「お兄ちゃんがアタシに嘘をついてるのは知ってた。裏の危ない仕事をしてるのだって気づいてたわ!それが全部アタシの為ってことも分かってた!だからずっと何も聞かなかったけど、もう限界よ」
『家族に隠し事は出来ない』
組織のどこかの誰かがそう言ってたことを思い出す。
本当にその通りだった。プラムはそう実感する。
「アタシはねっ、お兄ちゃんとずっと一緒がいいの!どんなに危険な事でも一緒にやりたいの!離れ離れが一番イヤで、一番寂しいの……!」
サクラはそう叫んで目に涙を貯め、プラムの腕に張り付いた。
「サクラ……!?」
「絶対に逃がさないわよ、お兄ちゃん。アタシはお兄ちゃんがどんなに拒否したって着いていくつもりなんだからね!」
プラムはサクラ限定で押しに弱い。
こうやって何度もしつこく頼み込めば、プラムがサクラの要望を通すことは時間の問題なのである。
「はぁ…。勝手にしろ」
「!!」
「お前のおかげで言い訳も出来そうなことだしな。ちゃんと手伝えよ」
「もちろんよ!よろしくね、お兄ちゃん!」
いつの間にか国王もそこからいなくなっており、プラムは諦めてミュネラの元へ戻ることにした。
◆
「ん、よし。次の国行こう」
王城で状況をずっと眺めていた私は、映像を消して立ち上がる。
「え?もう終わりなのか?」
「これ以上見るものないけど」
「いやあるじゃろ!シュン達がどうしたとか、ミュネラとノルアはどうなったとか!!」
「興味ない」
「我は興味あるのじゃ」
『オレ様も〜!』
そう言って推してくるけど、ほんとに面白みのないモノだと思うのだが本当にいいのだろうか。
「つまんないよ?」
「それでも我は興味あるのじゃ。ナジュムも一緒じゃろう?」
『おもしろくねぇのか〜?じゃあオレ様興味わかねぇ〜』
「なんじゃとぉ!?気が変わりすぎじゃないかお主!そんなことあるまい!興味あるじゃろ?気になるじゃろ?」
『つまんねぇって言われると見る気しなくね〜?』
「というか、早くしないと戦闘狂達がこっちまで来ちゃう」
「来てはダメなのか!?別によかろう!?」
戦闘狂達が来てしまうと、流れでサクラ達も来てしまう。そうなると説明やらなんやらで面倒な事になりかねない。
それだけは絶対に嫌だ。
「……もう白黒の意見とかいちいち聞けないし行くよ」
「はぁ……もうそんな事じゃろうと思っておったわい。仕方ないのぅ」
白黒もだんだん私のことがわかってきてる気がする。
『なぁリネア〜。次ってどこ行く気なんだ〜?』
「決めてないけど」
『なら、オレ様リスバワ王国に行きたいぜ〜!』
「リスバワ王国…」
妖精と人間が住む世界的に見ても珍しい国。
それがリスバワ王国。
ほとんどの妖精は東のジェンニ王国で暮らしている。そこは妖精の国と言ってもいいほど妖精しかいない。
なぜそうなっているのかと言うと、多くの妖精は他種族のことを嫌っているため、国外にあまり出てこないからだ。
そんな中リスバワ王国は、唯一と言ってもいいほどの妖精の国が認めた人間の国である。今は人間と妖精のハーフの王が国を統治していると聞いているが、以前フレッド大帝国に滅ぼされかけたらしいし、実際どうなのかよくわからない。
場所はここからとても近く、サーベント王国の南の小さな島全体がリスバワ王国となっている。
最近になって自立した国のため、あまり発展していない国とよく聞く。
リスバワ王国に行くこと自体は、行き先を特に決めていなかったし、行ったこともない私としては賛成である。
しかし、ナジュムがそれを進めてくるのが少し疑問に感じる。
「なんでリスバワ王国?」
『前に戦争があったみたいでよ〜、あそこには知り合いもいるし、ちょっと不安でな〜』
「ふーん。まぁいいよ。リスバワ王国にしよう」
