『大工と速記みたいに速い川と鬼と橋』
あるところに大変流れの速い川があった。何度橋をかけても流されてしまうので、皆困っていた。村人が寄り合って、近隣の村を見渡して一番の腕を持っていると評判の大工に頼むことになった。
大工は、引き受けはしたものの、実際の川を見て驚いた。流れが速いの速くないのって、うわさに聞く速記というものも、こんなには速くないだろうというくらい速かった。
大工は、どうすれば橋がかかるだろうと思って考え込んでいると、川の淵から、ぶくぶくと泡が立って、大きな鬼があらわれた。鬼が、どうしたのかと尋ねるので、この川に橋をかけたいが、流れが速いので困っている、と答えると、人間には難しいだろう、俺がかけてやってもいいが、かわりにお前の目玉をもらいたい、と言うので、大工は、ふざけているのだろうと思って、いいよいいよと答えると、鬼はまた、ぶくぶくと沈んでいった。
次の日、大工が、また川の様子を見に行くと、驚いたことに、橋が半分かかっていた。また次の日に見に行くと、橋ができ上がっていた。どこからともなく、大きな声が響いてきて、目玉ぁ持ってきたか、と言うので、大工も大きな声で、まだだぁ、お前の橋が大水にも嵐にも流されねえか見るまでは渡せねぇ、と答えると、目玉が惜しくなったかぁ、ほだら俺の名前を当ててみろぉ、と言うので、大工は急いで村まで戻って、これこれこういうことがあったと長老たちに相談すると、誰も知らないという。子供たちの歌う歌に手がかりがないものかと思って聞いていましたが、だめでした。
仕方がないので、目玉をとられても仕方がないと思って、川に行くと、鬼があらわれて、俺の名前がわかったか、と尋ねてきたので、おや、もう目玉の話はなくなったのかと思ってほっとしつつも、名前はわからないので、鬼、とか、タマネギ、とか、握り飯、とか、適当に答えてみましたが、どれも違いました。鬼は飽きてしまって、またあした、といって沈んでいってしまったので、次の日、また川に行くと、鬼があらわれて、名前がわかったか、と言うので、プレスマン、とか、原文帳、とか、反訳、とか、適当に速記用語を並べてみましたが、全部外れでした。次の日、また川に行くと、鬼があらわれて、名前がわかったか、と言うので、知り合いの名前を適当に答えましたが、全部外れでした。
そんなことが三十年ほど続き、大工は、亡くなりました。村の者たちは、橋のたもとに大工を埋めてやりました。鬼が目玉を取りに来たかは、怖いので、確かめませんでした。
教訓:答えを言うのは何回、という制限はなかったらしい。