そう言って次の行き先を決めた私たちは、戦闘狂達が戻ってくる前にそこから去り、リスバワ王国行きの船を港で待つことにした。
◆
リネアたちが城の屋根から去った後、ノルアは王城から出てくるプラムを見かけた。
不安そうなあの表情からして、作戦は失敗に終わったのだろうと状況を察する。
そんなプラムの隣をよく見ると、見慣れない少女が居た。ノルアはプラムがその少女を殺していないことが疑問に思ったようで、もう少し近づいて話を聞くことにした。
「よォ、プラム。調子はどうだァ?」
「とりあえず、生きとってよかったわ」
「……すまない。失敗してしまった」
「あァ、別に気にしちゃいねェよ。あれは不可能に近いしなァ。俺は寧ろ、テメェの隣の方が気になるぜェ?」
そう言ってノルアは、プラムの隣にいる赤い髪の少女に目つきを鋭くする。
「はじめまして、お兄ちゃんの同僚さん。アタシはサクラ。今日からあなたたちの仲間になることにしたわ。よろしくね」
ノルアの鋭い目付きに怖気ず、堂々と自信ありげにサクラはそう言った。
「へェ?オレたちの仲間になるっつー意味、わかってンだろうなァ?」
「当たり前じゃない。アタシは覚悟を決めてそう言ってるのよ」
「はっ。そういうのは嫌いじゃねェな」
ノルアはサクラの堂々とした雰囲気を気に入ったのか、案外軽く仲間入りを肯定する。
プラムは終始サクラの思い切った言動にハラハラとしていたが、何とかなったようで心の中でほっと一息つく。
「というか、あんたら兄弟なん?」
「正確には双子だ。俺が急に居なくなって不安だったらしい」
「オイオイ、家族は大事にしろよォ」
「お前、俺を連れ去ったのは誰だと言うんだ?」
「はっ!知らねェなァ」
「コイツ…」
プラムはノルアの何時もの余裕そうな笑みに苛つく。
「ほな、プラムくんとも合流できたことやし、さっさと帰ろか〜」
「あァ、そうだな。はァー!リネアと戦いたかったぜー!アイツ、いつの間にかどっか行ってるしよォ」
ノルアは悔しそうにそう言う。
リネアがあの場所に居ないことは既に把握済みだった為、上手いこと逃げられたことは把握済みだった。
「リネア?貴方達、彼女を知っているの?そんなに強そうには見えなかったけれど。むしろ弱そうだったわ」
「知ってるも何も、彼女は今『リヴァロ』の危険人物兼警戒対象だ」
「はあ!?」
「ま、その辺も追々な。ちゃんと説明したるわ」
そう言って、彼らはその場を去った。
かくして彼らの作戦は失敗に終わり、サーベント王国は無事自国を守る事に成功したのであった。
◆
そんなつもりじゃなかった。
傷つけるつもりじゃなかった。
今更後悔したって仕方がないのに、俺の気持ちはあの子への罪悪感でいっぱいだった。
俺があの子と出会ったのは、フレッド大帝国を出て行ってすぐのことだった。
あの子はフレッド大帝国のスラムでボロボロな姿で暮らしており、初対面で外からそれなりに身なりのいい格好をした俺の私物を盗みやがった。
俺はそれはもう怒って怒鳴り散らかしたし、懲らしめてやろうと思った。だが、あの子の今を生きていくだけで精一杯な姿を見てしまえば、怒る気力すら無くなって、結局盗まれた私物はあの子にやってしまった。
俺はそのままスラムを立ち去った。
フレッド大帝国を出る前にあらかじめ目星をつけていた国へ行くために。
そんなわけで東へ向けて歩み出した俺だが、どういうわけかあの子が俺の後ろをコソコソとついてきた。
「あーもう!調子狂うな。さっさと出てこいや」
俺がそう言うと、あの子はおずおずと出てきた。
「お前は何がしたいんや?」
「……」
しばらく待ってもあの子は黙りを決め込み、口を開くことはなかった。
「ついてきたいなら勝手にしぃや」
先に折れたのは俺の方だった。
前を向いて歩き出す俺に、短い足であの子は精一杯ついてきた。どんな時も、どんな日も。俺なんかについてくるそんな様子に申し訳なく思ったのか、気づけば俺はあの子と仲良く話ができるほど気を許すようになった。
よく話すようになって、ようやくお互いの名前を知らないことに気がついた。
出会いは最悪だったから、知らないのも無理はない気もする。それでも仲良くなったからにはお互いのことはちゃんと知りたい。
そう思ってあの子に聞けば、どうにも歯切りが悪い言い方をする。
「ラ……や、シュンにつけてほしいの」
どうやらこの子は名前がなかったらしい。
俺は考えた。名前というのはその人にとって一生のもの。簡単につけていいはずがない。
しかしどうにもいい名前が思い浮かばず、結局俺は脳にぱっと思い浮かんだミュネラという名前をあげた。
特に意味はない。
でも俺は、それでいいような気がした。
この子にはこの名前がいい。そう感じた。
それからと言うもの、俺たちはとにかく東へと旅をした。目的地まで後少しの旅だったが、1人よりも楽しかったのは今でも鮮明に覚えている。
目的地である東帝国へ着き、俺達は観光をした。
事前に俺は、東帝国が祖国である日本と似たような国であることを調べていた。だからあのイカれた国……いや、フレッド大帝国から出ていく前から目星をつけていたのだ。
実際に着いてみると、この国がいかに祖国の江戸と似ているかがわかった。東帝国の食は日本の料理そのままで、俺は久しぶりの祖国の味に感動した。服装は俺のいた時代より前のものではあったが、そちらの方が和という雰囲気が感じられた。
という風に一通り楽しんだ俺は、改めてこの国に住もうと言うと、俺の話を聞いていたミュネラがウチもと言ってくるので、二人で東帝国に住むことにした。
東帝国に住み始めて半年がたった頃、ミュネラは俺にいろいろな事を教えてもらったからと、俺の事を師匠と呼んできた。
それ、どっちかっつーと師匠やなくて先生やないか?などと疑問に思ったが、師匠と呼ばれて嫌な気がしないので、そう呼ばせることにした。
師匠と呼ばれるからには師匠らしいこともしてあげたい。そう思って俺は、俺に出来ることをミュネラにできる限り教えた。必要のない知識もあったかもしれないが、ミュネラ本人はそんな雑学でも喜んで学ぼうとしてくる。そんな様子を見させられると、こちらまで嬉しくなってついつい変なことまで教えてしまうことが多々。
そうやって教えてきたせいなのか、いつからかミュネラは俺の関西弁を真似て会話するようになった。この世界じゃ関西弁は誰も使っていないらしく、周りの人と話していると変わった訛りだねと言われることが少々。俺としては、ミュネラが関西弁で喋ってくれることがかなり嬉しかった。まだまだ似非感はあるけどな。
東帝国でのミュネラとの生活はそんな感じだった。
あのイカれた国にいた時よりも前から目星をつけ、観光までして見定めたこの国は、俺の想像通りで、家の作りや店に売っているものに懐かしさを感じた。
一言で言えば最高。そんな印象だった。
東帝国に住み始めて2年がたった頃、とある事件が起きた。国を揺るがすほどの大きな事件、という訳ではないが、俺たち二人の人生を左右させる程の事件だった。
その日、俺とミュネラはいつも通り過ごしていた。いつものように二人で手作りのご飯を食べて、俺は仕事へ向かい、ミュネラは趣味である魔術の練習に集中していた。
仕事がある程度区切りのいいところになり帰宅した時、ミュネラの「おかえり」の声が聞こえないことに気がついた。
――おかしい。
俺は一目散に家に上がりミュネラを探した。
家はそれほど広くは無い。二人で済むのにちょうどいい、アパートくらいのサイズだった。故に家中を探すのにそう時間がかからず、ミュネラがそこに居ないことを悟った。決してミュネラが隠れているわけではなかった。そういう場合、ミュネラは大抵見つけて欲しくて分かりやすく音を立てたりしてヒントをだす。家にいないことは明確だった。
この時間に居ない……そうなると、まず思い浮かぶのは家出。しかしミュネラと喧嘩した覚えは無い。
つまり―――ミュネラは誘拐された、と考えるのが最も有力な可能性と言えてしまう。
確かにここ最近、若い少年少女を誘拐するという事件が多発していた。だからこそ、俺はミュネラが狙われないように徹底をしていた。
だがそんな意識もまるで意味をなさず、現にミュネラは誘拐されてしまった。
俺はミュネラが行きそうな所を探した。そこを辿れば誘拐した犯人を見つけ出せるかもしれない、そう考えたからだ。
そうしてしばらく、ミュネラがよく行く場所である森へ行くと、足下に血痕が見えた。
ひゅっと喉がなる。
もしかしたら……と嫌な想像をしてしまう。
まだ誰の血なのかもわかってないし、と心の中で言い訳をしても、どうしても不安が打ち勝って、前へと進む足が重く感じた。
しばらく進むと、声が聞こえた。「助けて、助けて」と。
その声と同時に、ぐちゃ、といった気色の悪い音がした。
前へ進む足が震える。
この先は見てはいけないと、俺自身が警告する。
見たくもないという気持ちでいっぱいだった。
でも、1度ミュネラを拾い、育て、名前まで送った唯一の弟子だから、せめて弔ってあげないと―――そう思って、覚悟を決めて足を前へと進めたその先で、俺は信じたくもない、目にしたくない光景が映っていた。
誘拐した犯人と思われる男が数名、抵抗するミュネラを押さえつけようと鈍器で殴ったのか、頭の辺りが赤黒く染まっている。そんな状態でも目はちゃんと見えているらしく、ちょうど俺の姿を見て力弱く助けを求める声が聞こえた。
「たす……けて…!」
自分の弟子は、まだ生きている。
だが今にも死にそうな声だった。
その言葉を聞いてから、俺の体は腰に帯刀していた武器を手に、誘拐犯に切りつけていた。
その時、俺は初めて人を殺めた。その時の感情はよく思い出すことは出来ないが、不思議と罪悪感は湧いてこなかったのは鮮明に覚えてる。
それと――――楽しい、という感情があったのも、今でも忘れることは出来ない。
自分でもちゃんとわかっている。こんな感情を持ってはいけない。人を殺すことに快楽を覚えては駄目。
いくら相手が罪人だとしても、俺の中のこの高揚感は絶対に誰かに見せるものでは無い。
全ての敵が倒し終わった後、俺は自分自身が信じられなくなっていた。
違う、違う。俺はこんな感情なんて、あらへん、し……!
正直に言えば、自分が怖かった。人を殺して快楽を得ていた自分が。
今思えば、殺したあとの俺は情緒がだいぶ不安定だった気がする。
そんな状態の俺を冷静にしてくれたのは、今にも死にそうなミュネラだった。
虫のような息のミュネラを見て、再び俺はいつもの俺に戻っていった感覚があった。
その後、俺はミュネラを急いで医者に連れていった。
幸いなことに命に別状はないようで、顔にも傷が残らず、大きい怪我にはならなかったようで何よりだった。
今回のことで、俺は俺自身も知らない俺がいることを知った。こんな俺なんていていいはずがない。そう思っているからこそ、もう二度と人は殺めないと心に誓った。
だがしかし、世界は無情でそんなことがあったにもかかわらず、ミュネラは再び誘拐されてしまった。
今回は前回のと比べて数が多く見つけやすい誘拐犯共だったが、今思うと、それが良くなかったのかもしれない。
俺はまた人を殺めてしまうことになる。そう自分なりに覚悟を決めて歩みを進めて見れば、そこには衝撃的な光景が俺の目に映った。
少女がいた。
自分よりもいくらか体格の大きい大人を前にして、怯えもせず、いや、むしろ身軽そうにくるくると踊るように動いている。手にはどこかから持ってきたのか、短剣を手にしていた。
その少女は笑っていた。
人を潰して、ぐちゃぐちゃにして見るも無惨なものをさらにぐちゃぐちゃにして少女は笑う。
その少女は紛れもなく自分が拾い、育て、名まで送った弟子だった。
自分はどこで間違えたのだろうか、そう思わずにはいられないほど、俺にとって衝撃的な光景だった。
「あっ、師匠〜!見て見て!こ〜んなに返り討ちにできたんやで!ウチ、凄ない?」
あはは、なんて笑いながら死体をいじるミュネラの目は、あの時の自分のようだと思った。
ミュネラはまだ12歳。まだまだ子供だ。子供故に、間違うことだっていくらでもある。
間違いを正すのはミュネラの親代わりである俺の役目。
俺はきちんとミュネラを叱った。なんやかんやでガチギレしたのはこれが初めてだっかもしれない。
「何しとるんや!!!」
「!?」
初めて俺が怒鳴ったからだろうか。ミュネラは少し体を固くする。
「し、師匠?」
「人の命はそんな雑に扱ってええもんやと誰から教わったんや!?少なくとも俺はそう教えた覚えはあらへん!!」
「や、ちが、で、でも、それは師匠だって一緒だったやん!」
恐らくミュネラは、ミュネラが初めて誘拐され、俺が助け出した時のことを言っているのだろう。
確かにあの時の俺の行動は今でも信じられない。本当にあれが自分なのかと思うと気が狂いそうになる。
だからこそちゃんと教えなければ。
「あの時の俺は良くないモンや!お前にはああなって欲しくない!!」
「っ、師匠は分からないだけや!この感情が、この快楽が、どれほどウチという存在を証明してくれるかを!」
いくら説得してもまるで聞き入れる隙もなく、盲信したように己の感情を強く貫き通そうとする。
あぁ、もうあの手段を使うしかなさそうやな。
少しだけ判断の遅れた自分を悔やむが、今はそうも言ってられない。
俺は俺の持てる、ミュネラにしか効かない切り札を使う。
「あぁもう、ええよ。ええよ、もう」
「え?師匠、認めてくれるんか?」
「辞めたるわ」
「ぇ?」
「お前の師匠、辞めたる」
結局のところ、ミュネラに効く1番の脅しはこれなのである。
「っ!い、いやや!それだけは、絶対に嫌や!」
「お前がそんな奴なんやて知ってもうたからなぁ。俺としちゃあ、もう一緒におるのも苦痛かもせぇへんなぁ」
「ゃ、いやや!!師匠!!師匠はウチの師匠で居てくれへんといややあぁぁぁぁぁ!!」
わああああんと、次第に泣き始めてしまったミュネラの背中を摩ってやりたいのを我慢して、俺は厳しくミュネラに接する。
「そんなに嫌なら、もう二度とこんなことせーへんって誓えるか?」
「誓う!誓うからぁぁぁ!!師匠がウチの師匠辞めるのだけはやめてぇ!!」
「………よし、ええよ。師匠は辞めとかんでおくわ」
「ほんまに!?」
俺がそういうと、分かりやすく表情をパッと明るくするミュネラに、自然と笑みがこぼれる。
いつも通りに戻ってくれてなにより。
俺はそう思って、目の前の事実から目を反らす。
こんなことでミュネラの狂気が無くなるはずがないと、わかっていたのに。
その後、誘拐犯共は国の騎士たちに任せ、俺たちはさっさと家に帰った。
それ以来、ミュネラはどことなく雰囲気が変わっていった。
趣味の魔術にはより打ち込むようになったし、自身のスキルも独学で磨いていった。
気がつけば国の魔術師養成学校に受験し、受かっていた。仮にも親代わりである俺に何も言わずに1人でやっている所を見ると、成長したんだなぁと思うこともあるが、何も話してくれなかった悲しさが強い。
これが噂に聞く反抗期……!
少しだけ親の気持ちが分かったような気がする。
そうして魔術師養成学校に1人で行ったミュネラを見送り、結局俺は1人生活になってしまった。
そんな時に出会ったのが、俺の元仕事仲間である。
ソイツは今の仕事が自分に会わないと言って急に辞めた図太いヤツで、俺としてはビジネス仲間という認識が強い。
久々に会ったのにもかかわらず、相変わらずな様子に俺は内心ホッとした。
今まで何をしていたのかと問うと、ソイツは旅をしていたという。
「旅?」
「あぁ。旅はいいぞ。自分のペースでのんびりできるし、何よりもいろんな国をこの目で見れる。知れなかったことを知れるのもいいものだぞ」
そう言って、自分の旅で出会ったものについて楽しげに話すそいつを見て、俺は羨ましく思った。
人生をそんな風に楽しめているコイツが羨ましい。無意識にそう思ったのだろう。
俺は俺自身が旅をしたがっていることに気がついた頃に、本気で旅をしようかと考えた。
今ミュネラは学校に行っており、俺自身は特に役割がある訳でもない。仕事はほぼ自由業のようなものだし、実質今の俺は自由といえる。むしろ暇すぎるくらい。
東帝国は住んでみてある程度楽しんだし、せっかく異世界に来たのだから、もっと他の国に行って楽しんでみた方が絶対にいい。
俺は万が一ミュネラが帰ってきて困惑しないように、家はそのままで書き置きを残し、必要最低限のものを持って旅に出た。
それから数年間、俺は旅に出た。
アイツの言った通り、旅は非常に素晴らしいものだった。
異世界に転移しておいて、東帝国に速攻で身を置いた自分がアホらしく感じる。もっと早くこの感覚を知りたかったと思えるほど、この世界のあらゆることに感動した。
そうしてようやく自分の旅が落ち着き、久しぶりに弟子のいる東帝国へと帰った。
そういえば、書き置きを残したとはいえ、俺は衝動的に弟子を置いてきてしまったが、今ごろ何をしているのだろうか。思い返してみれば、俺は無責任すぎるほど一方的にミュネラと距離を置いてしまった。寂しい思いをしていたら非常に申し訳ないな、なんて思いながら、俺は久しぶりに自身の家の扉を開ける。
5年ぶりに東帝国へ帰り、家の中へ入ればそこはもぬけの殻。数年間手入れもされていない状態だった。
俺は弟子の行動力を少々見誤っていたのかもしれない。俺が旅に出ている間、弟子は家を出ていってしまったようだった。
俺はものすごく不安になった。
自分から一方的に距離を置いたくせに、どこにいるかも分からない状態ともなると、急に不安が込み上げてきた。今はどこで何をしているのか、ちゃんと元気に暮らしているのか、と。
不安のあまり、俺はしばらくの間、弟子のことで頭が埋め尽くされた。
ミュネラはどこに居るのか、何をしているのか、そもそも元気に過ごしているのか。そう思って、俺は自分の行いに反省をし、ミュネラを探す決意をした。
近所の人に聞いた。
ミュネラはここしばらく帰ってきておらず、2年前にこの家に帰ったのを見たきり出そう。
ミュネラが通っていた学校の教師に聞いた。
彼女は2年前に学校を卒業してから、就職もせずに行き先が掴めていない状態であると。
誰に聞いても完全に行き詰まりの状態だった。
そんな時、昔の仕事仲間と遭遇した。その人は俺がここに来てからずっと親しくしてくれた人で、俺にとって恩人みたいな人だった。
ミュネラについて聞けば、今までの中で1番手がかりになる返事が聞けた。
「ミュネラちゃんね、あなたのことを探しに行ったのよ?」
「え」
「寂しかったんじゃないかしら。大好きな人に置いてかれるなんて、辛いことなのよ?あなたも追いかけてあげなさい」
そんなことを言って、2年前に出ていったミュネラの行き先を、案外すんなりと教えてくれた。
それから俺はミュネラを探して世界中を旅した。
旅が2回目なこともあって、訪れた国が前回来た時よりもかなり発展していた状態だったり、古い友人に会ったり、新しい出会いがあったりと、様々なことがあった。だが、どんな場所を探してもミュネラは見つからない。
見かけた、などといった情報は掴めはするものの、肝心な場所にミュネラの影はない。
そうして数年経ち、ようやく弟子を見つけたと思えば、弟子は俺を離れて新たな居場所を見つけている始末。
「彼女は『リヴァロ』No.5のヴォラール、魔術師です。『リヴァロの毒使い』と呼ばれ、非常に危険な存在です」
ミュネラと再会した後に聞いた、俺にとって最悪な事実だった。
「彼女とはどういった関係です?先程はかなり驚いた様子でしたが、もしかして昔の知り合いだったりするんです?」
「あ、え、……っと」
灰色髪の小柄な少年は、俺に顔を近づけて若干脅しのような雰囲気を纏わせつつそう言った。
「モロ、やめなさい。彼だって混乱しているのよ」
「ですが、この男は――」
「いいから」
「……はい」
今度は灰色髪の少年の隣にいた女性こと聖女がこちらに向かってきた。
「すみませんね、ウチのモロが」
「い、いやそんな。俺も、ちゃんと、話さなあかん、し」
何故だろうか。不思議と涙が込み上げてきた。
「っ、俺、俺……っ!」
ミュネラと再会できたから?
それとも自分のせいで弟子が犯罪めいたことをしていたから?
理由がなんであれ、今は涙を止めるのに必死になる。
歳もそこそこいってるいい大人が泣くとか………かっこ悪いなぁ。
しばらくすれば、込み上げてきた涙も落ち着き、俺は2人に謝った。
「あ、謝る必要なんてないですよ!」
「モロの言う通りです」
「せやけど、なんでもええからお礼がしたいんや」
弟子があんな風になってしまったのも、元はと言えば俺の教育不足。申し訳なく思ってしまうのも仕方がないというか。
「では、『リヴァロ』について、何か知っていることはありませんか?それを教えてください」
「いくらでも話したるわ」
俺は話した。自分の知る限りの全ての『リヴァロ』の情報を。と言っても、俺が知っている『リヴァロ』の情報もそう多いわけじゃない。なんならリネアの方が知ってることが多い。俺はそう思っていた。
「では、ヴォラールとは、一体どのような関係で?」
「アイツは俺の元弟子、ミュネラや。3年前に行方不明になったきりで、長いこと会えんかったんや。俺は元々、あいつを探すために旅しとったんや」
「ほぅ、ではアヴィドというのとは?顔見知りのようでしたが、実際は?」
「アイツは俺たちがこの国来てから一番最初に出会ったヤツや。まさか『リヴァロ』だったなんて思わんかったけどな。アヴィド……アイツ、あんな名前やったっけ?もっと違う名前だった気ぃするんやけど……すまん、よう思い出せんわ」
「全然大丈夫ですよ。じゃあ、アヴィドの言っていた"長身"ってなんです?」
「リネアが付けた俺のあだ名や」
俺がその名を出すと、モロがピクリと肩を動かした。
「でもおかしいんよ。確か俺の記憶やと、リネアはあの男と会ったのはこの国に来始めた時だけやねん。なんならミュネラまで知っとったくらいやし。どこで俺のあだ名なんか教えたんか、不思議でなぁ」
「リネア……ですか。モロ、知ってますか?」
「はい。1度だけ会いましたよ、僕」
「リネアのこと知っとったん?」
俺はリネアがいつの間にか交友を広げていたことに驚いた。
「1度だけ、任務を手伝って貰いました。彼女は強いのです。でも、同じだけ身勝手すぎる人です。あれは脳内イカれてますよ」
「身勝手だから、『リヴァロ』にも接触しやすい、と。彼女も『リヴァロ』の可能性はありますか?」
「もしそうやったら、あの男に会った時の反応は違ったと思うで。あの時はほんまに初対面っぽかったしな」
「リネア……ですか。危険ですね。注意しておくとしましょう」
そうして2人に話すことが無くなると、最後に聖女様が綺麗なお辞儀をしてきた。
「この度は有意義なお時間をありがとうございました」
「あの、頼みたいことがあんねん」
俺がそういうと、2人は立ち止まって俺の言葉を待ってくれた。
「なんでしょう?」
俺はゆっくり深呼吸をする。
――覚悟はもう決めた。
「俺を、あんたらの組織の、『ホリエン』に入れてくれへんか」
俺がそう言うと、2人は目を見開いた。
そうしてしばらくの間、2人は俺を見定めるかのように見つめ、沈黙していた。俺は2人、主に聖女様を強く見つめた。俺は本気なんやと、訴えかけるように。
そんな、短くもなく長くもないように感じた沈黙を破ったのは、聖女様だった。
「………なぜ、そのように考えたのですか?あなたの弟子を倒すと言っている組織ですよ。あなたが変な責任感を感じて無理に入ることはないんですよ」
「そうじゃないねん。俺は、俺の弟子をちゃんと叱りたいんや。アイツは今良くないことをしとる。俺が止めてあげなあかん。何もせんでいる方が嫌なんや」
俺は強い眼差しを2人へ向ける。
決意はとっくのとうにできている。途中で折れるなんてことはない。
「分かりました。この聖女オリエラ・ニュートレアが、あなたの入隊を認めましょう」
「!!!」
「これからよろしくお願いしますね。…ええと………」
「シュン・トミダや」
「シュン、ですね。改めまして、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしゅうな」
俺は差し出された聖女の手を取った。
この日、いつか必ず弟子のミュネラを倒すことを決意した。
第五章完




